第157話、EndingNo.3、『勝手に決めた、リズムに合わせて歩いていこう』①
SIDE:マーズ
久方ぶりの再会となった(とはいえ言いたいことだけ言ってあっさりマーズ母のいる世界へと帰ってしまったが)マーズ父ことアイの怪人の異名を取るオヤジ。
ある意味で宿題を背負わされたマーズは、考え悩み込みつつ自宅……自らの身体へと戻って。
内容が内容なこともあって。
未だはっきり答えが出ていないこともあって。
そのこと自体が、答えの一部とも言えたが、マーズと入れ替わる形で内なる世界へと戻っていたマニカに相談もできずに。
未明の、いつもならばまだ寝こけている時間を狙って強襲してくるウィーカを華麗にかわすように。
それでも、毎日のルーティンとして、だけど月の瞳がのぞく丑三つ時に牛乳配達をこなして。
仕事の締めとなるガイアット王国の来訪時も【虹泉】つきの夜番のイシュテイルの女性と朧げながら挨拶したくらいで、偶然なのか無意識のうちのものなのか、イリィアたちとも会うことなく。
そんなマーズがやってきたのは。
スクールが休みの時の習慣とも言えるガイゼル家での修練鍛錬であった。
「シィッ、シィッ、シッ……!」
闇の勇者の一族として名高いガイゼル家のお屋敷は。
サントスールよりも遥かに西にある島国由来の武家屋敷で。
裸足で地に足つけての鍛錬ができる薄緑色の草香る床がある、ユーライジアにおいては数少ない場所であった。
本来ならば、勇者の道場らしく剣(その場合は、スクールでも採用されている竹刀ではあるが)を扱うところではあるのだが、剣馬鹿で剣の鬼で剣聖と言われてもいるガイゼル家当主が不在であることもあって。
実はショートソードくらいしか使えないマーズが、下手に剣を振っていると。
そんなガイゼル家当主以上にマーズからしてみればめん……厄介な剣というかヒリヒリが大好き少女に絡まれてしまうので。
ここは敢えて、答えを探し求めつつも日々の感謝の正拳突きを行っていた。
(オヤジのことだから、答えを出さないでなぁなぁでいると、直ぐに帰ってきてせっつかれそうなんだよなぁ。そのままの勢いで攫われそうな気もするし、どうしたものか)
拳が繰り出されるその先には、正しく誂えたかのごとく白け開けた陽光が見える。
少し前までは、ちゃんと屋根と壁があったような気がしたが。
拳の動きとともに巻き起こる颶風と衝撃波の賜物か、マーズの邪魔をするものは何もなくて。
「あらら、今日も精が出ますねぇ」
「……っ!」
そのかわりに。
いつの間にやらそこにいたのか。
横手から聞こえてくる聴き慣れたそんな声とお茶を飲む音。
元魔導人形であるからなのか。
そこから生まれ変わって、森妖精などと言われる、【木】に愛されし存在であるからなのか。
生まれてこの方、ひとに対して敵意某を持ったことなどまったくもってないからなのか。
邪念がないでもない中のそんな一声に、マーズはちょっとだけ飛び上がるようにびっくりしつつも振り返る。
「あ、おはようございます。タクトさん。今日も道場、使わせてもらってます」
「おはようございます~、マーズさん。そんな風にかしこまらなくてもいいですよ。マーズさんはうちの子同然なのですから」
「ははは。言われてみれば確かに。うちの両親よりも、ガイゼルさんちと共に過ごした時間の方が長いですしねぇ」
ユーライジアへ戻ってきてから両親が揃ったことなどなかったし、仕事というか使命から離れられないマーズ母よりも、タクトの方が日々を過ごす時間が長くなってきているのは確かで。
元、オールワークスなメイドさんでもあったタクトがつくるごはんはとにかく絶品で。
ウィーカや巻き込まれたリアータとともに夕飯のご相伴に預かることも少なくなくて。
はぐらかすも何も、実際その通りなんだよなぁとしみじみマーズが頷いていると、タクトはちょっとおかしそうに笑って。
「ううん。そうじゃなくて。トーさんの言葉を借りるのなら、マーズさんはいつごろ内弟子にはいるのかなって」
「……いつごろもなにも、とっくの間に弟子ですけども」
というか、剣馬鹿師匠ってばそんな風に呼ばれているんですね。
名前とお父さんをかけてるんですね。
なんて風に、話題を逸らすみたいに誤魔化していると、タクトはついには鈴が鳴るように笑い声を上げて。
「くすくす。わたしが言うのもなんなんですけどね。くーちゃんってとっても良い子なんです。トーさんに似て背も高いし、マーズさんとお似合いだと思うの。
それに、くーちゃんのこころが不安定な時にマーズさんそばにいてくれたでしょう? だからきっと」
「わあああぁぁーっ! わああぁぁぁっ!! お母さん、余計なこと言わなくていいのです!
って言うかマーズ! 朝鍛錬に来ているのならまず私に声をかけなさい! ……ほ、ほらっ、竹刀! 早速鍛錬しますよ!」
「えぇー。オレまだ感謝の正拳突き一万回終わってないんだけど」
「いいから、実践練習するんですよ! 何もないところに拳を打ち込んでも、『分離』、『剥離』好みのヒリヒリは訪れませんからね!」
「うーん。そう言われればそう、なのか?」
そもそもが、剣で……特に竹刀での打ち合いなんぞ、クルーシュトに勝てるはずがないのだ。
クルーシュトの実力がどうこうではなく。
鍛錬の練習ですら、それこそクルーシュトが言うような、ヒリヒリできる鍔迫り合いにはならなかったりする。
「ふふふ。やっぱり、お似合いの仲良しさんだよねぇ」
「そんなことはありません! いつものように、これからその浮ついた性根を叩きのめすだけですから!」
「叩きのめしちゃ、ダメだろう」
そんな風にやさしくツッコミつつも。
マーズはここに来て、ようやくある事実に気づかされる。
それは。
何とはなしにこの場にいるのにも関わらず、剣を取らずにいた理由で。
とっくの間に気づいていたのに、マーズが目を逸らしていたことでもあって……。
(第158話につづく)
次回は、4月27日更新予定です。