第165話、EndingNo.5、『夢見てる、優しく滲んだその色に』①
SIDE:マーズ
所謂ところの、この世界における器が、魂と合っていない。
その黒く燃える魂は、必要としている異なる世界にて映える。
使えるものなら息子でも使うのだと。
魂だけならば異世界転移も易いことであるし、新たな器、身体は適当にこっちで用意するから。
それでも共にあることを。
付いてきて欲しいと思えるような。
背中を預けても良いと思える相棒がいるのならば連れてくればいい。
要約すればそのような内容のことを父から言われて。
ふらっとやってきたかと思ったら、言うだけ言って去っていってしまったから。
特段期限を設けられたわけでもないが、考える時間はそうないんだろうと判断していたマーズは。
ほとんど無意識によるものなのか。
そうであるからこそ、選択した結果であるのか。
魂だけの不安定な状況を打破せんと、現時点で最もその穏やかなこの世界を揺るがしかねない魂を包み隠せる器のもとへとかえってきていた。
「……ぶはぁっ!?」
「あ、きゅうにもりもり戻ってったかと思ったら、その感じはいつものマーズくんみたいだね」
「ふむ。魔精霊が魂の器を見つけ出し棲家とするとはこういうことなのか。なるほど、興味深い」
例えるのならば、今の今までこの世界で在るための、息を吸うための着ぐるみを着ていなかった状態。
魂である時にはとりわけ気にならなかったのに、そんな感覚に陥ったのは。
ユーライジアにおいて、正しく自分の体であるかのようだった……
ユーライジアの至宝にして、今代の救世主の素養持ちし『妹』、マニカの身体ですら負担を強いている証左なのであろう。
「それなのにいつもの習慣で戻ってきちまったい。……って、すみません。マイカさんと【時】師匠。マニカのこと、見てもらっちゃって。あ、寝床も貸してもらったみたいで。お礼はまた改めてしますので、今日のところは失礼しますね」
「ややっ、ちょっと! いまのいままで気をうしなっちゃってたんだから、もうちょっとゆっくりしててもいいんだよ? みかちゃんもさっきのさっきでつかれて眠っちゃってるし」
「ここへ……正確には我が創った結界を破り入ってきてまもなくだったか。娘による影響というよりも、我の結界を破ったことによる反動かと思い肝を冷やしたぞ」
父の半ば強引な命令めいたものに従うかどうか。
こうして戻ってきたからには、まずはマニカにその事を相談するべきなのだろう。
そう思い、結果的に見れば魔王城……エクゼリオ家に預ける形となったマニカと改めて顔をつき合わせて相談する必要があるだろうと。
ここは一旦お暇しようか、なんて思っていたらマニカの身体を気遣う様子の二人に少しばかり違和感を覚えて踵返しかけた足を止める。
「気を失ったですって? ここへ来てすぐのことですか? 身体はマニカに返して任せて……その場にはルキおじさんもいたはずですが」
「ん? ルフローズ・レッキーノのことか? あやつなら我に怒られると思いすぐにどこかへ行ってしまったが……」
「あいかわらずひどいよねぇ。あんな可愛い娘おいてっちゃうんだもん。あたしがじきじきにしめてあげないとだね。ってゆーか、あたしのしんゆーにものすっごく似てるあの娘、マニカちゃんって言うんだねぇ」
「……っ、あれ? 申し訳ないです。お二人と顔を合わせるの初めてでしたっけ?」
刹那せり上がってくる、焦燥感と不安が混じりあったような何か。
何だかんだでマーズがいない間に二人の娘であるミィカと仲良く……友達と呼べるくらいの間柄に収まっていたようだったから。
ここ魔王城へ遊びへ行くのも初めてではないと思っていたのだが、二人の話を聞いているとそういうわけでもないらしい。
「マーズくんがぬけでちゃってからマニカちゃんにかわったんだよね? すぐに眠るみたいにおっこちてきたから、あたしはてっきり、すっごく可愛いし、魂のぬけたからだにマニカちゃんってお名前つけてるのかなって思ってたけど」
「うむ。魂の入っていない魔導人形にもまずは名付けることからと聞いていたしな。我もそのような認識でいたが」
「……いえ。お二人は『レスト族』のことご存知ですよね? 父たちに複数の魂がひとつの身体を共有していたように、俺にもいるんです。たった一人の、マニカという妹が」
それは確かなことなのだと。
二重人格めいたものを、そのように自身に納得させていたわけではないのだと。
焦りと不安を振り払うようにして、改めてマーズはとっくの間に説明していたとばかり思っていた妹のことを語りだす。
父たち親世代の英雄たちとの修行を終えて故郷であるユーライジアへ帰ってきたのが一年前。
物心つく幼少のみぎりな頃にならって、カムラル邸にて隠れ篭るように過ごしていたマニカの身体を借りる代わりに。
迫り来る宿命に怯えて過ごしていたマニカが外に出られるように、あり余る魔力をもってそんなマニカを覆うようなヨロイ……じゅばんをつくったのが始まりのこと。
それから、マントと仮面さえあれば。
夜の世界であるのならば。
じゅばんを脱ぎ去って外に出られるくらいには慣れてきて。
いよいよ、妹に身体を返す算段がついたのだと。
分かれ離れて自分に合う、自分だけの身体を探し出す腹積もりでいたのに。
「……ふむ、何やらお互い随分と記憶に齟齬があるように見える。我は娘が帰ってくるので面倒を見てもらおうかと思い立った時分、少なくともマーズ、君からレスト族の片割れ、妹がいるのだと。君自身が認識しているようには見えなかったと記憶しているが」
「ってゆーかそれ以前のもんだいじゃないの? 今のむきむきなマーズくんも、魂ぬけでてのこってたかわいい娘も、マーズくん本人でしょう? そんな、じぶんがよそものみたいなこと息子だとおもってるあたしたちのほうがだめーじおっきぃんだけど?」
「……」
二人から発せられる言葉に、マーズは何も返すことができなかった。
【時】師匠が言うように。
確かにマーズは、ミィカやハナと出会うまで、彼女のことを覚えていなかったのだから。
(第166話につづく)
次回は、6月11日更新予定です。