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第七章 マカロン。

 格納庫から、高速艇を一機奪取して宇宙に飛び出す。状況が理解出来ていない整備クルーが驚いていたが、そんなものはどうでもよかった。目指すのは、アーケスティアのいる宙域。

 「くっ!!」

 グリップを握る手に、振動が伝わる。

 高速艇は、一般の宇宙連絡船よりも、小型でスピードも出る。そのかわり、姿勢制御のとても難しい船でもある。

 ユリウスは、技術士官として、その機体の特性と操縦方法を知ってはいるが、実際の搭乗経験はない。頭でわかっていても、身体では理解していないのだ。

 そんな未経験の者が、それも戦場に向かって高速艇を動かすなど、以前のユリウスなら技術士官として猛反対するだろう。そんなもの、自滅しに行くようなものだ。

 無謀なことをしている今の自分に、笑いたくなる。いったい、何をやっているんだと。

 けれど、どうしても飛んで行きたかったのだ。彼女の、アーケスティアのもとへ。

 もっとたくさん、話がしたい。

 もっとたくさん、声が聞きたい。

 もっとたくさん、見ていたい。

 もっとたくさん、笑ってほしい。

 もっとたくさん、そばにいたい。

 もっと、もっと。

 キリがない。

 彼女を失うかかもしれない恐怖が、ユリウスを襲う。

 速く、速く、速く。

 彼女のもとに駆けつけたい。彼女を、全てのものから護りたい。救いたい。

 逸る気持ちを堪えて、グリップを握り直す。少しでも気を抜くと、機体のバランスが取れなくなりそうだ。

 「ユリウス、イーソゲ、ユリウス、ジューリエット、イソゲ」

 「モヴ、少し、黙ってろ」

 目の前のモニターから目を離さずに、モヴを叱る。今はモヴを構っているヒマも、ゆとりもない。

 「ユーリウス、スティア、スティーア」

 叱っても、モヴは聞かない。こともあろうに、モニターの目の前へと邪魔をしにくる。

 「こらっ!! やめろ、モヴッ!!」

 苛立ち、はたき落とそうとして、手を伸ばし、ハッと手を止める。

 モヴのシッポ、短い毛の間から何かかのぞいている。紐…!?

 「…モヴ!?」

 グリップから手を離し、それを引っ張り出す。

 無重力に、赤いリボンが漂う。

 「これは…」

 見覚えがある。

 アーケスティアが髪につけていた、あのリボンだ。

 「アーケスティア…」

 なぜ、彼女はモヴに、こんなものを残した!?

 「知って…、いるのか!?」

 この作戦が、己を捨て駒にするであろうことを。知っていて、彼女は何も言わずに出撃したのか。リボンだけを、モヴに結んで。自分のもとに残して。シッポの動きが悪いと、彼女は言っていた。これを、自分に見つけてほしかったのか!? そういう意味をこめて、あの時、そう言ったのだろうか。

 リボンを自分の手首に巻き付ける。再びグリップを握ったその手に、力がこもる。

 いつも、いつも。

 ハッキリしたことは、絶対口にしない、アーケスティア。

 自分の身の周りで、もしかすると盗聴されているかもしれない。あのグランツならそれぐらいやりかねない。いや、すでに盗聴していたのかもしれない。アーケスティアと自分を監視するために。そういう危険があることを知っていたから、彼女は何も言わなかった。そう考えることも出来る。

