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第197話、EndingNo.8、『照らしていく、長いこの道の途中、迷わないように』⑱





未だ自分自身が定まっていなかった、『サントスール』での幼少期。

それをはっきりと覚えていなかったのは。

カムラル】の魔法使い、ユーライジアの至宝と呼ばれるものの重い宿命から逃れんとしていたから。


もとより、そんな資格などない。

ムキムキ赤オニだからといった、表向きの理由の裏側にあるもの。


それは、もはや公然の秘密と化していたが。

実のところは、敢えてそのように周りを誘導している部分は確かにあった。



そう、本当はその表裏ふたつ、どちらでもないのだ。

世界から、周りのみんなから愛されて注目される、【カムラル】の魔法使いの少女。


それも、カムラル家の子どもとして、マーズの一面ではあるのだろう。

だがマーズにはそんな人気者な魔法使いの少女でも、次代のユーライジア至宝として母と瓜二つなマニカでもない、もうひとりの自分が隠れている事を知っている。



ユーライジアの至宝と呼ばれる彼女たちが眩しすぎてほとんど見えないけれど。

確かにそこに在ることを、理解していて……。




『まぶしいなぁ。だけど……うん。マーズ。きみだけはきみ自身だけは、ちゃんと覚えておいて欲しいな』



そうじゃないと、こんなにも幸せな歌ばかりこの世界には溢れているのに、悲しくなってしまうじゃないか。



マーズの本当は大好きな人の、寂しさを含んだそんなセリフ。

当然のように、それはマーズの心に楔打って。



見ていることしかできない、言の葉散らすことしかできない内なる世界でマーズは待っている。

眩しすぎて見えない、太陽のような煌きに隠された。

その名前を見つけてもらえるその時まで……。







               ※      ※      ※






Girls SIDE




その時その瞬間。

聞こえてきたのは、世界中に響くのではなんて思わせる軋みの音。

まるで、クリッターが時のはざまの壁が壊されたかのような音の正体は。

『サントスール』の破邪結界が一時ながらも壊された音であった。



「……これは」


息をのむ、万魔の王、ハナの父。

門番、結界番のデロンに何かあったのだろうか。

そう思い入口の方へ顔を向けると。

ほうほうの体で転がるようにやってくるデロン。



「みなさーん、お気をつけて! ヤツが、ヤツがやってきましたっ!」

「……っ、いったい何が」

「ちょっと、だいじょぶ、デロンちゃん!」

「くぅっ、またしても不覚ッ! こっ、腰が抜けました……」


その音だけであからさまに一変する世界。

ミィカ自身何度か体験したことのある、埒外の強者が現れる瞬間。


ミィカひとりであったのならば。

狼狽え恐れることもあったのかもしれない。

だが、同じ強者たち……ナナはナナで、手馴れた様子でデロンを介抱していて。


「結界直すの大変なんだけど」


だなんて呟くハナの父には何だか余裕があって。

万魔の軍団を呼び出すようなこともないし、そもそも今の今までデロン以外に顔を出すようなこともなく。


それらより何よりミィカを落ち着かせたのは。

やはり親子なのか、父以上に余裕と言うよりは何やら楽しそうにしているハナがそこにいたからこそであろう。



「ふははぁ。くるぞぉ! してんのー従えし『らすぼす』がぁ!」

「まだその設定続いていたのですね姫さま。といいますか、姫さま随分とお気楽なようですが……」


ある意味、いつも通りのハナに緊張が解けかけたミィカであったが。



しかしすぐに、怖気立つような。

魂まで震え凍えるような、強い風がどこからともなく吹き付けてきて。




『わわ……かか……むむ……いい……だだ……』

「……っ!?」


咄嗟に庇い立つことすら叶わぬほど刹那の間に。

真黒の襤褸そのもののような。

水分と風化の激しい外套を纏った人ガタ……闇色の塊めいた存在がそこに。

