第1話、始まりのめざめは、琴線に響く幼く甘い声
大野はやとです。
少しばかり空きましたが、新作を公開いたします。
学園ものの異世界ファンタジーで、ピンチが起こる前に何とかしちゃう系な主人公と、個性的なヒロインたちのお話です。
とりあえずのところは、今日中に後2話程更新する予定です。
世界に刻まれし名、【ユーライジア】。
同じ名を冠する学園。
その広大な学び舎に、数多存在する屋上の一つに、マーズと呼ばれる一人の少年の姿があった。
授業が始まるにはまだ早いが、屋上備え付けのベンチに深く腰を掛け腕を組み寝こけているその様は、筋肉質で厳つい、小山のような体格、紺色と闇色が無造作に混じった癖の強い髪と相まって、朝一から授業をサボろうとしている輩にしか見えなかった。
相貌も体格相応で、滲み出る邪悪な気配(ただの魔力漏れ)と、血髄のように紅い瞳が一度開くことあれば、かつてこの地を支配せんと脅かした『魔人族』を彷彿とさせること請け合いである。
実際の所は、『風紀委員』として転入生の案内兼付き添いといった仕事を頼まれたものの、日々の夜更かしが祟ってつい居眠りをしてしまっただけなのだが。
大体、何故こんな屋上が転入生との待ち合わせ場所なのか。
マーズには疑問でならなかった。
春先の木漏れ日心地よい日溜まり猫溜まりのようなベンチで待ち合わせだなんて、猫じゃなくても寝こけてしまうだろうよっ。
……なんて。
外見にギャップも甚だしい一人ツッコミを寝ぼけ脳内で繰り出しながら舟を漕いでいると。
そんなマーズの事などお構いなしの、上空から強大な魔力を持ったナニカが降ってくる気配がした。
常人ならば、すわ魔物の襲来かと慌てふためく場面かもしれない。
だが、その程度では巌の塊のごときマーズの体を覚醒させるには程遠かった。
むしろ心地よい子守唄かと言わんばかりに更に深い眠りに落ちようとしたその瞬間。
第36屋上と名付けられたその場所は、上級の爆発魔法の直撃を受けたかのように閃光と粉塵に包まれていって……。
「みぃ……はぁぁっ! ボクさまさんじょーっ、なのだぁっ!!」
可笑しな、としか表現しようのない、だけど随分と可愛らしい女の子の声が爆風とともにマーズを叩く。
閃光でも粉塵でも爆風でもなく。
『み』の一文字を耳にした瞬間ガバリと覚醒したマーズは、霞む視界の中目を凝らして立ち上がると。
結構な大きさのクレーターのできたその真ん中に、ふたりの少女がいるのを発見する。
爆風とともに屋上に降り立ったのは、侍女……メイド服を着た少女だ。
年の頃は、マーズの通うユーライジア・スクールの最小学級に通いだしたくらいだろうか。
ぐうの音も出ないくらい年下である。
よくぞそんな小さなメイド服があったものだと、仕立て屋さん良い仕事!
……なんて内心でマーズがツッコむくらいには。
着慣れているのか、着られた感が出ていないのも背伸びっぽくて良い。
なんだか白すぎる小さな顔には無表情が張り付いていたが、エメラルドのごとき瞳は輝き、珍しくもマーズを好奇心旺盛な感じで見つめている。
髪は、仕事上なのか耳元で揃えたボブカット。
珍しい黒色一色の髪色が、額の上にちょこんと乗るホワイトブリムを引き立てている。
そんなメイド少女が『抱えている』のは。
学園に通うにはまだちょっと早いのではと思える更に小さな少女だった。
いや、ここまでくると幼女と言っても差し支えないであろう。
登場の口上そのままに両手を突き上げているが、うんと手を伸ばしてもマーズの腰にも届かないかもしれない。
ただ、その存在感たるや一度目にしたら忘れないに違いない。
恐らく、装備者を守るために相応相当な魔力が込められているのだろうが。
薄桃色のドレス……というより全身リボンの塊といった風体。
降ろしたら地面に付くのではと思われるほどに長い長い亜麻色の髪は。
育ちがいいのか天使の輪ができており、顎下と額で藤色リボンに結ばれていると言う奇抜な髪型が、
我はたった一つの存在であると大いに主張している。
随分と気合の入った髪型だ。
これは毎朝整えるだけで小一時間だなとマーズは思ったが、派手派手なそれに中身も全く見劣りしていなかった。
例えるなら、人形のようなと言われるのとは対極の、生に満ち溢れた可愛らしさがそこにある。
いつの間にか居住まいを正していたマーズは、はてさてどうしたものかと思案する。
流れから見て二人がユーライジアの魔界と呼ばれる『サントスール』からやってきた転入生なのだろう。
それすなわち同学年であり、初見の感覚は見事に外れたわけだが。
マーズにとってみれば困ることなど何一つないのでそのままスルーする。
だが、メイドの娘はともかく、砂埃が晴れた事で現れた人物……つまりマーズの事だが、見るからに『姫』な彼女の予想と大きく外れていたのだろう。
大きな大きな桃色の瞳は揺らぎ、じりじりと後退していきそうな程に腰が引けていた。
もっとも、メイドの娘が後ろからがっちり抱きしめたままなので逃げる事もできなそうだったが。
「あんたらがサントスールからの転入生だろ? オレはあんた達の案内役を仰せつかっている風紀委員のマーズだ。わりぃけど、名前とか確認させてもらってもいいか?」
極力威圧を減らすためにとマーズは視線合わせるつもりでベンチから離れ、傍から見ると正座するような格好を取る。
それでもまだマーズの視線の方が高いが、下手に見下ろしているよりはマシだろう……なんて思っていたのだが。
(みぃかっ。何故いまくっつく! 離せ、離すのだぁ~)
(何故とは、愚問ですね。姫様が大好きだからに決まっています)
(みぃかっ……)
(姫様っ)
初めはじたばたしてもめていたのに、気づけばいちゃいちゃ? しだす少女二人。
本人達は聞こえていないつもりなのだろうが、見た目よろしく地獄耳なマーズにとってみれば丸聞こえである。
例え聞こえていなくても、初対面の者に対し内緒話を目の前で堂々とするのはいかがなものか……。
思わず出そうになった発作を堪え忍んで待つと、それに気づいたのかメイドの少女が無表情のまま口を開く。
「申し遅れました。サントスール王室付き侍女をしておりますミィカ・エクゼリオです。そしてこちらにおわすのが……」
「ハーティカナ・S・サントスールだぞっ。ボクの事ははなっ……にょおおぉっ!?」
「っ!」
メイドの少女が離れたのをいいことに、マーズから間を取るように一歩下がったお姫様。
やはり怖がられたかとマーズが内心で凹んでいると、急に奇声を上げるものだからさすがのマーズもびくっとなる。
いや、思わず引いてしまったのは、挨拶も満足に終わっていない主の覚束ない足元を、口元だけ笑みを浮かべたメイド少女が払ったせいで。
結果……どんな事になるのか。
答えは単純明快。
幼子にありがちな頭に比重のかかるバランスであるが故に、頭から屋上の地面へダイブする事となって……。
(第2話につづく)