 だけど。だけど。

 「モヴ、マカロンに意味はあるか!? 検索してくれ」

 脇目もふらずリボンだけを凝視して、モヴに言った。

 「ワカタ、セツゾク…、ケンサク、カンリョウ」

 モヴがユリウスの脇で、器用に自分の口の中から出したコードと、モニター脇のジャックを繋いだ。高速艇のOSを通じて、外部の検索エンジンに接続する。

 「マカロンノー、イミ、『トクベツ、ナヒト』」

 やっぱりだ。

 彼女の求めた、マカロンにも意味があったのだ。

 「特別な人」。これを、ユリウスに用意してほしい、自分に贈ってほしいということは…。

 「…わっかりにくいんだよ」

 声が熱い。

 ちくしょう。

 しばらく慣性運動で、航行していた機体のバーニアを、再点火させる。

 こんなにも、アーケスティアは自分に、必死に伝えていたのに。

 「そんなの、もっとわかりやすく言えよっ!!」

 モヴに教えた暗号、キャンディの色、リボン、そしてマカロン。

 無理なことは承知しているが、こんなに回りくどく伝えられても、技術畑で育った自分には、理解なんてできなかった。そういう方面に疎いのだから、どうしようもない。

 目頭が熱くなる。

 けれど、泣くのは後だ。

 今は、ただひたすらに彼女を目指して飛ぶだけだ。

 彼女の気持ちを知った今、戦場に突入することに、なんのためらいもなかった。怖いとも思わない。

 そこに、彼女が待っている。

 

 「願わくば、賤しい心根を捨て、見事に死にきりたいと思います。私を生贄にして、トロイアを攻略してください。これで、私は末永く記憶されましょう。それこそ、我が子、我が結婚にかわるもの。我が誉れです」

 HMBA07-IAの、狭いコックピットの中、アーケスティアは、明るくつぶやいていた。モニターの先、目の前には、フォボスの地球軍基地が見える。戦場を抜け、ここまでやってきたのだ。

 「イオー、イオー。光煌めく陽よ。ゼウスの光よ。それとは違う人生を、運命を私は住みゆこうとしています。お別れです、愛しき光よ」

 それは、昔、幼い頃に教えてもらった、お話の一節。自分の名前のヒントとなったお話。暗記するほど何度も読んだお話。

 『アウリスのイーピゲネイア』

 戦争のため、大義のため、生贄となる乙女イーピゲネイアのお話。

 勇士アキレウスとの結婚のためと言われ、やってきたアウリスの地で、月の女神アルテミスへの生贄にされることを知ったイーピゲネイア。騙したのは、戦争に大義を掲げる己の父。

 「ふふっ…」

 思わず、アーケスティアの口から、笑いが漏れる。

 なんと、自分の境遇に似ていることだろう。

 戦争という大義のため、今、自分も犠牲になろうとしている。搭乗している機体、HMBA07-IA、通称イーオケアイアは、こともあろうに月の女神の別称だ。なんの皮肉だろう、これは。

 「ホント、そっくりね、アタシたち」

 遠い昔の、ギリシャ悲劇の乙女に思いを馳せる。

 イーピゲネイアは、生贄となる直前、何を思って太陽を見たのだろう。胸ときめかせた勇士アキレウスのことか。儚い自分の命のことか。

 自分の名前、アーケスティア。SHDA-07なんて呼ばれていた、幼い頃。ただの実験体、被験体でしかなかった、あの頃。自分のことを、気にかけてくれていた、助けようとしてくれていたラルス・ヴェルナーが亡くなった時、「古の涙」という意味をこめて、自分で名付けた。ラルスの死後、誰も、自分を助けてくれない。守ろうともしてくれない。大義のもとに、生贄になるしかない存在。

