第159話、EndingNo.3、『勝手に決めた、リズムに合わせて歩いていこう』③
次回は、5月8日更新予定です。
SIDE:クルーシュト
「みゃふ、みゃふ。ごろごろごろ」
「くすっ。おしゃさん、そうやっていますとどこからどうみてもかわいい猫さんですね」
「ぐぬぬぬぅ、確かにその魂見なかったふりしてればかわいい! ……じゃなかった、うらやまけしからん!」
「ふふふ、いいでしょう」
ひょっこり顔を出したのが、本来ならば生涯の相方となるはずであったウィーカではなく。
そのお父さん猫の『おしゃ』であると気づけたのは、それこそ躊躇いなく胸元へと飛び込んできて、久しく触れ合っていないウィーカと比べると、心なしかモフモフ度合いが強いなぁと感じた時よりも先のことであった。
そもそも、ウィーカは、鍛錬に巻き込まれるのが嫌なのか、ああ見えて気を使っていたのか、鍛錬の時間に顔を出すことなどほとんどなかった、というのもあるだろう。
ぐぬぬと悔しそうな吐息をもらして、久方ぶりにモフモフを堪能しているクルーシュトを恨めしげに見つめてくる、何故か転がって伏しているマーズ。
たらればはあまり口にしたくはなかったが、彼がいなかったのならばガイゼル家とオカリー家の慣習で、
もう少しばかりウィーカと一緒にいる機会が多かったはずなのだから、これくらいは許して欲しいと更に抱える力を強めると、何故だかおしゃ本人とマーズから軽い悲鳴が上がって。
強めたといっても、幼少のみぎりからの力の加減の仕方はウィーカとで鍛えられているのでおしゃに影響はほとんどないはずで。
何だか楽しくなってきたクルーシュトは、いきなり突拍子もないことを言い出す母タクトにむむっとしていたことなどすっかり忘れて。
そんなおしゃをしかと抱え直しつつ、そんな母の隣へと座り込みつつ更にもふもふを……隙あらば『吸う』機会を伺っていると。
どこか更に慌てふためいた様子で、それでも無駄に手を使わずにがばぁっと起き上がったマーズが、猛然と近づいて来る。
「おいやめろ、クー! 早まるな! それは可愛いけどウィーカじゃないんだぞ! そんなに近づくと加齢臭が……じゃなかった、クーにも引けを取らない終の棲家(桃源郷)をお持ちの素敵なお姉さんがオニの角つけて奪い去りに来ちゃうから!」
「くすくす。マーズさんのつっこみは相変わらずおもしろいねぇ」
「ちょっと何言っているのか分かりませんが。そんな事言ってもおしゃさんは渡しませんよ。あなたにはウィーがいるじゃないですか」
「……? いや、別にオレのところにはいないが。って、そうじゃなくて! ちょっとおしゃ、おしゃさん! 叔母さんの怖さはあんたが一番分かっているでしょうに! ぎゅぎゅっとしぼってぱくっといかれちゃったらどうするのさぁ!」
言われてみれば(まぁやらないけれど)両手のひらで揉み絞ってから吸うのも乙かもしれない。
なんて思っていたら、ほとんど無意識にちょっとだけ手のひらの力がこもってしまったようで。
みゃぁっと声上げて飛び上がったおしゃは、その柔らかさとしなやかさともって、ぬるっとクルーシュトの腕の中から飛び出してしまう。
「おぉっと、もふっ。つかまえてやったぜ。ってかおしゃさん、わざわざ戻ってきて新たなもふもふを提供するためだけにやってきたわけじゃないんでしょう? 随分急いでいたみたいですけど、何かあったんじゃないんですか?」
「……みゃ、みゃみゃん!」
「くっ、結局こうなってしまうのですねっ」
そして、おしゃはあろうことかしっかとマーズの逞しい腕の中に収まってしまった。
そのままさっきまでクルーシュトのところにいたことなど忘れ去ってしまったかのように仲が良さげなやり取りを始めてしまう。
思えば、ウィーカの時もそうであった。
闇の勇者の一族として、護る対象というよりも、いたずらに力を振るうことがないようにと宛てがわれるべき運命にあった『猫』のウィーカ。
お互いにそのことを疑問に思うことなく、幼き頃は当たり前のように一緒にいたが。
自身の出自……今思えば笑い話ではあるのだが、つくりものの人の型だと思い悩んでいる時期があって。
そのタイミングで、正しくふところに入り込んできたのがマーズであった。
クルーシュトが身体……ガワであるのならば、マーズ自身はそれを動かす中身、魂なのだと。
クルーシュトがつくりものの人形であるのならば、すかさずその内なる世界へ入り込んで思うがままに操ることができるのだと。
まるで、モフモフをする時のように魔力でできているのだと嘯く大きに過ぎる手のひらをわきわきさせていたマーズ。
結局というか、当然のごとくクルーシュトには内なる世界は存在していなくて。
人の型なのかもしれない、そんな思い込みを確かに否定するものであって。
だけどその時その瞬間、ウィーカが何やら勘違いしたらしく。
結局その手のひらにとらえられて日がなもふもふされたりされなかったりする関係に二人はなってしまったようで。
そんな風に、少しばかり思い込みの強いところのあるクルーシュトは気付けなかった。
それからすぐにウィーカが、クルーシュトとの相棒的立ち位置から離れていってしまったのは。
ウィーカ自身が、マーズの肩の上や頭の上、腕の中やふところに棲まうマスコット的存在となったからではなく。
ひどくあっさりと心の蟠りを解いてくれたマーズと言う存在が。
とっくの間に存在していないはずのクルーシュトの内なる世界、ふところへと入り込んでしまっていることを……。
(第160話につづく)