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第12話、だから、名前負け男なんて呼ばれてるの、知らなかったのか?




「何故、教えねばならない……なんて理由を聞いても?」


それはもちろん、『夜を駆けるもの』がイコールマーズ・カムラルであると確信を持ちたかったから。

そう口にしたいのに、何故かリアータの口から言葉が出てこない。

代わりに、顔の赤さがぶり返してくる始末。


一瞬の間。

リアータだけでなく、『夜を駆けるもの』ですら困惑しているのが伝わって来るようで。

そこで一つ息を吐き、万を辞して口を挟んだのはミィカだった。



「我が姫、ハーティカナ・S・サントスール様があなたを三人目の『嫁』としてご所望です」

「おぉ、そうだった~。ボク、『夜を駆けるもの』さんを、はーれむの一員にしたいぞ。素顔とか、名前とか、教えてもらってもいい?」


さっきまで重い雰囲気……というわけでもなかったが。

二人の言葉に、どこか弛緩した空気が広がって。



「……曲解するに、それは私と召喚契約を交わす、ということかな?」


万魔の王。

ハナにとって父である人物から、行間を読みそう判断したのだろう。

だが、リアータとしては『夜を駆けるもの』がそれに従うとは思えなかった。

もしかしたら、そこには多少の希望も入っていたのかもしれないが……。





「構わない、と言いたい所だがね。まさか何の代価もなしに、とはいくまい」

「……」

「え? あ、うん。そうだな~」


どうやら顔を引きつらせたり、そっぽを向いて口笛を吹きかねない二人を見るに、そんなものは考えていなかったらしい。

特に問題があるとも思えずにあっさり契約してしまったリアータも、もしかして早まったかとジト目を向けている。



「ええと、代価、だいかね。……あ、ああ、そうだった。ボク、そもそも『夜を駆けるもの』さんに会ったら依頼するつもりだったんだった。依頼の時は、達成したら何もらってるのだ? やっぱりお金?」


迷った果てに出たその言葉。

リアータは内心うまい、と思ってしまった。

なぜなら『夜を駆けるもの』は依頼において、自ら報奨を望んだ事はほとんどないと聞いていたからだ。


恐らくハナは、そんなつもりで聞いたわけじゃなかったのだろうが。

『夜を駆けるもの』もその事に気づいたのだろう。

成程と独りごち、少し考える仕草をしてみせて。



「依頼か。ふむ。ならば報酬も代価もいらないよ。しかし、依頼の予定は詰まっていてね。ある程度カタが付いたら、と言う事にして欲しいのだが、どうだろう?」


いけしゃあしゃあとそんな事を言う『夜を駆けるもの』に、こっちは姑息な手ね、と思ったが口には出さない。

逃げようが約束を違えようが、気持ち一つなのだから下手に刺激しないほうがいいと判断したからだ。



「ああ、うん。別にすぐじゃなくてもいーよ。終わったら連絡くれれば」


ほら、こう言う所でハナは抜け目がない。

一緒に誘って良かった。

リアータがそう思った瞬間である。



「……ふむ。ではお言葉に甘えよう。しかし、連絡手段か。考えた事もなかったが」


誤魔化すでもなく、本気で悩んでいる様子。

果たして、どうするのかと思っていると。

ああそうだと、思ったよりも随分小さい手のひらを合わせて。



「この仮面を持って夜の町へと降るといい。私の方からの邂逅を約束しよう」

「……えっ!? な、なんでっ」

「おぉう! かわいいぃっ」

「ほほう。正しくカムラルの至宝ですね」



今まで、こうして抜け出した夜に『夜を駆けるもの』と出会ったのはリアータにとって一度や二度ではない。

直接口にしなかったとはいえ、自分一人の時はそんな振りさえなかったのに。

 そんなリアータの心情をよそに、片手間だと言わんばかりの気安さで、その仮面を取ってみせたではないか。




「やっぱりきみが、マーズ・カムラルなのか?」


大きな瞳をきらきらさせて仮面を受け取るハナを、リアータは茫然自失して見守る事しかできない。

恐らく、ハナにとってのカムラルの至宝に合致したからこその問いかけだったのだろうが。



「今、その名を持つ者はこの世に一人しかいない。私はあくまでも、『夜を駆けるもの』さ。名前はまだない、とも言える」



別人。

別人だ。

それどころか、何もかも違う。

一体どうして彼女をマーズだと思ったのか不思議でならないくらいに。



本来のカムラルの一族を表すと言う紅、金、茶の三色を極めやかな芸術品のごとく混ぜた、長い髪。

瞳こそマーズと同じ紅髄玉を秘めていたが、壊れそうなほど華奢な身体は肉付きが足らず、その肌は透けるように白く。

少女としての美しさの極地とも言うべき佇まいで。

その瞳に儚さと凄絶さが加われば、まさに何もかも逆位置に存在するものだと言えた。


年の頃はリアータと同じくらいだろうが。

同性から見ても嫉妬の一つも湧いてこない、完璧過ぎるが故の超然さが彼女にはあって。



「そっかぁ。じゃあ、なんて呼べばいい?」

「確かに、いちいち『夜を駆けるもの』さん、なんて呼び続けるのも面倒ですしね」


それでも、ハナとミィカは、そんな事分かっていたとでも言わんばかりに変わらなかった。

その事に惚けていたリアータがはっと我に返ったところで。

『夜を駆けるもの』は、どこからともなく派手な極彩色の色合いの異なる仮面を取り出し身に付けて。

確かに笑みをこぼし、少しもくぐもらない……変えてさえいなかった言葉を紡ぐ。




「古代語で『夜』を『ナイト』と呼ぶそうだ。私の事はこれ以降、そう呼んでくれて構わないよ」



今日の邂逅かここまで。

そう示すがごとく、赤斑のマントを翻し、いくつもの色違う魔力を纏って夜空へ舞い上がり……唐突にその姿を消してしまって。



「すごっ。き、きえたぁっ」

「【リィリ・スローディン】ですね。リヴァの上級魔法に分類されます」


それをすぐに見抜けるミィカも大概だが。

今までこうして何度か会って、あの魔法で逃げられたのも確かで。

だけどハナの持つ仮面は、今までになかった約束の証。


リアータ一人の頃は、身になるようなならないような会話ばかりであったのに。

ハナ達が羨ましいと思う一方で。

何かが始まるのだろう。

そんな予感もあって。



(マーズじゃ、なかったんだ……)


それより何より、予定していた事実と違っていた事に。

リアータは『ナイト』の消えたうつろわぬいつもの夜を。


ただ、見上げる事しかできなくて……。



SIDEOUT



    (第13話につづく)







第13話は、またあした更新いたします。

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