第16話、何度も何度も繰り返すから進まない主役とも、ある意味一線を画す
よこしまな気持ちなどこれっぽっちもない、と言えば嘘になるだろう。
故にマーズはウィーカの言葉に反論せず、いつものように【解析】の魔法をかける。
本来、マジックアイテムや武器防具に使う魔法ではあるが、マーズの【解析】は生き物、人体のみならず魔精霊や魔物たちにもかけることができる。
両親が現役の頃には使える者達は多くいたそうなのだが、マーズ自身これを使える者が他に見たことがない、今では中々貴重な魔法だ。
根幹は魔力を見る事にあり、母はそれこそ世に存在する色の種類くらい細かにその色を見る事ができたという。
(でもこれ、悪用したらプライバシーもくそもないんだよな、コレ)
無闇に使えるやつがいなくてよかった。
独善的に自分を棚に上げつつ、イリィアの言う魔力を充電をこなしつつ、解析を続ける。
(……ん?)
実際、マーズの頭上斜めには、マーズにしか見えない所謂ステータス……イリィアのパラメーターが出ていたのだが、所謂健康状態の所を見てはっとなる。
何も問題がなければ、通常、あるいは良好と表示されているはずの部分が、文字化けしていた。
それの意味する所はすなわち、何らかの変化の途中、ということで。
(魔力を補給しているからか? ……いや、だったらそれなりの表示が出るはずなんだがな)
「……? マーズ、どうかしたのか?」
「ああ、うん。ちょっと熱っぽいかな。ウィーカ、ちょっと平熱計らせてくれ」
「み゛っ」
黙考状態を誤魔化し、マーズはおもむろにウィーカの背中を撫でる。
息を吐き出すように声をあげるウィーカに一言入れつつ、ウィーカを【解析】する。
途端、マーズにしか見えない画面がひとつ増え、HPから始まって様々な個人情報が羅列される。
ウィーカの健康状態は良好。
括弧で微高揚と表示されているが、まぁ通常の範囲内だろう。
(やっぱりこれは外部からの影響を受けているな)
ぱっと思いつくのは、呪術的なものだろうか。
魔法そのものの場合もあれば、魔精霊の力を借りたものまで様々あるが、それが祝福の類ならこんな表示になろうはずもなくて。
「……っ」
その瞬間、化けた文字が怪しく身振いする。
イリィアに何かが起ころうとしている。
ともすれば、長く辛く、過酷な……例えて言うなら物語が始まろうとしていたのかもしれない。
「……ざ、けろっ」
それは、吐き捨てるような……だけど力込められし言の葉。
常日頃怒っていたって発することのないマーズのトーンに、ウィーカはびくりと背中の毛を逆立たせ、イリィアはきょとんと瞳をしばたかせる。
そして、マーズの変わりようを二人が誰何するよりも早く。
「……【ヴァル・シード】っ」
イリィアの額の輝石に触れていたマーズの手が白く光を放った。
いや、それは、厳密に言えば右手のひらの突如現れし一本の手相……二つをわかつようにして手のひらで存在感を放つ、『太陽線』と呼ばれるものだった。
かつての四王家、レスト族の中でも英雄、救世主の証とも言われるそれ。
実際にはレスト族にしか使えない術、技、魔法を発言するキーとなるもので。
ウィーカもイリィアも、マーズと会って一度見た事のあるものだった。
優しいその光。
一度瞬けば全てが解決するとも言われていて、簡単に言えばマーズの持つ力、ありとあらゆる能力を向上させるもので。
まず、ほぼ無意識に強化されたのは【解析】の力だった。
本来触れる、あるいは視界に捉えなくてはならないそれを、ターゲットを絞り込む事でそのターゲットの全てを暴く力に強化する。
ターゲットはもちろん、イリィアの体に断りなく侵入し、蝕もうとしているものだ。
(……案の定、呪いか。けったくそわりぃ)
しかも、かけられたものに取り憑き、巣喰い、内側から喰らおうといった、ベタでえげつない類のものだ。
根本は【闇】の魔精霊に近く、それには意志がある。
生きるために他者を呪い喰らわねばならない、そんな使命を与えられてしまった悲しい存在だ。
太陽線によるあらゆる力の強化により、その呪い自体を滅する事は容易い。
呪いの主犯にそのまま突き返してやるのも単純で簡単であった。
だが、それでは次があるかもしれないし、何より呪い殺す命を与えられてしまった、元闇の魔精霊も浮かばれないだろう。
何より、マーズ自身が気に入らないのだ。
自身の規格外さを自覚している以上に底の見えないものである事に気づかないマーズは。
先ほど思わず漏らしてしまった声のせいで縮こまっているウィーカを優しく撫でると。
何事もない、とばかりに朗らかな笑みを浮かべて(それでも体格のせいで迫力があって十分怖いわけだが)言った。
「イリィアの調子悪い理由わかったぞ。闇の魔精霊のちょっとしたイタズラだな」
「な、ななんと」
「うにゃっ、びっくりした」
イリィアとウィーカが二人して驚くのも無理はないだろう。
何せ、マーズの手のひらがより一層光ったかと思ったら、ずるりとイリィアの頭から黒いもやのようなものが抜け出たのだから。
「おお、カラスか? 結構可愛いではないか」
「にゅむ。ライバル出現にゃのにゃ?」
それは、瞬きする間にマーズの手のひらで包み込める程の小さなカラスへと変わっていた。
実際、マーズの巌のような手のひらには、ウィーカやイリィアの頭位なら余裕で包み込めるので通常サイズではあるのだが。
当然、急に現れたそれがどんなに凄いものなのかは、ウィーカもイリィアも知る由もなく。
簡単に言えば、後後に人の命を奪う事となった呪魔となりうるそれを浄化し、呪いの鎖を引きちぎり、
魔物や魔精霊を使役する従霊道士のごとく元の主から隷属権を奪い取り、カラスの使い魔となった元呪いの意志を尊重し、使役できる権利を放棄したわけで。
……その身に起こった事を理解しているのは。
もしかしたらその使い魔となったカラスだけなのかもしれなくて。
「むにゅっ。そこはウィーカのにゃ。新参がヌクヌクと居座っていい場所じゃないにゃ」
「……」
カラスはそれ故にふわりと羽ばたき、マーズの手のひらから抜け出しマーズの見た目通り鳥の巣めいたツンツン頭へと降り立つ。
「ウィーカのものになった覚えもないけどな。布団じゃねーんだから。……って、ちょっくらこの子の元主に会ってくるわ。二人共待ってても、学校先行っててもいいぞ」
「おい、ちょっとまっ」
「うにゃっ、消えたのにゃっ」
そして、ちょっとそこまでと、軽い調子で手のひらの光がマーズの全身を包んだかと思うと。
またしても、二人が縋る声もそこそこに、忽然と姿を消してしまう。
いくつもの属性が集まって出来た最上級にあたる瞬間移動の魔法だ。
名は、【リィリ・スローディン】。
マーズの母方の血族達が、得意としていた魔法である。
もしそれを正確に理解できていたのなら、どうしてそれを普段から使って牛乳配達しないのかと、突っ込まれそうなデタラメなシロモノである。
だが、ウィーカにもイリィアにもそれを考え問いただす時間は与えられなかった。
本当に、ものの数分でマーズが帰ってきたからである。
―――物語の破壊者。
いずれマーズがそう呼ばれる日が来るだろう。
それは、物語の進みが遅い主人公とも一線を画す。
ある意味面倒で異質で、わがままな存在、と言えるかもしれなくて……。
(第17話につづく)
次回は、6月14日更新予定です。