第15話、護る、だなんて口にするやつの本性は、きっとお見通し
「ふははー。マーズ、きよったかぁ!」
あ、そう言えばこんなノリ初登場時のハナもしてたっけ。
かぶってんな、なんて内心でツッコんだのも束の間。
ゆっくり、一歩、二歩、三歩と下がったマーズに習うように。
バターン! とチョコレートのような両開きの扉が開け放たれる。
初見なら、まぁぶつかってるなと思う間に、マーズの膝部分をめがけ、低く低く突進してくる緑色の物体。
それは、全身……髪から室内にはそぐわない気がしなくもない男装仕様のマント、奇術師の服まで緑色した小柄な少女だった。
その髪も、ハナに負けないくらいボリュームがあって、後ろ手にトリプルテールでまとめている。
瞳は綺麗なエメラルドグリーンをしているのだが、今は見えない。
その代わり、額のティアラに守られた、唯一といってもいいくらいに色の違う【猫目石】が、彼女が地の魔精霊、イシュテイルが一子である事を確かに主張していて。
(……あ、このままだと直撃コースだなこれ)
かわそうものならこの勢い、大変な事になるだろうことは必至。
マーズはもはや諦めの境地で、成すがままに衝撃に耐えようとした時。
「に゛ゃあっ!」
「ややっ?」
身を縮めていたのは、正しく体勢を低くして獲物を狙うかのごとく飛びかかるつもりだったかららしい。
正面衝突はまずいんじゃないのとやきもきしていると、びっくり顔のまま一瞬だけがっぷりよつになって……。
ややウィーカが押される形で、一緒になってごろごろと転がっていく。
結構な勢いだったが、その辺りは何だかんだで弁えているらしい。
ふかふかの絨毯もあいまって、すぐに起き上がりじゃれあいと言う名のスキンシップが始まる。
その間、マーズはイリィアとその家族のためにと用意した牛乳一ケース分(24本)を、せっせと彼女の部屋備え付けの『冷蔵庫』に入れていく。
今日も12人分あるなと、マーズが確認を終えた頃には、イリィアとウィーカの決着はついたようで。
「くはは、やるではないかっ、流石は我がライバルッ」
「そっちこそ……にゃ」
そのままいつものように仲良く、イリィアのベッドでゴロゴロもふもふしていた。
マーズにしてみれば、それこそずっと見守っていたい癒される画面だが、そんな内心とは裏腹に息を吸って吐くように思ってもない? 言葉がついて出る。
「よし、配達完了。長居は無用。ウィーカ、クルーシュトの所行ってるからな。一緒にゆっくり登校してくるといい」
引き止められる事が分かってての言葉であるが、実際あまり長居をしているとうるさいの(失礼)がやってくるのも事実ではあったので、マーズは言葉通りそのまま踵を返してお暇を告げようとする。
「まちたまえっ、まだ来たばかりではないか」
「そうにゃそうにゃ~」
「どうせこれから学校で会うんだからいいじゃないか。ウィーカもゆっくりしてて、イリィアとくればいい」
オレはまだ配達があるからなと、残った牛乳瓶を見せ、本当に帰ろうとするマーズ。
「待てと言っている。いつものじゅーでん、お願いしよう!」
上から、と言うわけでもないのだが。
そう言えばマーズが立ち止まると確信を持っているかのような声色。
ここで本当にスルーして帰ってしまえば、きっともっと面倒な事になるに決まっている。
マーズはやれやれとため息をついてみせて(そこまでがきっと様式美)。
仕方ないなぁとばかりに立ち止まる。
「つい最近、『充電』してやったばかりじゃなかったか?」
「くはは。そうだったか? 気づいたら何だか減っている気がしてな」
「……ふむ」
充電、イリィアが拙い我が儘で望むそれは、言葉通りのものではないが、こうしてマーズがほぼ毎日牛乳を配っている理由でもあった。
「んじゃ、ぱっと見てやるからウィーカこっちゃこい」
「……うに」
さっきみたいにふざけてじゃれあっているだけでも、場合によっては大変な事になる……それをウィーカも分かっているのか、一声鳴いて大人しく、マーズの頭上へと舞い戻り陣取って。
「よし、ティアラを外すから、じっとしてろ」
「好きにするがいいぞ……ん」
マーズは、イリィアの額を彩る魔法金に細かな輝石の散りばめられたティアラに手をかけた。
何せマーズの手作りであるからして、手馴れたものである。
それでもくすぐったそうにイリィアが身を捩っていると、額の……マーズから見て右寄りにある、一際大きな橙と緑がマーブル状に混ざった猫目石だけがその場に残る。
それこそが、イリィアのイシュテイルと呼ばれる地に属する魔精霊の証であり、命と並ぶ大事なもので。
事実それは、言葉の綾でもなんでもなくて、普段はそのティアラに守られているからいいのだが。
例えばウィーカの爪であっても傷つく事があれば命の危機すらあるデリケートなものなのだ。
加えて、通常なら近親者……親や兄弟と魔力を交換しあって輝石の純度を保つ事で日々健康に過ごせるそうなのだが、何故かイリィアだけがたくさんいる兄弟姉妹の中でうまく魔力交換ができなかった。
ガイアット(人間族)の一族と、イシュテイルのハーフである事の弊害を疑われたが。
それだと彼女の兄弟もはあてはまることになる。
うるさ……じゃなかった、娘を瞳の中に入れても痛くないほど溺愛している父親によると。
隔世遺伝、先祖返りの中で、他の兄弟とのバランスが崩れてしまった、とのことで。
偶然なのか必然なのか、兄弟家族でも何でもないマーズと上手くかち合い、こうして定期的に魔力交換(と言う名の一方的な提供)を行うようになったのだ。
牛乳配達にかこつけてマーズが自ら足を運んでいるのは。
わざわざ足を運ぶ理由がないと、家を飛び出してマーズの家に来てしまう(どうも頭上に居る悪友の影響を受けたようで)からだ。
最悪、命の危険もあるわけだし、それならそれで仕方ないとは思っていたが。
娘大好きな父親がそれを許さなかったからこその現状である。
「う~ん。見た感じ魔力が減ってるわけでもなし、特に問題ないようには見えるけどな」
「うっ……くぅっ」
軽く触れ、微かに魔力通すも、すぐに分かるほどには異常は見られない。
もしかしなくても、帰る足を止めるだけの方便であった可能性もあるが、もしもがあってはとマーズは慎重に診察する。
マーズの手が、その橙色に透ける宝石に触れる度に、身悶えするイリィア。
彼女達にしてみれば神経に触れられているようなものなので、そのリアクションも仕方ないと言えよう。
「……やっぱりきけんぶつにゃ。ヘンタイにゃ」
ただ、それを見ているウィーカにしてみれば思う所があるらしい。
きっと、勝手に寝床に入り込んだ事によるお仕置きにならないお仕置きを思い出していたに違いない。
確かに、されるがままで何かを我慢し、それでも吐息をもらす様は、。
妙な背徳感があるというか、娘大好きガイアット王がマーズに対し当たりがきついのも仕方のない事なのかもしれなくて……。
(第16話につづく)
次回は、6月12日更新予定です。