第178話、EndingNo.7、『おとぎ話の続きを、長い夜の真ん中で』④
SIDE:ミィカ
「え、なになに。いせかいに遊びに行くの? オニごっこ? ……んー、だったらふつうに『虹泉』つかっていくのはすぐにみつかっちゃうかもね」
「……ふむ。カムラル家というか、マーズは時の狭間の守護者とも懇意であったな。泉を使えば守護者を通じて気取られる可能性はあるだろう」
「あぁ、やっぱり。ママとパパに聞いておいて良かった。そう言うことだからマニカさん、予定変更で。『虹泉』はできるだけ使わない方向で行きましょう」
「えっ? ……あっ。言われてみればそうですね。『虹泉』を通ればギルさんに気づかれちゃいますよね」
ミィカがあまり魔王城という名の実家に帰りたがらなかったのは。
両親……特に母マイカの過保護な可愛がりがしんどかったというのもあるが。
母だけでなく父ですら一緒になって、ママパパ呼びしなくては反応してくれない、というのもあった。
しかしそれでも、照れた様子もなく凸凹コンビにすぎる両親の事を、希望通りに呼んでいるミィカに、マニカは少しばかり驚きつつも。
ミィカが両親をそう呼ぶさまに、特段違和感はなかったから。
初めはミィカ……あるいは分かたれる直前そばにいたルッキーに、あわよくばお願いするつもりであった、そう長くは続くことはないであろうわがままめいた逃避行という名の小冒険が。
何だか大事になりそうというか、ミィカだけでなくミィカの両親も随伴する様子であることに戸惑いつつも。
さすがは『時』の根源そのものとすら言われている元ユーライジア・スクール校長なミィカパパである。
いずれ世界の至宝……礎となるマーズ、カムラルの一族を守護するために在る『クリッター』のギルならば。
マーズの……マーズの内に棲まうマニカが虹の泉に少しでも浸かることがあれば気づくことだろう。
いずれ見つかってしまうとは言え、少しでもそれを遅らせたい。
少しでも背負っている荷物がない時を長くして、自身を省みる時間を作って欲しい。
マニカは内心でそんな事を考えつつも、『虹泉』を使う以外に異世界へ向かう方法があるのかと再度伺うと。
それに答えたのは、過保護な両親が何だかついてくる気満々であっても気にならないくらいには、
マニカとともに異世界への冒険が楽しみであるらしいミィカであった。
「『虹泉』に依らない世界間移動の方法ですか。パパはいつもどうしているんでしたっけ?」
「……時間軸移動ならできないこともないがな。未来や過去に行きたいわけじゃないんだろう? それ以外ならば俺でも『虹泉』の使用は必須だな」
「えー、そんなすごいことしたことあったっけ? 過去をのぞき見するくらいしかわたしの記憶にはないけど」
「……そうだったか? いや、そうかもしれないな。俺は特段力のない、普通の『時』の魔精霊であるからな」
どこからどう見たって、『普通』などといった言葉は相応しくないのに。
敢えてミィカパパがそう口にするのは意味のあることだったらしい。
ミィカママ……マイカは、そんなパパに何だかとっても満足げで。
そのまま二人の甘い空気になりかけたのを、はいはいごちそうさまです、とばかりにミィカが戻しにかかる。
「思い出しました。マニカさんはユーライジア・スクール下町郊外にある、『ライジア・パーク』をご存知ですか? その一角のサーカス……いえ、宝物館内に『夏夢』と呼ばれるマジックアイテムがあるのですが」
「そうなのですか。そこにはまだ行ったことなかったです。そのアイテムを使えば異世界に?」
「ええ。パパやママたち世代では有名な話みたいですよ。確か、ここではない幻想の物語の中へと向かえるんですよね」
「む、あれか。本来なら使用許可がいるものではあるが。普通な俺がいれば問題はないだろう」
「……そっかぁ。マニカちゃん今の今までお外に出られなかったんだもんね。『夏夢』っていえばわがしんゆーでもあるマニカちゃんのおかーさんごようたしのアイテムだったんだよ?」
「あぁ、未だ面と向かってお話できたことはないですけど、それなら少し耳にしたことが。母さまは『夜を駆けるもの』として冒険するのが好きで、様々な世界へ渡ったと聞きましたが、そのためのアイテムなのですね?」
「うん。じつは何度かいっしょに冒険したことあるよ。でも、『虹泉』とちがって、問題があるんだよねぇ」
「『夏夢』は、『時』の魔力の込められし鏡がメインのマジックアイテムだ。指定の時間に鏡面に触れることで時の狭間の泉を介さずとも別世界へ向かうことができる。……だが、その境界を超える際に事象が『反転』する。それは性格であったり性別であったり関係性であったり、様々だな」
「それは……」
自分が自分でなくなってしまうのではないか。
マーズの、兄の重荷になりたくない。
できるのならばこのまま離れたままでいたいマニカにとってみればある意味でお誂え向きのようにも思えたが。
ミィカたちにとってみればそうではないだろう。
故に場所と使用許可だけいただければ、やっぱり一人で向かうべきであろうと。
マニカがそう思いかけた時、それを見透かしたかのようにミィカが声をあげた。
「なんですかそれ! 『夏夢』にはそんな付加価値があったのですか。めちゃめちゃ楽し、面白そうじゃないですか。何が反転するのかもわからないところもポイントですねっ。それならあのへん……赤オニさんもすぐには見つけられないんじゃないですか?」
「……なるほど。確かに、そうかもしれないですね」
少しばかり勢い込んでそう言うミィカ。
その様が、あまりにもキラキラして可愛かったから。
当然のようにそんな問題があろうともお構いなしでついて来る気満々な両親も含めて。
遠慮して一歩引いて、ひとりで行こう、なんて雰囲気もどこかにいってしまって……。
(第179話につづく)
次回は、8月25日更新予定です。