第189話、EndingNo.8、『照らしていく、長いこの道の途中、迷わないように』⑩
そうしてハナたち一同がやってきたのは。
ガイゼルのお屋敷には少しばかりミスマッチな気がしなくもない……
元魔導人形にして侍女見習いであった大聖女が、今でもおもてなしをするためにとつくられた場所であった。
それは、今日も今日とてガイゼル家、家主のお世話をしていたであろうサロンで。
ハナ自身、何度か顔を合わせたことはあったが。
過保護な男親たちの中でもイリィアの父とも違う、正に男らしい、といった印象の人物、ガイゼル家当主。
メイドの仕事をしたい大聖女……タクトの相手は、大抵の場合彼だと言うし、娘であるクルーシュトを、いつも道場にて遠巻きに優しく見守っているところを見ても、優しいお父さんであることはよくよく分かってはいるのだが、それはそれ。
サロンに辿り着いてすぐに、身構え警戒する小動物のごとき仕草をしてみせたハナに対する二人の四天王……母の笑み。
「ふふっ、ハナちゃん、どうしたの?」
「あ、えと。そのう。クーのお父さんは……?」
「あぁ、クーちゃんとミィカさんが消化不良だからって、まだ粘っていたでしょう? トーさん、クーちゃんが気になって、こっそり見にいったみたい」
「ははは。そう言えば子煩悩パパできこえはいいけどねぇ。先輩ってば未だに女性が苦手なんだ」
「みゃうーん」
「えっ? そうだったんですか? あ、でもそう言われるとうちの父と仲が良くて、そんなエピソード聞いたことあるかも」
そんなわけで、クールダウンからの着替えなども含めて、ミィカたちを待っていると。
イリィアとマニカが残って、それ以外のメンバーで一足先にとサロンへとお邪魔したわけだが。
(あぁ、魔剣師匠ってそう言うとこあるよな。うちの母さんとか、ハナパパとか、どう見ても女性なのに男だって言い張ってたからなぁ。いや、ハナパパは見た目通りじゃないんだっけか。でも、うん。ふたりでつるんでたら、周りは混乱して戸惑ってただろうなぁ。……投げ槍師匠なんかは特に)
所謂ところの、魂が見えるガイアット王は。
きっと当時、同期の親友であるというそのふたりを前にして、大いに混乱しわやくちゃになっていたことだろう。
本人にはそんな自覚まったくもってないのだろうが、そんな一癖も二癖もある父に、ハナは似ているようだ。
今はここにはいないらしいガイゼル家当主が女性恐怖症というか、女性が苦手であったのは。
そんな親友たちのせいも十二分にあったのもあるだろうが。
男が苦手だと言っていたハナも、もしかしなくとも一見すると母親が二人いるみたいで。
そんな家庭というか、周りの環境に感化されたが故の可能性もあって。
「そうなのかー。それじゃあ今のうちに、なのだっ。まずはタクトママにきいてもいいのだ?」
「はい、どうぞ~」
「じつは、魔導人形さんのことなのだ。たとえば、そのう……とっても強い魔力というか、魂があったとして、魔導人形さんが、もし魂がからっぽなのがあるとして、そこに入り込んじゃってもだいじょうぶなのだ? ラルシータ・スクールでタクトママのお姉さん? 見たけど、何だかごはん食べ好きちゃったみたいでたいへんそうだったけど……」
(おっ? んん? それってそれってもしかしなくともオレのことかな、かなっ!?)
