第149話、くだらなくて最高な終わりであったと、気づいても後の祭り
SIDE:ハナ
白猫なウィーカがわたわたした様子でハナの元へとやってきて。
なんとか聞き取った情報と、声に従って下へ下へやってくるまでの道中垣間見えたモンスターたちから判断して。
なんやかんやで『げっと』し損ねた(実際は既に契約済み)闇色ドラゴンにも負けない、ハナ史上最も大物な、しかも今の今まで契約できたものたちとも被らなそうな。
故郷サントスールを彷彿とさせる死霊(アンデット系)のモンスターが待ち構えているとばかりに思っていたハナがそこにいたわけだが。
今度こそ仕切り直しで『げっと』するためのバトルができると思い込んでいたのに。
月型の杖がカタカタざわめき、ウィーカがにゃんにゃんぐるぐる回っているその場には。
故郷サントスールにて、父の従属魔精霊たちの中でもより父に近い(スタメン級)お姉さま方がよくよく寝床に使っていた、【金】属性めいた棺のようなものの中で正に今、目覚めようとしている真白な少女の姿があった。
「むむ。やっぱりこの娘がボクのことよんでたのかな。途中から違っていた気もするけども。それにしても、この娘どこかで見たことがあるような気がするというか、うぃーさんににてない? もしかしなくともお姉さん?」
「にゃぬっ!? どこを見てあたしが妹にゃとっ!? ってか思い出したにゃっ。そういやがしゃの魔人族って『おしゃ』なあたしら猫族になりすましてごしゅじんに近づこうとした、とんでもにゃいやつなのにゃぁ!」
「がしゃとおしゃってなんなのだ? かわいい名前だとはおもうが。うぃーさんの種族名?」
「いや違うけど。にゃにゃ、やっぱりそうかも。その血をひいてると思うと恥ずかしいから言わんのにゃ」
『大いなる光の勇者』。
色々と略しておしゃ。
今もまだ、可愛くてか弱い一人娘をおいてまで異世界ハネムーンに興じている? カムラル家の乙女にして『魔人族』な母が、ウィーカを抱く時以外は、ほぼほぼ胸元にすまわせていた、猫な父の愛称。
オカリーと呼ばれる一族の父は、勇なる者と呼ばれながらも、長らく護り手として将来有望な相棒についてきた。
その性質上、人型をとることはほとんどなく。
そこを逆につかれ、今やがしゃの魔人族とされる存在に、その立ち位置を奪われ成り代わられてしまった経緯があった。
故に目前にて目覚めんとしている少女がウィーカに似ているのはあながち外れてはいないのだろう。
「えぇー。後でぜったい詳しく細かくきくのだ。って、お目覚め……あぶないのだぁっ」
そんなわけで、そのか弱そうで無害そうな見た目に騙されたら痛い目を見るかもしれない。
十分に警戒して当たるべきとウィーカが進言するよりも早く。
まるではかったかのように、黒と見まごう濃緑の瞳がガラス越しに垣間見えたかと思うと。
気づいているのか、それすらもブラフであったのか。
透明で硬い棺の蓋に、そのまま直撃する勢いの真白の少女。
止める暇もあらばこそ、それに気づいたハナは、猫なウィーカもびっくりな素早さで封ぜられていた魔導機械へと突貫してゆく。
「にょっ、やみくもにつっこんで開け方わかるにょ……って、直接攻撃!? しかもあいたぁぁっ!」
それこそ月型の杖の力か。
その中に居座るオニの仕業か。
はたまたハナの幸運悪運の賜物か。
駆け寄りながらぶんぶん振り回していた月型の杖がうまいこといいとこに当たったらしく。
硝子めいた材質であった蓋が、スライムのように柔軟性に富んだかと思うと流れるように綺麗さっぱりなくなって、起き上がる彼女の障害ではなくなって……。
「……っ」
「にょいぃっ、気づいてにゃかったんかい!あからさまにびっくりしてほっとしてるにゃにゃいかぁ!」
「ほとんどくもりのないフタだったし、しょうがないのだ。それよりええと、がしゃさん? ボクを呼んでたのはキミってことでいいのだ? 見たところ、すんごいからボクのは~れむめんばーに加わってくれないかなのだ? がしゃさんなら『すためん』張れると思うんだけど」
ハナの父に限らず、従霊道士たちにとって、最も召喚頻度の高い一線級の契約者たちを指す言葉、『すためん』。
ダンジョンなどのあまり広くない場所を鑑みて、6人程度がちょうど良いとされている。
目覚めさせるきっかけを作った赤オニの思惑はともかくとして。
いざ行動を移そうとした途端に、あれよあれよという間に主導権を……それも年端もいかない少女に握られてしまって、戸惑うばかりの彼女であったが。
どこか、大切なもの気配がそこにはあって。
流れに乗って言葉に従って近づけば、また出会えることもあるかもしれない。
彼女は、いよいよ持って昔からひとつの表情から変わることのなかった口元を僅かに綻ばせて口を開く。
うまくハナたちを利用してやるつもりで、その実もう二度と抜け出せない沼底へとどっぷり嵌ってしまっていることに気づけることもなく。
「……ええと。時代の違いなのかな。君たちの言っていることがほとんど分からないのだけど」
「うにゃっ、そんなきおくそーしつなふりしたって騙されにゃいにゃ! あたしのめが黒いうちはみんにゃのもふもふぽじしょんはわたさにゃうにょふっ!」
「まぁまぁ。お姉ちゃんに対抗意識を燃やすのはわかるけども。って、確かにまずは自己紹介だよなっ。
ボクはハナ! 見ての通り従霊道士の王を目指す卵だぞっ。で、この子はうぃーさんことウィーカ。がしゃさんのいきわかれ? の妹にゃんこだ!」
「にょっ?!ちょ、ちょっとぉ! にゃんを勝手にでたれらめみゅっこいてるにゃぁっ!!」
「いだっ、いたたっ。がじがじはやめるのだぁっ」
昔一度罠に嵌めて陥れ成り代わったはずのオカリーの一族。
何だかんだで、しぶとく生きていたらしい。
当然のように人型の姿が似ていた(血のマジックなのか、実は似ていたのは偶然だったりする)ようで。
その小さな身体でそれなりに警戒をしているようだったが。
やはり動いてにゃんにゃん喋るさまは庇護欲を唆るらしく、それまでの警戒すら忘れて従霊同士の卵らしい少女と戯れている様子は。
彼女自身にもあった警戒心のようなものを解くのには十分すぎて。
「ふふ。それではこちらも名乗りを。私は……そう、カーシャといいます。しがないいちスケルトンです。従霊道士の契約が必要というのならばいたしましょう。幸い侍従……侍女のような仕事は慣れていますので」
「ふん、そんなわけにゃ……って、マズルは、マズルはやめるにゃぁっ!!」
「おぉっ。そうなのかー。それはいいな。ミィカのらいばるだな!」
がしゃの魔人族改めカーシャは。
今の今まで騙す側であったのにも関わらず。
そんな自身とはかけ離れた実に甘っちょろい方法にて、まんまと騙されてしまった事に気が付くのは。
そう遠くない、今の今まであり得なかった。
やってくるはずのなかった、幸せな終わりの頃の話。
(第150話につづく)
次回は、3月12日更新予定です。