第170話、EndingNo.6、『思い切り息を吸い込んで、この想いを空に放ちたい』①
SIDE:マーズ
「助けてぇー。聖槍爆裂おっさんししょう~っ」
普段から至高な救世ちゅ乙女といちゃいちゃ……じゃなかった。
様々な世界を救いあげることに忙しいアイの怪人こと、マーズ父からの、手が空いているのならばの救援依頼があったわけだけど。
それでも幼き頃のように問答無用で攫われて修行修行な日々を送った時とは違って。
何が何でもというわけでもなく、用事なくてヒマならば、と言う認識でいたマーズは。
一人では答えが出せなかったこともあって。
ろくに顔も合わせない父よりもよっぽど父親らしい間柄とも言える師匠様がたの一人でもある、ラルシータスクールの校長先生兼、ユーライジアの世界に一人しかいないと言われる聖女……ではなく聖人、聖おっさんのいるラルシータスクールへとやってきていた。
マーズの父とも親友であると言って憚らない、豪放磊落な怪人と対等な相手に、息子に対する横暴をチクる勢いと言うか、とりあえずのところ誰かに話を聞いてもらいたくて、思い立ったのがセザールの家族だったわけで。
当の本人が聞いたら、奥さんは二人いるけどそんなに暴走はしていないぞぉとのろけられているのか怒られているのか分からなくなってくるツッコミがかえってくるところだったが。
そんな、あまり切羽詰っているようには見えない、力の抜けた台詞に応えてくれたのは。
ラルシータ・スクールの関係者以外立ち入り禁止区域と言う名のセザール邸の縁側めいた場所を暇さえあれば日向ぼっこしたり掃除したり、ふらっと入り込んできてしまったウィーカを捕まえてもふもふ三昧な、聖おっさんの奥さんの一人、マリアであった。
「あり? どうしたのマーズちゃん。珍しいねぇ。そんなべんりな猫さん魔導人形さんに助けを求めるみたいに。センパイ……じゃなかった、あの人なら今日もライジア病院の方で若い娘たちと楽しくやってると思うけどー」
「みゃ、みゃふう」
「あぁ、やっぱりそうでしたか。別に聖おっさん師匠じゃなくてもいいんですけどね。ちょっと話を聞いてもらいたくて。……というか、ウィーカぐったりしてません? もふもふも腹八分にしておいたほうが」
「にゃうぅ」
「だってぇ、セリアねぇウィーカちゃんのこと独り占めするんだもん。私が出てるうちはもふもふ堪能したいじゃない?」
「みゃみゃっ」
「わっ、こんな言葉忘れてオレなんかに飛びつくくらいもふられたのか、ご愁傷さまだなぁ」
顔を膨らませて言葉返しつつも、マーズの言葉を聞いてマリアははっとなってウィーカを放してくれる。
喋ってそれこそ文句を言うものならエスカレートすることを分かっているからこそようやく開放されたウィーカに対し、ご苦労様の意味を込めてこっそり【風】の回復魔法を唱え労いつつも。
自分の悩みはとりあえず置いて、そんなマリアの台詞の気になった部分をツッコむことにして。
「あれ? そうか。そう言えばマリアさんたちも『レスト族』やエクゼリオさん家みたいに、一つの体に複数の魂が在るんでしたっけ」
「んー。まぁ、似てるって言えば似てるのかなぁ。でも私たちって特に種族的な名前とかないしなぁ。別人格っていうか、このユーライジアの私と、べつの世界の私がいて一緒になったり、センパイの嫌がらせで入れ替わったり分裂したりしてるだけだしね」
「にー」
「だけって、何でもない風に言っちゃうのは流石ですね。となると今セリアさんは内なる世界に?」
「うん。そうだよ。ふははぁ。じつはそろそろ変わるから、もふもふ終了、なのだよ~」
「にゃっ!?」
ウィーカの身体を気遣って、マーズのツッコミを受け入れてくれたからなのかと思いきや。
もう彼女自身は十二分に堪能したからこその行動であったらしい。
ウィーカがびびくぅと背中の毛を逆立てるのとほぼ同時。
マリアは名前はないと言っていたが、『虹泉の迷い子』と呼ばれるだけあるのか、七色……12色のきらきらが発生したかと思うと、偶然か必然かウィーカの白いもふもふが刹那視界を覆って。
もふもふが収まった時には。
てもじゃないが一児の母には見えない、明るい金髪の派手目のドレスが似合う人形めいた少女から。
深海のような蒼を湛えた、ウェーヴのかかった髪と、すらりとしたシルエットが特徴な、マリアより心なしか年上に見えなくもない少女がそこにいて。
「……マリさんずるい。リアの大切なひとに可愛い子預けるなんて。これじゃぁ私、手が出せないわ」
「にゃ、にゃぁ~」
「おぉい、ふところはやめろってばよぉ。まったく、しょうがねぇなぁ」
流れとノリに乗って手のひらをアサシンか何かみたいにわきわき……ぱきぱきさせているから。
ウィーカが怖がって懐へ潜り込んだりしてしまったけれど。
マーズは知っている。
もう十分堪能したから満足しているはずなのに、敢えての無表情でウィーカにいたずらしている、お茶目な部分が彼女にあることを。
それこそ昔は、甘さと苦さが共有しているだなんて言われていたようだけど。
マーズにとってみればマリアとセリアにかわったところはなく。
父と違って理由があるからおおっぴらに口にすることはないが。
それこそ、そんな風にいつだって甘い彼女たちは、マーズの母親がわり、その一人といってもよくて。
そんな事を思っていたのは、きっと特段関係はないのだろうが。
彼女から未だ湧き出て舞い上がる12色がそうさせたのだろう。
(みゃ、リア……なのかにゃ?)
ふところから聴こえてくるくぐもったウィーカの呟きに引かれるようにしてセザール邸の方を見やれば。
あるいは母と娘であることの関係をはっきり示すかのように。
同じく12色のきらきらに巻かれたリアータの姿がそこにあって……。
(第171話につづく)
次回は、7月9日更新予定です。