第117話、どこかで聞いたようなもののけことわざに押されて脱出
Girls Side
「……邪魔するぞ」
渋く低く、だけどはっきりとハナの耳に届く、聞いたことのあるおじさんの声。
ミィカママにして元理事長こと、マイカ・エクゼリオは、じゃまだしぶすいだし急なんだけどって、何故だか急にむっとして忙しなかったけれど。
当然のごとくノックはしていたし、隠そうとしていないのか、抑えていて尚溢れ出る存在感的な【時】の魔力は。
ハナにとってみれば、ミィカママ以上に見聞き感じたことのあるものであった。
「あ、お邪魔していますですっ、ミィカのお父さん!」
「……あぁ、久方ぶりだな。ハナ。娘とともに会った時以来か。少し、背が伸びたんじゃないか?」
「ほ、ほんとなのだっ? ですかっ。ユーライジアのごはんがおいしいからかなー」
たぶんきっと、ユーライジア・スクールから離れられないミィカママ以上に。
ミィカがハナのメイドとしてやって来た時に会っていたからこそ、ハナには緊張感と高揚感があったことだろうが。
今はスクールに何故か存在していない役職、『校長先生』についていたらしいミィカパパは。
会った時と同じように、物静かでいつだって泰然自若としていた何より優しくて。
ある意味で、親世代……一癖も二癖もありすぎる父親(そこには当然のようにハナパパ……万魔のハレム王も含まれている)たちの中でも珍しいタイプであったから。
褒められて? 素直に照れたような笑顔を見せるハナがそこにいて。
「ちょ、ちょいちょーい! 今あたしがハナちゃんとお話しておでざと食べさせあいっこして、あそぶ予定なの! あたしのしらないお話で盛り上がって、なんなのさ、もう! あんたはミィカちゃんみてなさいってゆったでしょう!」
「……体調に問題はなさそうだ。むしろ、いられると気になるからと言われたからな」
「ははーん。そうよねぇ。あんた無駄にでかいからねぇ。そのせいで城のりふぉーむもしなくちゃだったし。だけどミィカちゃんの自室はあたしらサイズだからねぇ、しょうがない、しょうがない」
どうやら、なんとはなしに予想していた通り、この魔王城などと呼ばれているエクゼリオ邸は。
その主であるミィカパパに合わせて創られたものらしい。
マイカ自身が、娘の晴れの日と言えなくもないタイミングに同行できなかったことを気にかけていたからなのか。
初めはいがいがとつるりとした肩を僅かばかりいからせてミィカパパ……夫に詰め寄っていたが。
娘に蔑ろにされる父親(あくまで都合の良いマイカ目線)が手持ち無沙汰となってこちらへやってきたらしいことに気付かされ。
何かしらの溜飲が下がったらしく、あっと言う間に方も眉も下がって。
ぴょんこぴょんこ跳ねつつ煽る振りして慰めんと頭をぽむぽむしようとしてそれでもできなくて何だか戯れ合い、たいあたりみたいになっていて。
「……そんなミィカからハナに言伝だ。『前略……今頃は、姫さまのことですから、私と言う存在がお側にいないことで一抹の寂しさを。私と言う存在の有り難みをひしひしと感じていらっしゃっているところでしょうか。……何、これも経験です。ぬるま湯に浸かってばかりでは、いざ押すなよ押すなよの号令で熱湯へ飛び込む時に対処ができませんからね。私のお見舞いに来ている暇があったら、冒険の旅に出るのです。まだ見ぬ美少女をげっとする旅に出るのです』……以上だ」
「以上だ……じゃ、なぁーいっ! なによぅミィカちゃんってばぁ! あたしは!? あたしのことはするーなのっ!? ハナちゃんのことはあたしに任せておいてねってゆってたのにぃっ、ミィカちゃんってばつれないぃっ」
「をぉ、ミィカの声なのだ。魔法? 言ってることもいつも通りで、元気そうなのだ」
実のところ、エクゼリオ家において娘に腫れもののように扱われているのはお母さんの方であるなどとは。
娘もお父さんも口にすることはありえないので、真実は永久に闇の中にしまわれていて。
傍でそれを聞いているハナとしては、表情を変えぬままお父さんの前でいつものノリなんだなぁ、なんてしみじみ思っていた。
そう、どうやらミィカパパは、わざわざ得意の【時】属性魔法の一種である、【メモール・リヴァ】を扱って、けっこういつも通りで元気そうなミィカの声を切り取ってきてくれたらしい。
その中に、再びぷんすこしだしたマイカの名前がなかったのは。
そんな真実など知る由もないハナが思うに、ミィカが両親……特によく似ているお母さんに対し反抗期めいた照れのようなものがあるのだろうとにらんでいた。
加えて、そうは言いつつも大好きな両親におもしろ厄介事、面倒事を押し付けたくないといった配慮があるはずで。
「いや、ミィカが一時休養中なのだからマイカ、君だってあまりよろしくないんだろう。ゲームはまたミィカがいる時にでもして、デザートの方は包んでいくか? 折角だから、荷物持ち兼ミィカの代わりを俺が務めても構わないが」
「ぅえっ!? い、いいんですかっ?」
マイカと同じくして。
【時】の根源魔精霊……少なくとも神型の魔精霊であると言われているミィカパパ。
もしかしなくとも、どさくさに紛れていざという時のために召喚の契約が叶っちゃうかもしれない。
憧れの、神型クラス以上の魔精霊の『手持ち(スタメン)』。
思わず、そんな欲望的なものがただ漏れになってしまったのがいけなかったのか。
「ぬぁあに言ってんの! 駄目だよ、だめっ! あんた、あたしとミィカちゃんというものがありながらっ、び、美少女はんとだなんてぇっ!?」
「……? 言っている意味が良く分からないが。マイカとミィカといった最愛の妻と娘がいて、駄目なことなど何一つないぞ」
「ちょわぁっ!? ハナちゃんもいるのに、いきなり何言っちゃってんのよぉ! このばかぁっーー!!」
顔を真っ赤っかにしてミィカパパとの契約……ではなく、一緒についてきてもらうことに対して猛抗議を始めるミィカ。
その流れで、たぶんきっとミィカが両親をハナと長く一緒にはいさせたくないと思ってしまうくらいには。
お邪魔虫がいてはならない。
くわなかったり、蹴られたりしてしまいそうな。
アツアツに過ぎる二人だけの世界が展開されていって。
期せずしてこっそりお暇しようと考えていたのが叶いそうであるのは正にその瞬間で。
ミィカパパには今のうちにと目配せされたことで。
ハナななんとか、その場を後にすることができたのだった……。
(第118話につづく)
次回は、9月9日更新予定です。