第187話、EndingNo.8、『照らしていく、長いこの道の途中、迷わないように』⑧
唐突とも言える、クルーシュトの手合わせ宣言。
マーズ的には、このガイゼルのお屋敷に遊びに来るたびに手合わせをせがまれていたので、それほど違和感はなかったが。
まさかマーズ以外にも……しかも一見すると戦う術などもっていないように見えるハナに対しても手合わせを願わんとするのは意外と言えば意外であって。
「流石はかの幽玄王女の娘さんですね、本来ならばまず、手合わせする理由を語るところではあるのですが、話が早いのは好きですよ。サントスールの方は拳装備を扱うのに長けていると聞き及んでいますが、ハナさんの装備はその杖でよろしいのですか?」
「うえっ!? 手合わせってボクがするのだっ?! ……えと、その。実はボク、父さまには色々教わって覚えられたけど、母さまからのぶどう家の修行は肌にあわなかったっていいますか、あんまり身についてなくて。従霊道士らしく、契約したひとが代わりに戦うのはだめかな?」
「あぁ、そうですよね。私ったら、早とちりしてしまってすみません。そういう事なら構いませんよ。
どうせならばハナさんのとっておきを、虎の子を呼び出していただけると嬉しいですね」
どうやらクルーシュトはハナの母、魔精霊的存在でありながら格闘技に長けたお転婆王女のイメージというか、知識としてあって。
出来うるがぎり強い相手、ヒリヒリできそうな相手を求めていたらしい。
口ぶりでは、それ以外にも何やら理由がありそうではあるが、普段から泣かない赤オニとか、過保護な父親とかに邪魔? されて、そういった経験がろくにできていなかったから、クルーシュトが常にギリギリなのを求めていたのは確かで。
(よっしゃ、ここでようやっとオレの出番だな! ハナの契約者たちのなかでとっておきすぎて最後の霊薬扱いされてるのはオレだろう? ハナが自ら呼んでくれれば、たぶんきっとここから出られると思うんだよなぁ)
「……っ、えとんと。それじゃあでっかガイコツさんのカーシャさんかなぁ」
「姫さま、呼び出す際は正式な名前でなくては応じられませんよ。ここは、『エクゼリオ・グレイト・ドラゴン』のわたし、ミィカはいかがでしょう」
「おぉ、何だかかっこいいのだ! じゃあミィカ、よろしく頼むのだ!」
「承りました。……そういうことでよろしいでしょうか、クー委員長」
「もちろんですよ。あの、もしかして龍の御姿でお手合せできるのですか?」
「ええ、姫さまのとっておきで『すためん』の一番手としては、その方が格好つくでしょうし」
(くぅっ、これが霊薬ならぬ言霊ってやつかぁ! 最後の霊薬っていやぁいいとこになっても使われないで肥やしになってるやつの代名詞じゃねぇかぁぁ!)
声を大きめにツッコんでも、反応してくれる人もおらず。
それでもめげずにこうなったら声高にツッコミまくってやると思っていると。
当初の目的は二転三転、ミィカVSクルーシュトの、意味があるようでない『ばとる』が始まるらしく。
いつもクルーシュトやガイゼル家当主とともに鍛錬を行っている道場へと向かうことになって。
「そう言えばよく考えたら勇者の娘さんと魔王の娘さんの手合わせってことになるのよね。そうやって考えると楽しみかも」
「みゃう~ん」
「そうですねぇ。愛されし属性はお互い【闇】ですし、正直興味はありますね」
「ううむ。展開が早すぎて出遅れたな。二番手は私じゃ駄目だろうか」
「みゃん、みゃみゃん!」
「ウィーカとイリィアさんで戦うの? まぁそれも興味深いけれど」
(うーむ。まぁ、ガチのやり合いにゃぁならないだろうし、属性がかぶるのなら下手うっても早々怪我するようなこともないのかな。いや、ウィーカとイリィアでやりあってどうすんのよ、お父さんは認めませんよ!)
出られないと言っておきながら、どちらかが怪我するようなことがあれば強引に出て行って割って入ることも吝かではない。
相変わらずそんな過保護なことを考えつつも、恐らく同じ腹積もりなウィーカをのぞけば意味がないと思っているのはマーズばかりのようで。
草の匂いのする、フィールドめいた緑色の地面……それなりに広く、天井も高い道場、畳の周りに陣取った一同。
確か、魔王城入口でミィカが竜化した時は、それでもこの道場に入りきれない大きさだったはずで。
一体どうするのかと思っていたら、ハナの「ゆけっ! ミィカ!」、などといったお決まり? なフレーズとともにクルーシュトの対面についたミィカは。
クルーシュトにもう少し下がってくださいますかと一言告げた後、格好つけてひとつ頷いてからくるりと一回転。
(おぉっ!? 虹色のキラキラのエフェクトがかかって、変身! 変身するのかっ? って、キラキラが凄すぎてよく見えないじゃんかよぉ!)
ミィカの口癖とも言えなくもないへんたいふしんしゃさんが一見するといないのをいいことに、棚ぼたなラッキーイベントが巻き起こるのかと思いきや、その辺りはきちんとしているらしい。
歯噛みしつつもミィカってば何だかんだで母であるマイカでもできなかった、自由に『代わる』ことが可能であるのかと感心していると。
制御できている証左であるかのように、道場の天井にも届かない、ちょうどいいサイズの闇色の竜の姿がそこにはあって。
『……待っていただいてありがとうございます。さぁ、次世代の魔王と勇者の戦いを始めましょうか』
「ふふっ。そんな風に言っていただけるなんて思ってもみなかったです。今私は、すごくわくどきしています」
「ミィカぁ、がんばれーっ!」
「みゃみゃーん!」
(おいおい、タダの手合わせなんだよな? 大丈夫なんだよな。何だか最終決戦みたいになってっけど!)
結局、大分横道にそれてきている理由も見い出せないまま。
思えば当初はマーズを探していたはずであったのに。
文字通りマーズばかりが蚊帳の外で、最終決戦(仮)な火ぶたが切って落とされるのであった……。
(第188話につづく)
次回は、10月21日更新予定です。