すぐそこにいるのに、青い鳥のようにスルーされ続けていたかと思いきや。
何だかんだでハナは、身体のない(ムキムキな赤オニボディは、マニカに譲る腹積もりであるから)マーズのことを考えてくれていたらしい。
新しい身体を探すつもりではあったけど、心の臓の杖から出してもらえないから代わりに探してくれていたようで。
もし表に出ていたのならば、きっと周りのみんなに見せらないよ、なニヨニヨ顔をしているだろうと確信しつつも、そういうことならと生温かく見守っていると。
それに気づいているんかいないのか、タクトは少しばかりむむぅと悩みこんで見せて。
「うんと、一応私がお姉さんなんだけどね。リオちゃんのことでしょう? 今はセザールさん家の子だから、リアちゃんやマリアちゃんの方が詳しいかもしれないけど、神型の魔精霊さんレベルでも、器としての耐久力は十分なはずだってきいてるよ」
「あぁ、あれって確かマーズがリオ姉のとこにお邪魔しちゃってたんだっけ。なに、ハナさん魔導人形の子とも契約したいの?」
「いや、その。契約したいっていうか、もうしてるっていうか……」
「わたしも覚えてるわ。あの後たいへんだったのよねぇ。自分の内なる世界にお邪魔されちゃってた無理がたたったのか、リオったらずっとテンション高くて」
「ふむふむ。やっぱり魔導人形さんに複数の魂が住むのはしんどい、と」
「みゃふ?」
(魔導人形の素体で魂が抜けちゃってる子がいればそこにってことかな。前に聞いた時は生憎空きはないって聖おっさんは言ってたけど、オレにはそう言って嫌がらせしてた可能性もまぁ、なくはないしなぁ)
ただでさえ、娘たちを狙っていると思われているので。
お茶目でやっぱり過保護なお父さんのひとりである以上、そんなつれない態度を取られていたのかもしれない。
そう思いつつハナの言葉を待つも、かと思いきや本当にそんなお話を聞くだけで良かったらしい。
「ようくわかりました。お話ありがとうございます、なのだ」
「え? もういいの? 誰も住んでない人の形が欲しかったんじゃないんだね?」
「はいなのだ。そういうことなので、今度はマリアママにお話聞きたいのだ」
「ママって呼ばれるの新鮮~。ほんとはお姉さんがいいけれども、なになに? わたしに何が聞きたいのかな? 予想するに、『虹泉の迷い子』についてかな~?」
「ええと、その迷い子さんって言うのは、マリアママとセリアママがその日にその時によってかわるやつでいいのだ?」
「あー、そう言う見方もできるかもしれないわねぇ」
「リアータは? マニカみたいにもうひとりの自分はいるのだ?」
「うーん。厳密に言うといたらしいのだけど。私の場合、物心着く頃には統合されちゃったみたいなのよね」
「みゃうーん」
(今度は『虹泉の迷い子』かぁ。別世界線の自分って言う意味なら、オレの相棒もどこかにいたりするんだろうか)
別世界のもうひとりの自分であるのならば、魂だけで突っ込んでいっても受け入れてもらえるスペースはあるかもしれない。
もしかして今度は、そんなもうひとりの自分を探してくれるのだろうかと勝手に期待していると。
「ふうむ。つまりはセザールさんち特有のものなのだ?」
「セザールっていうか、その言い方をすればウルガヴ家の種族特性って言えるかもしれないねぇ。あらゆる生き物の中でも進化の早い【水】の魔精霊を源流にもつ一族よ。その世界に合うようにかわるから、基本ユーライジアで過ごしてるリアちゃんにはかわる必要、ないってことね」
「なるほどぉ。いっちょーいっせきにはいかないというか、迷い子さんはそもそも資格なさそうだなぁ」
「? ハナちゃん、何かそう言う魂の器になりうるもの、探しているの? それってもしかして……」
(オレのため、オレのためなんですよね! くぅう、どうしたハナさん! オレ何かやっちゃいましたかァァ!)
「……はいなのだ。父さまに言われたんです。昔から、ハナたちサントスールの者が困っていると助けてくれる魔法使いの女の子がいるって。おかげさまでボクはそんなに困ったことないから、今度はボクが助けてあげたいなぁって思って」
「みゃんみゃん」
(……ってぇ?! あれ? あれぇっ? オレ勘違いしてる? もしかしてこれすっげ恥ずかしいやつじゃない?)
そんな期待を敢えて外すみたいに、夢見て願うかのようなハナのセリフ。
相変わらずすっかりしゃべらなくなってしまったウィーカの相槌の意味も分からないままに。
それから最後の四天王……じゃなかった。
最後の来訪者がやってくるまで、マーズはひとり心の臓な杖の中、茫然自失する羽目になって……。
(第190話につづく)
次回は、11月3日更新予定です。