第169話、EndingNo.5、『夢見てる、優しく滲んだその色に』⑤
SIDE:マニカ
魂の片割れ、同じ体を共有していたきょうだい。
物心ついて、マニカがマニカであると自覚した時から、気づかずともそばにいて。
ずっとずっと護ってくれていたマーズ。
マニカとしては、兄妹や家族と言うよりも、同一人物な感覚の方が強くて。
故にこそ、なのだろう。
あるいは不意に共有していた身体を抜け出して、魂……魔力、魔精霊そのものとなって抜け出しても。
いつだって帰ってくるのは、ふたりの、ふたりだけの身体で。
その代わりとなるような身体……魔精霊で言うのならば『器』、終の棲み家とも呼ぶべき『ばしょ』は、中々に見つからなかった。
それでも、マーズと身体を共有することのない、ただのマニカとしてマーズに会いに行きたかったから。
結局の所なんだかんだで、ついてきてくれていたルッキー(彼は随分とふところマスコットなるポジションを所望していたが、意味が良く分からなかったのでとりあえずお断りしておいた)とともに、基本紅髄玉の炎のごときヒトダマと、小悪魔めいた【氷】の魔精霊のでこぼこコンビは。
それこそ、カムラルの一族、救世主の宿命負う乙女たちが巻き込まれるという、『夜を駆ける』、などと呼ばれる物語へと入り込んで。
数多の星のような、喜怒哀楽蔓延る冒険を繰り返していって……。
一体どれくらいの時が経ったのか。
時に『虹泉』に誘われて、マニカが生きたユーライジアの過去や未来の世界へ落っこちていくこともあったから。
マニカには判断はつかなくなるほどに様々な経験をしてきていて。
「おぉぉぉい! 籠の鳥どころか氷山の中のひとの癖して、いらん冒険心を滾らせてんじゃねぇぞおいぃ!」
「……あれ? ルキおじさんがルッキーのままでいる? という事はもしかして帰ってきちゃった?」
数えるのも億劫なくらいたくさんの冒険をしてきたけれど。
まだまだ十分な成果を得られてはいなかったから。
結果的に見れば、逃げるように飛び込んだ『虹泉』の行き先は。
少なくとも久しぶりに帰ってきた気がしなくもないユーライジアの世界らしい。
らしい、とつくのは。
世界に漂う魔力構成に懐かしいものを感じたのと。
いつもの小生意気かわいいルッキーがいつものノリで瓦礫の影から飛んできたからなのと。
恐らく今いるのは、ユーライジア・スクールの校舎内にある『虹泉』がある『移動教室』の一つなのだろうが。
魔物の襲撃、スタンピード……あるいは人族同士の戦争でも始まってしまったのかと思えるくらいに、無事な建物を探す方が難しいほどに建物は崩壊し、中庭は破壊され、魔精霊や人々の気配は、ほとんど感じられなかったからだ。
「あ? あんだってぇ? カムラルの姫さまよぉ、言うに事欠いてこの俺サマをおじさん呼ばわりするたぁ、いい度胸してるじゃねぇかっ」
「……うん。私の感覚よりもルキおじさんの距離が遠いかな。あ、身体がある。これは……私なのかな」
【氷】の根源だと嘯いて憚らないルッキー。
その見た目だけではここが過去なのか未来なのか、はたまたパラレルワールドなのかは判断がつかなかったが。
その流れで自身を顧みれば痩せぎすの小さな子供、スクールで言えば最小学級であろう姿が見える。
僅かに目元にかかる赤と茶と金の髪色と、何とはなしに感じられる【火】の魔力と、決定的なルッキーの台詞により、どうやら今回の冒険では、もしも自分に自分だけの身体があったのならば、イメージできる【火】の一族の子供の身体にお邪魔している事が分かって。
「私、だとぉっ? おいおい、どうしたどうした姫さんよぉ! あの歌バカ赤オニがいねぇからって心配で心配でおかしくなっちまったか? 大丈夫だって、めたくそしゃくではあるが、一応やつらん家にツイてるから、生きてるくらいはわかるからよぉ」
「にっ……赤オニですって? 予想はしていましたが、やはりいらっしゃいますか。わかりました、ルキおじさん、逃げますよ!」
「みょわぁっ、逃げるって、と、飛んでるぅっ?! 探しにいくんじゃねぇのかょぉ!?」
今のところ元のこの身体の持ち主の気配は感じられなかった。
元よりいなかったということは今までなかったので、マーズのように留守にしているのか、気配を感じられないくらい心のうちへ潜ってしまっているのだろう。
イメージにぴったりな、特段力のない小さな子供のようだったから。
話し合えるのならば話し合って、身体を借りれるのならば借りたいところである。
しかしそれすなわち、マーズに面と向かって会えるような自分だけの自分になれたわけではないので、ここはとにかく逃げ一択で。
マニカは、それにしては初めから自身の身体であったかのようなしっくりさを覚えつつ、ルッキーをむんずと掴み、ふところは売約済みであるからして、肩の上に乗っけつつまずはスクールから離れようと、カラスの濡れ羽色な翼も見えないのに飛んでいったわけだが……。
どうやら、いい加減出会えないことにしびれを切らせたのか、相手の方が一枚上手だったらしい。
肩の上にいて、ただ楽しいおしゃべりをするだけな『ふところマスコット』よろしくルッキーがわーぎゃぁ騒いだからなのか。
頭だけのドラゴンだったり、頭にとっついて色々吸い取ろうとするくらげだったり、尾っぽがヘビになっているマンティコアだったり、全身が炎の包まれている羊の化物だったり、色々襲いかかってきてしまって。
それを、基本中の基本な、【カムラ・イクス・プロード】の魔法で爆撃しつつ進んでいたのがまずかったようで。
とうとう、広きに過ぎるスクールを脱出する前に、追いつかれてしまった。
「こんな状況でものんきなやつだなぁ。歌なんて歌ってら」
「うぅ、泣かない赤オニからは逃げられないよ。……かっこいい」
「なんじゃぁ、そりゃぁ。姫さんもたいがいやられてんなァ」
聴こえてくるのは。
悲しいのに元気が出てくるののたまう、そんな歌声。
それは、赤いひの色の歌。
そのぬくもりを忘れられなくて、探しに旅に出る歌。
あの日に帰りたい。
想いを伝えたい。
そんな叶わぬ夢を見ていると。
悲しくなるのに心に火が灯る歌を歌われてしまったのならば。
当然のようにもう、そのついて出た言葉のように。
逃げ出すことなど忘れてしまって。
待ちぼうけつつも。
アイ焦がれるしかなくなっていて……。
(第170話につづく)
次回は、7月4日更新予定です。