第155話、EndingNo.2、『まだここにいて、小さな世界を照らすから』②
SIDE:マーズ
「みゃぁみゃぁみゃぁーっ!!」
『おいおい、どうしたんだ? ウィーカが蛇蝎のごとく嫌っているカーシャにオレが捕まって改造手術を受けてしまったことに心配して駆けつけてきた……ってわけじゃなさそうだな』
「かー」
「これでも結構気にしているんだから直球な物言いはやめてくれたまえよ。……と言うか流石に何もかもが目論見通りとはいかないようだ。やはりマーズくんの魂スペックに私程度の腕では届かなかったか」
『何だよ目論見って。本当に何か企んでたりするのか、センパイ』
この、普通の人族は一人としていない、公然の秘密と化した基地にやってきたのは。
嫌よ嫌よも好きのうち、先祖代々の怨敵でありながらもすっかり姿が変わり果ててしまったことで、どうにも気になってしまって仕方がないらしいウィーカであった。
しかし、いつものようにカーシャだけでなくマーズや全くもってとばっちりなクロにでさえ可愛らしい罵詈雑言を吐いてくるはずの彼女は。
にゃぁにゃぁ鳴いて……と言うか、涙が出ているので泣いているのだろう。
まるで、ずっとずっと会えていなかった、ご主人さまかお母さんにでも会えたかのような。
言葉失ってまで鳴いて、ひっしとしがみつき続けるウィーカ。
ふわやわぬくぬくの感触を感じることができて。
未だ確認できていないけれど、カーシャの言葉は謙遜にすぎるようだ。
『たいしたもの』な身体のスペックは、マーズからすれば普通の人間と変わらないように思えて。
オクレイ的表現をするのならば、大分ウィーカと骨の間にあるはずの筋肉が、ほとんど存在しないのではないかと思ってしまうくらい薄くて。
ウィーカの涙のぬくさどころか、その鼓動すら感じられてしまって。
その鼓動が早かったからなのか、もふったその瞬間からやられてしまったのか、うつってドキドキが増してきたので引き剥がそうとするも、上手く力が入らず(恐らくあってないような男心的なもの)。
クロがいつものようにかまえかまえとばかりにツンツンしてもみゃふみゃふ鳴くのみで離れてくれない。
『おーい、本当にどうした? こうやって触れ合ってくれるのって俺がいつも寝てる時くらいなのに。それほどまでに新しい顔……じゃなかった、身体がいけてるのか?』
「かかぁ?」
「クロ先輩すまないね。どうやらマーズくんに与えた新しい身体は、言語読解機能が働いていないようなんだ」
『何だって? それじゃぁ、もしかしなくてもウィーカがミャァニャァ言ってるのも?』
「にゃぁぁっ!」
「ああ。そういう事になるね。盲点というか思ってもみなかった結果ではあるんだが。言葉が通じあえないという点をのぞけば、まぁ当初の予定通りではあるんだよ。いい加減ウィーカくんにツンツンされ続けるのに懲りていたから。此度の私の娘……そのモデルは『黒き翼あるもの』。マーズくんにもわかりやすく言えば、叔母にあたる人物をイメージしているんだ。ウィーカくんも、ここ最近随分顔を合わせていなかったみたいだからね。代わりの手慰みになればいいと思ったんだけど」
『……あ、そうだった。オレとウィーカってばいとこ同士だったよ』
「みゃぁああん」
「かぁっ、かぁっ!」
鏡の確認がまだだからどれほど似ているのか分からなかったが。
ウィーカの母と言えば、妹であるマーズの母と、似ているところといったら凄絶なる美しさくらいで。
比較的【火】よりも【闇】に一辺倒に愛されていたらしく、烏の濡れ羽色な長い長い黒髪を持っていて。
結局つつき飽きてそんな頭の上に落ち着いたクロが何だかとても似合っているのはもちろん。
相反する属性でありながらも、運命の出会いをしたように。
真白の(実は父譲りで尾っぽの先が茶色で、後ろ足に黒い靴下を履いている)ウィーカが。
さいごの桃源郷のごとき胸元に抱かれる様は、その持ち主がマーズ自身ということさえ目をつむれば実に良き、な光景で。
『……今のうちにわしゃわしゃ、そこからもふって『吸う』まで行っても大丈夫だろうか』
「みゃふん」
「かぁっ」
「くっ。どうして私だけが皆の言葉が分かってしまうんだっ。……と言うかマーズくん少し黙ってもらえるかな。物凄い美少女に小動物が戯れる素敵な一幕が広がっているんだから」
マーズ自身は入ったばかりだからなのか、身体に魂が引っ張られるということはまだなさそうだったが。
カーシャの方は、以前の姿などもうどこかへいってしまったかのように、今の真白な姿に引っ張られているようで、そんな台詞を吐く始末。
『……』
「みゃああぁ」
「かかぁっ」
「って、そこはツッこむところだろう!? アイデンティティまで失う気かい?」
『……そう言うカーシャこそ、変わったよなぁ』
「そんなの、私自身が驚いているくらいだよ。きっとそれだけおむ……マスターが素敵で面白い人物だということだろう」
それこそ根源の魔精霊かやら愛の怪人でも俯瞰していたのならば。
黒と白ばかりの、有閑なる見目麗しい光景が広がっていたことだろう。
実情を知っている本人、マーズやカーシャは何とはなしに苦笑しあって。
「……ところでマーズくん。とはいえそのままじゃぁ都合が悪いだろう? あくまでもマスターのお許しが出たらではあるが、猫やお化け、魔導人形と、こことは違う不思議な力で意思疎通できる世界があるらしいんだが、どうする?」
『もしかしなくとも最初からそのつもりだったんじゃないだろうな?』
それでも何とかアイデンティティを取り戻して。
クロとウィーカをナデナデしつつ、そんなツッコミをかましたけれど。
そんな問いかけに対するマーズの答えは、当然のように決まっていて……。
(第156話につづく)
次回は、4月15日更新予定です。