 そう。アタシは、イーピゲネイアと同じ。アタシは、彼女が残した悲しみの涙。

 「ざんねーん。ここからじゃ、光煌めく陽は見えな~い」

 つとめて明るく言い放つ。

 そうでもしないと、泣きそうだ。涙になってしまいそうだ。

 「さってと。そろそろ仕上げといきますかぁ~」

 もうすでに、腕のポッドにミサイルは残っていない。空のポッドが装着されているだけだ。肩の追撃砲も、ここに来るまでに使い果たした。

 周囲に僚機もいない。そもそも、僚機なんていなかった。彼らは、グランツ中佐の命で、一応の戦闘を行うだけ。自分を護りになんて来てくれない。それが、命令。

 「ホント、使い捨て」

 自分は、グランツが理想とする、完璧なパーツじゃないから。

 アタシは、失敗作だから。

 残された武器は、ユリウスが装備させてくれた、サーベル一本のみ。

 後は、自爆でもするしかない。

 「どうしよっかな~」

 さっきから、ずっと身体が苦しい。ここまでかなりの無茶をしてきたから。頭は痛いし、息も苦しい、気分もサイテー。気持ち悪い。何より心が痛いけど、それは放って置く。

 だってどうしようもないから。

 「薬、射たなかったのは、やっぱマズかったかぁ」

 シートに身体を預けるが、ちっとも良くならない。

 あの出撃の時、薬を射った状態で、彼に会いたくなかった。最期に会うのが、あんな自分なのはイヤだった。いつもの、普通の自分を見て欲しかった。彼の目に留まるのは、ありのままの自分でいたかった。

 彼。

 ユリウス・ヴェルナー。

 自分よりも年上なのに、全然大人っぽくなくて。からかうと、すぐムキになる。技術士官なのに、不器用なヒト。そして、アタシを気遣ってくれる、やさしいヒト。

 アタシがどうして紫色のキャンディばっかり食べてたかなんて、思いもしないんだろうな。水色のキャンディに、どういう思いを込めて口に放り込んであげたかも。キャンディをくれた時、アタシが、どれだけうれしかったかも、きっと彼は知らない。キャンディに「あなたのことが好きです」なんて意味があることも。紫は、彼の瞳。水色はアタシの瞳。

 こんな謎掛けを含んでいたなんて、絶対気づくはずないわ。彼、朴念仁で、すっごくニブイから。 

 「ま、気づかれないほうが、いっか」

 でないと、残された彼が苦しむことになる。

 彼には、アタシのことなんて忘れて、幸せになってほしいと思ってる。そうでないと、彼が、またグランツの理想に利用される。アタシがいなくなれば、利用されることがなくなると思うけど、アタシの身代わりを、またグランツが作り出したら…。また、利用される。彼がアタシ以外のヤツを見るなんて、絶対にイヤだけど、それ以上に、彼が利用されるのはもっとイヤだった。

 サーベルを片手に、敵艦に向かってバーニアを吹かす。こうなったら、サーベルが使える限り、斬って斬って、後はドカンっと自爆でもするか。もう辛いだけのこの身体を、サッサと脱ぎ捨てて、楽になりたい。

 「……っ!!」

 敵艦に向かって飛ぶのをやめる。一時上方。急接近してくる機体が目に入った。と同時に、アラートがけたたましく鳴り、危険を知らせる。

 「また、アンタなの!?」

 アーケスティアの中に、怒りが生じる。あの、忌々しい鈍い空色の機体。

 「アタシのジャマをしないでっ!!」

 叫びとともに、その機体めがけて突進する。相手の機体の速度と、自分の加速のせいで、激しく激突し、火花が飛び散る。敵機、チャリオットⅡは、それに動じることもなく、アーケスティア機に組みついた。右手にライフルを持っているが、使う気はないらしい。

 「アンタなんて、大っきらいなのよっ!! いつもいつも、ジャマばっかりっ!!」

 動きを封じるチャリオットⅡの腕を振りほどこうとするものの、上手くいかない。機体の性能というより、パイロットの能力の差なのか。暴れても、もがいてもその腕を振りほどくことが出来ない。

 「お前っ!! 死ぬ気だろっ!!」

 接触回線から、聞こえる、あの男の声。

 「死んで、逃げるつもりだろっ!! お前っ!!」

 どうして。どうして、この男には、アタシの心が読めるんだろう。アタシのやろうとすることがわかってしまうんだろう。何度も戦いあった相手だから!? 同じ機兵のパイロットだから!? それとも、似たような境遇にいるから!?

