第129話、オニが来る、物語が始まらない、終わらせるというオニが
Girls Side
「ぬぐぅぅおぅっ!?」
『ふはははー。そうしてると姫さままんまる毛玉ですねぇ』
ドラゴンの鼻息からの煽り満載なミィカの高笑い。
その勢いでまとめていた亜麻色髪がさんざんばらになってぐるぐるしつつも。
ハナは明らかに調子に乗ってしまっているミィカに、なんとしてでも一撃かましてやらんと気がすまんと。
すぐさま起き上がって両手を振り上げブンブン回す勢いで突貫せんとしたところで。
ようやっと追いついてきたらしいムロガとリアータの声がかかる。
「ハナさん! ちょっと落ち着いてっ。体格差が違うんだ、近づくだけでも【闇】の魔力の影響受けちゃうよっ」
「ややっ、なにを今更、なのだぁ。こちとら毎日お腹いっぱい浴びてらぁっ」
「……やっぱり、このドラゴンさんはミィカさんなの?」
「えぇっ!? そうなのっ、改めて目の当たりにすると信じられないな」
「そりゃあんなひとをおちょくることに長けた台詞をはけるのはミィカしかいないでしょにぃっ」
「さすがハナさん。ドラゴンの言葉が分かるのね。この場合、やっぱりミィカさんだからなのかしら」
リアータとしても、母の血と教えの賜物である程度魔物、魔精霊の言葉は理解できるつもりだったが。
ドラゴンの言葉は難しく、びっくりして首をかしげているムロガと同じで、正しくもドラゴンが唸り声を上げているようにしか見えなかった。
『おや、リアータさんとムロガさんですか。これはかなり心強い助っ人ですね。どうぞ、みなさんでかかってらっしゃーい。いっそのことレイドなバトルでもっと助っ人をお呼びしてもオーケーですよ』
「えぇっ。リアータさんもムロガさんもミィカの声聞こえてないのっ? この期に及んでめっさ毒吐いてるのにっ」
『おや、聞こえてますよ。姫さま。人聞き悪い言葉を吐くのはその口ですか?』
「ぬぅおっ、またかぁっ!?」
「う、わわっ。すごい風っ、こういう時の魔道具はっとと」
「あ、でも今のはなんとなく分かりましたね。ミィカさん、ちょっと怒ってます」
実際いつものミィカと比べると思ったより余裕はないのか毒は少なめであったが。
何言ってるのか分からないのならばと調子に乗ったらまたしてもあえなく吹き飛ばされそうになって。
大きな鉄杭のようなものを取り出したムロガと、思ったより余裕そうなリアータのおかげでなんとかごろごろするのだけは免れて。
「とにかくっ、せっかくだからリアータさん、ムロガさん、ミィカをこらしめるのちょっと手伝って欲しいのだ。他にも召喚でお願いするけど、そうじゃないとミィカ元に戻れなそう……『げっと』できそうにないのだ」
「うぇぇっ!? いや、なんとなくそうだとは思ってたけど、思ってたけどっ」
「うーん。理屈は分かる……のかな。もちろん手伝うけど、他に何か……って、あら?」
そんなやりとりをしている間に、金色のドラゴン……ミィカはその細く長い長い身体を更に伸ばし、ぐるりととぐろを巻いていつでもいらっしゃーいとばかりにスタンバイしている。
何だか余裕そうに見えなくもないが、それも虚勢なのだろうか。
何とはなしにリアータが、お城の門扉の向こうの闇に紛れて見えないおっぽの辺りはどうなっているのかなとそちらを見やると。
暗闇に潜む猫の目みたいに、潜んでこちらを伺う瞳が上下に並んで二つ見えて。
「あっ、みつかっちゃった。であるのならばしょうがあるめー」
「……いいから。ミィカが心配だ。ほら、肩に乗って」
「うむ。よきにはからえ~」
『いや、別に出てこなくていいんですけど』
「あっ、今のは僕でもなんとなくわかったかも」
リアータが気づいたことで、満を辞してと言わんばかりに過保護な両親登場。
ミィカがあからさまに嫌そうな……だけど内心ではそうではないのだろう吐息を漏らすから、その場には、何だか弛緩した空気が漂って。
「ミィカのお父さん、お母さん! ミィカだいじょぶなのだ? 戻れる?」
「……あぁ。やはり親子だな。母さんもよくこうして変わっていたものだよ。だが、母さんと違って龍と化しても主導権はミィカにあるようだ。凝り溜まった魔力が発散されれば、すぐに戻るだろう」
「それは……戦わなければいけませんか?」
「いや。必ずしもそうではない。俺の【時】魔法で戻す方法もある。……まぁ、それは転ばぬ先の杖にしかならないが」
『……ちょっと、父ってばびっくりするくらいおしゃべり。女の子ばかりだからって調子に乗ってますね』
「何だか不満そうですけど。戦わないですむのなら、後回しも仕方ないのかなぁ」
勢い込んで、決死の思いで魔王城へとやってきた時の空気感はどこへやら。
ハナ自身の『厄呪』のせいでミィカに悪影響が、なんて思っていたのにどうやら違うらしい。
あるいは、ミィカも含めて彼女の両親も、気を使ってそんな風に言っているのかもしれないが。
そんなことを考えつつも。
ミィカの母、マイカもその内なる世界に『もうひとりの自分』、黄金の龍がいたということだから。
戻れる方法を知っているのだろうと改めて伺わんとすると、当の彼女はそんなやりとりに参加していなくて。
魔王城……ユーライジア・スクールの外、ドーム状な薄桃色の結界に覆われたその向こう、白一色の世界を見つめていて。
「……きゃつめ。いないと思ったらよけーなことを。くるよ。あーあ。時間切れだぁ」
結局いつものように、あっけなく物語は進まず終わる。
まるでそれが、あまりよろしくないことであるかのように。
マイカの呟きは、何だかとても深く沁みるように、ハナの心うちにひずみ込んでいって……。
SIDEOUT
(第130話につづく)
次回は、11月21日更新予定です。