第125話、子供たちにつく従者やメイドさんではなく、ペット的ポジション
SIDE:マーズ
マーズとマニカ(正確に言えば、マニカはマーズの内なる世界にいるが)は。
思い立ったが吉日とばかりに、廃とは名ばかりの【風】教会を通って。
その遥か地下に座している生と死の狭間、七色の氷山のある場所へと向かっていた。
その場所の門……楔となっている二人の母と、此度の目的の相手である時の狭間の獣こと、『クリッター』のギルが普段彼女を守護するために詰めている場所。
「何とはなしに予想はしてたが、『おぷしょん』な母さんは留守みたいだな」
(……結構頻繁に外出できるんですね。それを知ることができただけでも私は恵まれているのかも)
「あぁ、まぁなぁ。母さんもばあちゃんも、知らなくて大分苦労したらしいからな」
今となっては孫的立場で笑い話ではあるが。
世界の礎となることを運命づけられし乙女たちに対する救済措置を知り得なかったマーズとマニカの祖母は。
その重圧に耐えられずに異世界まで逃げ出していってしまって、その流れに流れて魔王となって帰ってきたらしい。
そのおかげで二人の母と母の姉(実は、ウィーカのお母さんなのだ)は敵同士となって戦う羽目になったり、七色の氷山の向こうで眠り続ける使命を押し付けあう(逆の意味で、私がやるんだからと喧嘩していたらしい)ことになったようだ。
それらを考えると、何故今の今まで事前に知らされることがなかったのかと思う一方で。
マニカにいらぬ苦労をさせずにすんでよかったとも思っていた。
いや、それ以前にマーズとしては、そうは言いつつもどうにかしてマニカがいずれ背負わなくてはならない使命をどうにかして横から掻っ攫えないものかと考えていた。
世界を構成せし根源に愛されし乙女にしかその資格がないのならば。
それこそレスト族の『分離』、『剥離』……使えるものならなんでも使って。
(何だかお花畑みたいで見づらいですけど、ギルさんは普段どちらにいるのですか?)
「あー、そう言えば前来た時はここにいなかったんだよな。そもそも『クリッター』って呼ばれる魔物、魔精霊? は『虹泉』の狭間の世界が棲み家らしいからな。ほら、あの七色の水のような水じゃない場所で、普段は獲物を探し求めて揺蕩ってるらしいぞ」
なんて、ある意味でよこしまなことを考えていると。
マニカがきょろきょろ辺りを見回しているのがよく分かる様子でそう問いかけてくる。
異世界からの異物をつまみ喰らったり、異世界でも英雄となりうる存在を吟味しつつ喰らったり(そして異世界へと誘う)。
おとぎ話の寝物語に頻繁に出てくるくらい活発な『クリッター』……ギルは。
この場に座す二人の母に万が一でも何かしらの危険があればすぐに気づいて駆けつけてくるだろうし、普段はここにいないことの方が多いように思える。
(それではどうしましょう。呼べば来てくださいますかね)
「そうだなぁ。『おぷしょん』とはいえ母さんみたいにあの色とりどりの向こうにダイブする手もあるが」
(駄目ですよ兄さまっ、新たな異世界でのお話が始まってしまいますっ)
「よし、ならばちょっと呼びかけてみようか。いっせーのっ」
「(ギルさーんっ!!)」
マニカ独特の言い回しと言うか、二人の母が勘違いなのか世界線が違うのか。
父に振られたと勘違いして。
氷山の背後にある12色の靄の向こうへダイブしたと言う逸話は家族界隈では有名な話であった。
靄の向こうは、黄泉の世界へ向かうのではないかと言うくらいには下に下に空洞があって。
母はその途中に『クリッター』に拾われ異世界へ攫われ誘われたとのことだから。
マニカとしては、せっかくこの世界に顕現できるようになって、友達も増えてきたのに急なお別れは勘弁して欲しいといったところだろう。
マーズ的にはそれらの衝撃とギルさんとの濃厚接触でレスト族の『分離』、『剥離』が発動しないものかなとこっそり目論んでいたが、そううまくはいかないらしい。
そんなわけで二人揃ってカムラルのきょうだいにとっては護り神でもあるギルに声をかける。
二人して【風】から派生すると言われる音系魔法とまではいかずとも、魔力を乗せたその声は広く霧めいている世界であるのにも関わらずいい感じに響いて木霊していったが。
今この場に特に危険があるわけでもないからなのか、これといって反応は……。
(これは? 声、ですかね? ギルさんの魔力ではなさそうですが)
「ギルさんってば理外のけものだから見た目は【闇】のひとっぽいけど、違うんだよな」
あえて属性に当てはめるのならば、【時】だろうか。
しかし、マニカが言うようにまさか反応があるとは思わなかったが、徐々に迫り来るナニカはそんな【時】のものですらなく。
(……【氷】?)
実にこの場に相応しい気がしなくもない、だけどぶっちゃけてしまうと今の今まですっかりさっぱりその存在を失念していた、マーズは知っているけどマニカは初対面であろう存在の気配。
ある意味遅れてやってきた最後の、過保護な親たちのひとり。
「ひょおおおぉぉおぉぉぉっ!!!」
……の割には、随分と奇抜でおかしな。
どうみたって大人には思えない、そんなゴキゲンな叫び声が聞こえてきて……。
(第126話につづく)
次回は、10月26日更新予定です。