表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

164/199

第164話、EndingNo.4、『たださりげなく、寄り添うだけでも』④





 SIDE:イリィア


 

イリィア・ガイアット。

イシュテイルの一子でありながら、イシュテイルの生みの親に等しいガイアットの名を、今のところは唯一受け継いだ存在。

ある意味で、イシュテイルの存在証明を、生まれながらにして持っていた人物。



現ガイアット王は、死を司る人物でありながら、愛に生きていて。

ひとたび気に入ったのならば、すぐさま家族に、イシュテイルとして迎え入れるのが常であったが。

イシュテイルの宿願でもある恋人となって、愛を育み、子を成すような相手は後にも先にも一人しかいなかった。


そう、その子供こそがイリィア自身なのである。

イシュテイルとしては姉であるトリエが姫さま呼びなのもそんな訳なのだが。

当然のように、イリィアはその生まれと、父と姉たちの愛に疑問を持つことはなかった。



父が未だに家族を求めているのは、イリィア自身生まれ変わりであるということもあって。

一度も会ったことのない母を。

誰にも変わりにはなれないことは分かっていても、せめてそのぬくもりをと。

イリィアよりも父が求めていることも、よくよく分かっていた。


故に、しょっちゅう家を空けて帰ってこない日が多くてもイリィアとしては一抹の寂しさあれど。

仕様のないことなのだと、納得している自分がいたのは確かであったが。




いつからだろう。

そんな父や姉たちが時折口にする、母なる存在がどこぞの赤オニのように。

自身の内なる世界、そのどこかにしっかり存在していることに気づいたのは。




『おらぁ! チームのアタマが先にゴールしちまえば勝ちなんだろが! ここは任せてとっとと上へ行きやがれっ!』

「それを大声で口にしちゃったら元も子もないですけどねぇっ! 一度言ってみたかった言葉ですけどっ!」

「う、うむっ。二人とも恩に着るぞっ。だが、ほどほどにしてすぐに追いついてくるんだ、いいな!」

「ちっ、そうはさせないんだからっ!」



同じ穴の狢ではないが、さかしまではあるが似たような境遇なマーズと出会ったからなのか。

門番をしたりメイドをしたりしているトリエが、元々は母の部下であったからなのか。

あるいは、『テンダーグリーン』の最初の出し物である、『テンダーの塔』の攻略が始まって。

出会ったからずっと気になっていた、新しき母候補である、闇色の輝石埋め込まれし女性、ディーヴァが追いかけてくるからなのか。


色々と考えることはあれど。

今はイリィアと、内なる世界にいる母フォーリィと、密かに目的地と決めていた場所へ向かうことが先決だったから。

親世代の英雄たち、『ステューデンツ』の中でも身のこなし、素早さには定評のあった父と。

かつてはそんな英雄たちとは敵対していたという魔物の軍の中でも獣王などと呼ばれていたらしい母の血を確かに受け継いていたらしく。

案の定マーズたちを取り巻きに任せて追いすがろうとするディーヴァをも置き去りにする勢いで、イリィアは塔の最上階を目指した。





(……だけど、本当にいいのです? 今更ですけれど、イリィアちゃんにかごの鳥にいるみたいですって言ってしまったの、正直お母さんとして反省しているところなのですけれど)

「わっ。びっくりした。……べつに反省することじゃないですよ。むしろ教えていただき感謝したいくらいですし」



とにもかくにも、こんなふうに。

内なる世界に住まう母の声が聞こえるようになって。

きまって他に人のいない時だったから。

特に一日の終わる、眠る前なんかは会話も弾んで。

本当にそこに母が居ることを実感して、気づけば寂しさもどこかへ行っていて。



そんな中、なんとはなしに口にした母の言葉。

スクールに通うことを除いては、自室……『ガイアット宮』に引きこもっているに等しいイリィアが、

大事に大事にされている家族というかごに閉じ込められているように見えたらしい。


父親の言うことは絶対で、ただただ付き従い世界と敵対してきた母フォーリィにとってみれば。

そんな自分やイリィアとは180度違って、ユーライジアどころか異世界までも手を広げて渡り歩いていた自由な父に憧れていたし、その度に引っ張りまわされたことは、いつまでも忘れることのない良い思い出であると。

そうであるからこそ、娘のイリィアにもそんな風に自由であって欲しいと思ってしまうのは、自然なことなのかもしれない。




「ふぅっ、ふぅっ! 追いつきましてよ!」

(あっ、ごめんなさいですイリィアちゃん。わたしが話しかけたから)

(いえ、いいんですよお母さま。ちょうどディーヴァさんにも聞きたいことだあったので)

「お待ちしていました。ディーヴァさん」

「……あら? 母とは呼ばないんですのね」

「だって。本当のお母さまはここにいますので」

(イリィアちゃぁーん!)



