第171話、EndingNo.6、『思い切り息を吸い込んで、この想いを空に放ちたい』②
SIDE::マーズ
マーズが、聖おっさん師匠の若いみぎりのように、今より純粋無垢であったのならば。
『虹泉の迷い子』である【水】の乙女ふたりがかわった瞬間を目撃していなければ。
出会ったその時その瞬間が、マーズと彼女だけであったのならば。
あるいはマーズも、ふと目を離した隙に変わってしまったリアータ……彼女に対して。
知らないふりというか、嘘は白いものしか吐けないからこそ、気づいていない体で話を進められたかもしれないのに。
母二人と同じように。
……いや、近しい間柄である母たちがかわったからこそ、引っ張られるようにして彼女もかわってしまったのだろう。
とにかく、マーズやウィーカから見てもタイミングが悪すぎたようで。
かつて母ふたりがいたずらに。
その一方で自分を見て欲しいといった目的があって、魔法を使ってでも姿を似せたように。
かわった彼女は、出来うる限りリアータであるように、海色のウィッグまでつけていて。
「あら、マーズにウィーカ。ふたりとも来ていたのね。お母さん、友達が来ていたなら教えて欲しいわ」
「……ええと。その、ごめんなさいね。リア? 少し二人ともふもふするのに夢中になってしまって」
「もふもふ? ウィーカはともかくとして、マーズともふもふ? 確かにマーズの筋肉ってもふもふできそうなくらい凄いけれど」
「みゃうーん?」
「なんだ、もふもふしていくかい? 真のものじゃぁないとはいえ、ウィーカに引けを取らぬと自負しているぞ」
とはいえ、あからさまにリアータをかたるといった雰囲気でもなく。
恐らくは、マーズたちの方から、かわっていることを気づいて欲しいと願っている雰囲気がよくよく滲み出ていて。
それぞれが少しばかりズレたやりとりをしながらも。
もうとっくの間に気づいてしまっていますなんてことを、どう口にしたらいいのか迷ってしまって。
思わず顔を見合わせる四人。
もちろん、疑問符を浮かべて顔を見合わせている皆のうち、リアータの魂の片割れ、もうひとりの自分とも言える彼女のそれだけ意味は違っていて。
改めてそんな彼女を見ても、やっぱり時期さえ悪くなかったのならばすぐには気づけなかったであろうと思えるくらいにはリアータによく似ていた。
逆に考えれば、マリアとセリアが甘くて苦いと揶揄されるように違っているほうが珍しいのかもしれないが。
ほんのわずかだけ嵩まして見える海色の髪の下には、マリア似のはちみつ色の髪がしまわれているのだろう。
その事に気づかないまま偽りの彼女におちていって。
そんな彼女をたったひとりと選んだその瞬間待っているのは、幻めいた永遠の別れ。
まさか彼女がそこまで考えているとは思わなかったが。
現状は、それよりもきっといたたまれない、彼女にとってみれば穴があったら入りたいかもしれないもので。
一体全体どのようにしたら、そんな彼女を傷つけずに既に変わっていること気づいていますよと伝えられるのか。
リアータよりも心なしか直接的に、マーズの魔法的もふもふ……ではなくムキムキに触れようとしている彼女を脇目に。
セリアとマーズとウィーカは語らず【念話】も使わず、解決策を模索する。
とはいえ、セリアもウィーカも喋りだしたのならばボロが出てしまいそうな雰囲気があったため。
やっぱりここは俺がとばかりに、勢い込んでマーズは口を開いた。
「あー、もふもふしたいところ悪いんだが、今日はちょっと相談にきたんだよ。うちっていうか、『レスト族』と違って、セリアさんたちって変わるのも変わらないのも自由自在に見えたものだから、その辺りのコツを伺おうと思って。ちょうど見せてもらっていたところなんだ。ほら、この……虹泉の水っていうか鱗粉みたいなやつ? オレが思うに、これが関係してると思うんだが……」
「ええと、これ? 虹のかけらだったかしら。確かに母さんの周りにあるわね」
「そう。それの名前は虹のかけら。【時】の砂時計の中身とも言われていて、時戻りの呼び水となる素材とも言われている」
「みゃっ、みゃん!」
「わぁっ、どうしたのウィーカ……って、あら。私にも虹のかけら、ついているみたいね……」
どうやらその素材は、【時】に極限まで愛されし存在そのもの……星屑でできているらしい。
そんな知恵袋、ちなみに情報を語りだすセリアは、案の定まだどこかずれてはいたが。
マーズが、自然に彼女が気づけるようにと誘導していることにウィーカは気づいたようで。
もふもふされに行く体で、ウィーカが彼女に向かって突撃していくことで、セリアにだけでなく彼女にも虹のかけらがまとわりついていることが白日のもとに晒される事となって。
「……」
「……」
それが何を意味しているのか。
気づいて、現状を理解するための彼女の黙考。
見守り待つ意味で同じくマーズがだんまりを決め込んでいると、ぎぎぎと鳴ってるくらいの勢いで彼女は顔を上げて。
「……も、もしかしてかなーりタイミング、悪かったり? 『変わった』私のこと、気づいちゃってる?」
「うぅ、ごめんなさい。そんなつもりはなかったのだけど。マリさん、いつまでもウィーカさんのこと独り占めしていたから」
「同じく、なんていうか、すまん。できるのなら自力で気づきたかったんだが。それもこれもウィーカがモフモフに過ぎるのが悪いってことで」
「みゃふん。……みんなしてうぃーをなんだと思ってるのにゃ、まったく」
「わっ、ウィーちゃんが喋ってる! ……って、あっ。その、ええと。もう今更隠しだてすることもないわよね。みんなが気づいているように、私はお姉ちゃん、リアータ・セザールじゃなくて……」
確かに、リアータとは異なるはにかむ仕草。
果たして、リアータを姉と呼ぶ彼女の後々に明かされるかもしれなかった名前とは。
改めて(セリアは当然、知ってはいたのだろうが)その場にいるみんなで聞く体勢を取ろうとした、その瞬間であった。
例えるのならば。
世界と異世界のその境に、罅が入ったような音が響き渡ったのは……。
(第172話につづく)
次回は、7月15日更新予定です。