ハナのすぐ近くで、見下ろすようにして浮いていて。



「おぉー! やっぱりそうなのだ? っていうかラスボスさん! ボクはもちろんミィカだってそんなつもりはないのだぁっ」

「って姫さま!? お話を理解していらっしゃるので? よく分かりませんがもしかしなくてもわたしに何やら押し付けようとしているでしょう!?」


しかし、ミィカが竦み上がって腰が引けたのも一瞬のことであった。

何故だか、ハナと急に現れた『それ』との会話が通じている

(恐らく、ハナの両親も特段変わらずにそんなふたりのやりとりを見守っているから、通じていないのはミィカだけなのだろう)、ハナが何やら、ミィカが分からないのをいいことにミィカのせいにしてきそうだったからだ。




そもそも、ハナの言う『ラスボス』さんはいきなり何をしにここへとやって来たのか。

それを問いかけるのも含めて、ハナを盾に……

「わたしは悪いドラゴンじゃぁないです。姫さまの忠実なるしもべです」と。

ハナを後ろから抱きしめるようにしつつ、一緒になって見上げていると。


そんな二人の物怖じのなさの成せる業なのか。

僅かばかり首を傾げて見せていて。




『わわ……かか……つつ……むむ……たた』

「だからぁっ。『げっと』はしたけど出てきてくれなくてこまってるのはボクもおんなじなのだぁ……って! らすぼすさんは【ヴァーレスト】の根源魔精霊さんだったのだ?」

「えぇっ!? そ、そうなのですかっ? ……いえ、確かにそのような雰囲気はありますが」



世界に12柱しかいないと言われる、根源魔精霊は。

そう言いつつもミィカにとってみれば慣れ親しんだというか、一家言あって。

意外と人間らしい者が多いと言うか、【ヴァーレスト】の根源と言えば、例えるならハナの父のような女神様をイメージしていて。

本当に【ヴァーレスト】の根源さまなのだろうかと。

失礼ながらも少々疑問にミィカが思っていると。


ヴァーレスト】の根源、その名に苛烈に反応したのは、目前の彼ではなきハナの方であった。

それは正に、飛び上がるほどで。

ミィカはびっくりして、そのままハナにおんぶされる形になってしまう。



「そうか、そうだったのだぁ! 【カムラル】じゃなくて【ヴァーレスト】だったのだ! ……ちょっとまって欲しいのだ、今呼ぶから!!」

『……たた……おお』

「わぶふっ!?」


何やら準備のために。

思わずおんぶしてしまったミィカを、今の今までのお返しなのだぁともふもふわしゃわしゃしつつ下ろしたハナは。


ハート型の……『カムラルの杖』を取り出して。

正しくマイクのようにして自身の前に立て置いて。




「ま~ず! いや、マーズ・ヴァーレスト!! わが呼びかけに応え、顕現せよぉ! なのだああぁぁっ!!」


いつもより格式張った、召喚のための名前呼び。

そう言えば、今更ながらマーズってあのへん……マーズなのですか!? と。

ミィカが代わりにとばかりにツッコむよりも早く。


ハナの呼びかけに、確かに応えるようにして。

ハートの形をした魂の器とも言うべきそれが、明滅を始めて。



その瞬間。

聴こえてくるのは。

誕生、あるいは登場曲といってもいい歌、であった。





―――大切だと思える人を助け護りたい。


―――心から笑える幸せを届けに。涙なんてこぼさせないよう、ともに生きるから。


―――長い長いこの道の途中、迷わないように。


―――この名前を呼んで欲しい。


―――正しく大好きな歌、歌うように……。







そのようなズレですら。

偶然か運命か。

答えを導き引き出し、その名を呼んだハナと。

ずっと隠れていたもう一つの名前を呼んで欲しいと願ったマーズ。




一体どちらが早かったのか。

それだけは、答え出ないままに。


マーズ・ヴァーレストはこの世界に産声を上げるのであった……。



   (第198話につづく)








次回は、12月31日更新予定です。

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