父のある意味で一目惚れだけで異世界から連れ去られるように連れてこられて。

そんなに年も変わらないかもしれない娘の母になるだなんて、たとえ父に対して悪くないと思ってはいてもあまり気分は良くないことだっただろう。


ある意味で、そんな自分勝手な父の被害者同士であることにディーヴァも気づいたようで。

出会ったばかりの頃の闇色に染まるような鬱屈した態度はどこへやら、感激の声を上げるフォーリィと同時にきょとんとしていて。




「ふぅん。待っていたってことは、わたくしに何か用が?」

「はい。もしかしてディーヴァさんは。ディーヴァさんの願いは故郷へ帰ることなのかなと思いまして」

「……もちろん、そのつもりですけれど。そのような話をわざわざするということは、わたくしに願う権利を譲ってくれるとでも?」

「結果的にはそうなるかもしれません。ディーヴァさんは知っていますか? この塔の最上階に、異世界へと繋がるという【虹泉トラベル・ゲート】があるということを」

「へぇ? そうだったのですか。それはつまるところ、その異世界への旅路にこのわたくしに付き合って欲しいと、そういう解釈でよろしくて?」

「話が早いですね。その先がディーヴァさんの故郷へつながっている可能性はゼロではないでしょうし、私としては是非にとは思っています」

(ディーヴァさん。初めましての時はおっかなかったですけど。やっぱり知らないところへ連れてこられて怖かっただけなのですねぇ)



かつて、父に逆らえずに無理やりここへと連れてこられたフォーリィ自身のように。

そんな、恐怖の棘のようなものが抜けたディーヴァは、あの人の知らぬ間に、鼻を空かせるのは悪くないですわねとすっかり穏やかに乗り気でいて。


今の今まで追いつ追われつの競争をしていたことなどすっかり忘れ去って。

本当の家族、きょうだいのように手をつなぐ勢いでゆっくり向かうは最上階。


第一ステージのクリアの証でもある【虹泉トラベルーゲート】の12色くらいはありそうな水。

本来ならば、それを指定の瓶に汲んで帰っていくわけだが。

普通に、いつでも使えそうな状態で漣揺れる水面を見ていると。


父といつだって背中合わせで戦ってきた相棒にして親友である万魔の王が、それを使って異世界への冒険の旅へと出たという事実を。

母から聞かなくともイリィアが知り得る可能性があるだろうと。

それこそが、かごの鳥であったイリィアの一番の『願い』であると。

いつでも好きな時に足を踏み入れワクワクドキドキの冒険へ向かってもいいのだと。

父に言われているような気もして。



『おーい、ちょっとまてぇぃ! あるあるをぶち破ってこのおれさまが置いていかれずに追いついてやったぞぉ!』

「ぜぇっ、ぜぇっ! 姫さまあぁぁ! わたしもいますよおおぉぉ!!」



ちょうどその時であった。


そんなこともあろうかと。

あるいは、最初からそのつもりで。

ディーヴァとフォーリィとおしゃべりしていると。

聞こえてきたのは、イリィアがここまで話すことのなかった『願い』を叶えてくれる相棒……二人の声で。



「ふむ。どうやらわたくしはダシに使われたようですわね?」

「いえいえ。ディーヴァさんも死に神から助けてあげたいと思ったのは本当ですから」

「……ふふふっ。あなたの口からそんな言葉が聞けるなんて。とっても笑えますわね」

(お父さんちょっとかわいそうな気もするですけど、まぁ自業自得かもですねぇ)



どこぞの過保護だけど天上天下唯我独尊なオヤジのくしゃみからの慟哭も耳にすることもなく。


そうして、イリィアは。

べつに父にお願いしなくても自身の願いはこれから叶うのだ、とばかりに。

かつての父を彷彿とさせる七色の投げ槍と全身緑な奇術師スタイルで。


頼もしき相棒候補をたくさん引き連れて。

異世界への冒険の第一歩を踏み入れるのであった……。



     (第165話につづく)








次回は、6月5日更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