第116話、過保護な親たちの中でも、とみに幼く太陽のように煌く存在感
Girls Side
「さぁさ、あがって、あがって! ハナちゃんうちにくると思って、おかしおでざとたくさん用意したんだぁ」
「おぉぅふ。それは。ええと、申し訳なくもありがとうございます?」
やっぱり、どう見ても無駄に大きに過ぎる扉を。
やわっこくて軽い、スライムか何かでできているんじゃなかろうかと思うくらいにあっさり開け放ったのは。
ミィカによく似たというか、ミィカの方が真似をしているのだろう。
心なしかミィカよりは短めの、はちみつ色のボブカットのどこからどうみても少女……というか、ハナと並ぶほどの幼女であった。
いつものハナならば、契約してもらえるひとに負けないくらいお菓子やスイーツが大好きであるからして。
一にも二にもあるがままにワガママに、それじゃぁさっそくとばかりに飛びつくところなのだが。
ミィカの様子が気になっていたことと、目の前のミィカより大分太陽みたいにチカチカする彼女のことを、ユーライジアで暮らしている人はもちろん、僻地で籠の姫をやっていたハナですら知っているというか。
抱きつかれる勢いで間近に見て。
ミィカのお母さんであるという、衝撃の事実をあっさり飛び越えて。
むしろ、この世界の親世代にはあるある過ぎて熟れてきているのを感じつつも。
正直ハナは、憧れのひとであるからしてけっこう緊張していた。
歴代のユーライジア・スクール卒業生、その中でも最も多くの英雄を世に送り出した世代において、スクールの理事長を勤めていた人物。
公然の秘密めいた、歴史書にも書かれているうわさでは、黄泉の世界から飛び出し世界に根付いた根源魔精霊のひとりとも言われていて。
ハナとしては、従霊道士としての手持ち(基本は6人らしい)のひとりくらいは、根源の名を冠する魔精霊さんに加わって欲しいと思っていて。
どう見てもその条件に叶っているミィカは、『私は従属しないメイドなのです』と言ってきかないので。
いつかスカウト……お話くらいはしてみたいと思っていたから、ハナにとってみれば願ってもないことなのだが。
やっぱり、ハナにとってのたったひとりのメイドさんで、友達なミィカのことが気になったので。
むくむくの手のひら同士でぐいぐい問答無用で引っ張られて転がりそうになりつつも何とか声をあげる。
「ちょっと待ってくださいですっ、今日はミィカの様子を見にきたんですけど、ミィカの具合の方はどうですか?」
「あぁ、うん。ひさしぶりに良質にすぎる魔力を浴びすぎちゃったみたいでね。すこーしお熱が上がってるんだ。ほんとのところはハナちゃんにお見舞いしてもらいたいんだけど、いつもみたいにはいかないからね。しばらく……一日くらい寝てれば治るだろうから、今日はわたしとあそぼうよぅ」
「そ、そうですか。ええと、その。たぶん絶対、かなりご迷惑をかけると思いますが大丈夫ですかね」
「だいじょぶじょぶ! そのあたりのじじょーはよく知ってるよ。だって、ミカちゃんにハナちゃんのともだちになって欲しいって言ったのわたしだからね!」
「あ、そうだったのだ……ですか? それなら、はい。少しだけ」
相変わらずしおらしいというか、似合わない丁寧な感じであるのは。
元理事長にして、ミィカママが相手であるということ以上に。
メイドや、マブダチであることとは別に、ミィカがすぐ側にいてくれないことに不安を感じていたからなのだろう。
今の今まで溜まりに溜まった『厄呪』が跳ね返って襲いかかってくる幻視。
それを受け止め昇華してくれていたミィカの調子が上がってこない以上、同じ場所に留まり続けるのは言い知れない恐怖がある。
それは、自分自身というよりも、周りに迷惑をかけてしまうといったものだ。
そんなハナの心情まで分かった上でなのか。
ミィカママは、どうにかしてお暇したいハナのことなどお構いなしの問答無用で、そのうち抱えて持ち上げそうな勢いで茶室へと入っていく。
「今日はねー、つかえるものはつかうといった精神でね。未だユーライジアにはない、未来のおでざとを用意したんだ。くれーぷとか、ばうむくーへんとか、えくれあとか、好きなのをいくらでもどうぞぉ。
その後は、同じく【時】の魔精霊をこきつかって取り出した、未来のあそぶための道具で楽しもうじゃないですかぁ」
「ううぅ、それは。ううん、とっても悪くない展開ですな」
まぼろしの世界で、とりどりの珍しい魔物魔精霊をゲットできるよ。
たいへん良い香りのする甘いスイーツたちとの相乗効果で、あっさり揺れるというか。
ユーライジア・スクールの頂点(元とはいえ)である彼女ならばハナの背負いし面倒事など、どこぞの泣かないひとのように余裕綽々なのかなぁと思い出して。
ふらふらと吸い寄せられるままに、先ほどミィカママがあげたもの以外にもとりどりあるお菓子スイーツのもと、椅子の身体を預けんとした、正にその瞬間であった。
「……っ!」
「ん? なんだいなんだい、急にぃ。ぶすいだなぁ」
やっぱり大きかった茶室の入口、扉が。
しっかりノックされた後に、開かれる。
すわ、ついには『厄呪』が形になって襲いかかってきたのかと。
ハナが注視する中、お構いなしにぬぅっと顔を出したのは。
無駄にだなんて言ってごめんなさいと言わざるを得ない。
灰をまぶしたかのような長い髪を持つ。
もしかしなくても、まったくもってマーズよりも大きい巨人族もかくやなおじさんで……。
(第117話につづく)
次回は、9月4日更新予定です。