第13話、赤オニな名前負け男は、問答無用で擽りたおす
マーズ・カムラル。
赤灰髪メッシュツンツン、全身巌筋肉男な名前負け男の朝は早い。
ヴァーレストと呼ばれる国のトップの一つであった一族が所有する庭付きの広大な一軒家で……惰眠を貪る機会は少なかった。
その理由としては、学校に近いと言う事もあるだろうが。
とにかく広い家に一人で住んでいるので、その維持と日々の糧のために働く必要があったからだ。
本来なら、火教会つきのカムラル家の大豪邸で暮らし過ごす予定だったのだが。
輪をかけて大きすぎるというのもあったし、火の女神などと言う意味を持つ名前で負けまくっているのに、そんな女神が……あるいは姫が暮らすような場所で落ち着けるわけがないだろう、違和感ありまくりだッッ!
なんてツッこむくらいであったので、その辺りの事情察して知るべし、といった所だろうか。
一人暮らしも働く事も、朝早く起きるのも、それほど憂鬱な事ではなく。
好きでやってるから別にいいのだ。
マーズは、世知辛い世の中に今日も一人突っ込みを入れつつ、朝一の仕事のために起き上がろうとする。
(……んん?)
いつもならば、起きた勢いで立ち上がりそのまま出ていく勢いなのだが。
そのための筋肉……身体にかかる、慎重に扱わなくてはこわしてしまうかもしれない柔く甘い感触に、オレ昨日鍵閉め忘れたっけか、などと思いつつもゆっくりと起き上がる。
「おい、ウィーカ。潜り込むのならせめて猫状態の時にしてくれよ」
「……にぅ、んたむ」
いつもの定位置にでも乗っかってるつもりだったのか、猫耳と尻尾だけを残した大変あざとい(褒め言葉)夜着姿でしがみついて寝ているウィーカがそこにいた。
人の姿をとっているくせに、その寝言は正に猫らしく愛らしい。
誤解される前に言っておくと、日々ウィーカがこうして入り浸っているわけではないし、今の今まで同衾を許可したことなど一度もない。
ただ単純にウィーカが言う事をきいてくれないのである。
しかも、鍵をかけていたはずなのにこうして平気で入ってくる。
まぁ、それに気づかないマーズも大概だがなのだが。
紳士で真面目でウブな主人公ならば、優しく起こすかそっとベッドを離れるのだろうが、名前負け男はそうはいかない。
見た目よろしく鬼か魔人族がごとく、ニヤケ顔を浮かべ、岩のようなその両手を握っては開き、自分から蜘蛛の巣にかかった愚か者へと制裁を加えるのだ。
「みゃっ……み、みぎゃはははははっ、やっ、あ、やめぇぇええっ!!」
響くは、涙混じりの笑い声と嬌声。
一軒家で、お隣さんが離れているからこそできる、ある意味現、ヴァーレスト家の平和な一幕と言えよう……。
※
「まーずはほんとへんたいにぃ」
「うるせー。鍵かけてたのに勝手に入ってくる泥棒にゃんこに慈悲はないっての」
「鍵のかかったとこにゃんて通ってないし。猫道あいてたし」
「あーん? どう見ても猫じゃないでかいのが寝床占領してたんだが」
「でかくにゃいよ。まだまだ成長途中にゃし」
早朝、太陽が昇るか昇らないかの頃合である。
マーズはウィーカを肩に乗せ、スクール……正確には世界各地へと移動できる虹泉のある場所へと、軽妙なやりとりと軽快な足取りで……むしろ疾走する勢いで向かっていた。
朝の簡単な訓練兼、牛乳配達の『仕事』を行うためだ。
かつて両親……背が伸びない事を悩んでいた母に、父がどこからか見つけてきた冒険者ギルド依頼の仕事である。
飲むと背が伸びる(マーズの確かな実体験)ともっぱらの噂の、魔法の牛乳で、扱っているのは『ハルッポ牧場』。
無駄に巌のようになってしまったマーズはともかく、実際母の身長が伸びたとは言い難いが。
確かにおいしいのでマーズ自身も愛飲していた。
現在はスクール裏山、その麓で老夫婦が牧場を営んでおり、配達が億劫であるとの事から、訓練がてらでいいならと、マーズが手を挙げたのだ。
生き物以外をなんでも入れられるバッグを持っていたマーズではあるが。
朝訓練の一環であるからして、大八車を使い、零さないように気をつけながらユーライジアの『世界』を駆け巡っている。
今ではそんなマーズが目に付いたのか、あるいは『ハルッポ』牛乳を飲めばマーズのようになれる、という噂まで広まったらしく。
スクールの敷地内に住む他国家の賓客や、所謂王家の者達からも配達の注文が来るくらいだった。
特に、四王家の一つ、エクゼリオ家の当主が大層お気に入りで。
そこにいるであろう、ハナやミィカにもその内ねだられるかもな、なんてマーズは思っていて……。
(第14話につづく)
次回は6月8日更新予定です。