第162話、EndingNo.4、『たださりげなく、寄り添うだけでも』②
SIDE:マーズ
「おおぉ、あいぼーのラウル先輩が動いておるぞ! なんだかわくわするするな!」
「確かこのぬいぐるみって、マーズさんが姫さまに送ったものじゃありませんでしたか? まさかこのように動き出すようになるだなんて思いも寄りませんでしたけど。というか、本当に生きてるみたいですねぇ。なんだかあったかいのはマーズさんの魂、あのメラメラ燃えてる黒いののせいですかね」
『ちょっ、ふたり揃ってもぞもぞするんじゃねぇっ! ……って、あれ? 口調がおかしい! ってか、このぬいぐるみすげぇな! 原初の魔導人形ですらおれの魂に長くは耐えられなかったってのによ! もしかしなくてもイリィア、何かしただろ!』
ドス黒い靄めいたヒトダマのままでは死神の鎌をもったおじきに刈られてしまうかもしれないからと。
とりあえずのところイリィアの部屋に招き入れられたマーズとトリエ。
牛乳配達の仕事でここまでやってくることはあっても、部屋の中にまで入ることはなかったから珍しいこともあるもんだなぁと思っていたが。
どうやら魂だけのマーズは、イリィアにはいつものマーズのように認識されていないらしい。
そんな中、仮の棲まいとして提示されたのは、一分の一サイズの金色モフモフに過ぎつつも猫のようにも犬のようにも見える、いつものマーズと横幅だけなら同じくらいはあるかもしれない、部屋の四分の一くらいは埋め尽くしていそうな巨大なぬいぐるみであった。
名はラウル。
【雷】の、根源にも届きうると言われた神型の魔精霊(その割には獣特徴が強かったが)にして、かつてはラルシータの校長にして、大聖人である投げ槍使いの相棒。
そして現在は、マーズ父と同じように異世界を巡り巡っている父の妹と結婚していて。
マーズにとってみても、親戚といってもいい存在ではあるのだが。
そのもふもふふかふかな見た目と、紫色の雷をまとって戦う姿は格好よく。
マーズも当然のように憧れている一人であったが、ユーライジアで暮らす人々にも人気があって。
人々の憩いと癒しの場でもある『ライジア・パーク』には、実寸大からそれなりのもの、手のひらサイズに至るまで、ぬいぐるみが売っていたもので。
「ほら、魔物や魔精霊を召喚したりする従霊道士の亜種があったろう? 人形遣い(ドールマスター)だったか。輝石の魔力を込めるように、魔力を送り続ければ操れるようになるかと思ってな」
「姫さまってば、抱き枕にするついでに魔力送り続けてたんですよ。こうして動くようになって、良かったですねぇ」
『ってか動かして喋ってるのはおれだっつの! ……でもまぁ、魔力込めて抱き続けた甲斐はあったのかもな。実際うちからでもびくともしねぇし。なんだかちょっとわいるどになっちまってるしな』
いつかもふもふな相棒をゲットするために。
父親譲りのデスサイズではなく、槍使いを目指しているというイリィアにとってみてもそれはたいへん魅力的にうつったらしい。
いつだったかパークに遊びにいった時に買ったものであったが。
まさかそのような目論見があったというか、こうして一時的なものどころか、終の棲み家にしてもいいくらいのものができているのだから、衝動的だったとはいえ、プレゼントした甲斐もあったというものだろう。
『ってかこしょいって! 両脇からいろんなとこ触るのやめろっての!』
「ツンデレなところも可愛いねぇ。ちょっと変則的だけど、イシュテイル姉妹、その末席につくこと認めてもいいかなぁ」
「もふもふぅ、いつもより余計にもふもふぅ。……って、姉妹!? 何だらう、じゃなかったマーズ、そんな事聞いてないぞ!」
『だからトリエの勘違いだっての。いや、おれの勘違いだったのか。輝石っつーか、イシュテイルっつー種族についての理解が足らなかったみてぇだ』
ふかふかの二の腕をぬわぁっと掲げあげてじゃれついたままの二人を吹き払いたいのに結局のところモフモフ優しいからそれもできない。
ガイアット王に、『死神』の仕事についてのすべてを聞いたわけではないが。
イリィアの父である彼と、イシュテイルの姉妹たちの間には何やら複雑な事情があるらしい。
その辺りのことは、ただひとりの娘にして姫であるイリィアに聞くよりも、それこそガイアット王に直接聞くべきなのだろう。
『っつーか、よく考えたらおれこのままでいいんじゃねぇの? めんどくせぇこと無理くり聞き出すこともねぇだろう』
そこまで考え込んだところで、よくよく考えてみればご都合主義にもほどがあるが今の状態がベストであることに気づかされて。
無駄にモフモフ抱きつかれるのは面倒だけど、口から文句がついて出るだけで、結局これといって抵抗しないのは正にそんなマーズの内面が滲み出ているとも言えて。
そんな、よこしまな靄が出てきてしまったのがいけなかったのか。
「駄目だ、駄目だぞっ。そう簡単にイシュテイルに、家族として認めるわけにはいかん!」
「そうですね。マーズさんの覚悟は伝わってきましたから。これはガイアットの、イシュテイルとなるための試練、『テンダーグリーン』を受けなくちゃですねぇ」
『あぁ? なんだそりゃぁ。うまいのか?』
認識のズレのようなものも続いているらしく、何やら勢い込んでそんな声を上げる二人。
ついて出てくる言葉は、勘違いを助長させそうなそんなぼやきで。
だけど結局、それにもノーとは言わないのだから。
それこそがきっと、マーズの求めているものなのかもしれなくて……。
(第163話につづく)
次回は、5月25日更新予定です。