 「お前のこと、思ってるヤツはいるっ!! だから、死に急ぐなよ、お前っ!!」

 グリップを握る手に、一瞬力がこもる。

 「こんなところで、命をムダに散らすなっ。生きて、お前を思ってくれるヤツのところへ戻れよっ!!」

 「何よっ。知りもしないで、勝手なこと言わないでっ!!」

 相手の勝手な言い草に、怒りが爆発した。

 「生きて帰れるわけないじゃないっ!! もうどうしようもないじゃないっ!! アタシが生きて帰ることなんて、誰も望まないわっ!! アタシはっ!! ここで、戦うしかないのよっ!!」

 言いながら、あれほど我慢していた涙があふれる。

 「彼だって…きっと、そう望んでるっ…」

 彼は、あのグランツの理想に賛同していた。火星を、地球の支配から解放する。地球の傲慢さに対する怒りの鉄槌を。そのために行われる、輸送船への攻撃、そして破壊作戦。彼は、そんな理想と作戦に目を輝かせていた。その理想の影に、悲しい涙があることに、気づきもせずに。彼だけが悪いわけじゃない。火星に暮らす人々は酔わされてしまうのだ。地球への怒りは、正しい怒りであると。自分たちならば、今のこの世界を正せると。暴動、混乱、戦争、そして敗北。それらが、彼らに正義という幻影を作り出させてしまう。

 彼が望んだ理想のために、ここで死ぬ。くっだらない理想だとは思うけど、彼のために、というのがいいじゃない。悪くないわ。

 「そんなことはないっ!!」

 チャリオットⅡが、アーケスティアに負けじと叫んだ。

 「そいつは、そんなこと、絶対望んでないっ!! その装備を、機体を見ればわかるっ!!」

 頭部のみを動かし、HMBA07-IAの右肩を指し示す。

 「その肩のシールドは、お前に生きていてほしい。お前を護りたいって気持ちの現れなんじゃないのか」

 HMBA07-IAの肩の小さなシールド。攻撃には必要のないパーツ。

 「機体の武器だってそうだ。お前に生きてほしいんだよ、そいつは」

 チャリオットⅡのパイロット、ヒューは、この機体に触れた時、なぜか感じたその想いを素直に口にした。

 追撃兵器は、アーケスティアが使いやすいように。サーベルは、ミサイルに何かあった時、アーケスティアがその身を護る武器として。一般兵装を使いこなすのが下手なアーケスティアのために、せめてもの武器をという心使いだ。機体の装甲も、最初に戦ったときよりも厚く、頑丈になっている。

 シールドは、最後の砦だ。なんとしても身を守って、生きて帰ってきてほしい。そのために取り付けられた、思いのこもったシールド。

 「…だからって、どうしたらいいのよっ!!」

 アーケスティアが泣き叫んだ。我慢していた分、あふれる涙は止まらなかった。

 知ってる。

 そんなこと。教えてもらわなくったって、十分に。

 彼が、ユリウスが、どれほど自分のために力を尽くしてくれていたか。資金も時間もあまりない中で、彼は必死にやってくれていた。戦場に出る自分への、憐れみ、同情。もしかしたら、自分が一番欲しかった感情からの行動かもしれない。だけど、どうしようもない。彼も自分も、今ある運命から逃れることは出来ない。

 「あの人と生きたいって思ったって、アタシには、それは許されてないんだからっ!!」

 「ふっざけんなっ!!」

 ヒューが、怒気を含んだ声で叫んだ。

 「自分が生きるってことは、誰かに決められることじゃねえだろっ!! 誰かに許されるとか、そういうもんじゃねえだろうがっ!! 誰かの言いなりになんて、なる必要はねえんだよっ!!」

 その叫びは、もしかしたらヒューが、自分に一番言い聞かせたかった言葉なのかもしれなかった。

 「好きに生きろよ。自分の人生なんだから、勝手に決めりゃいいんだよ。好きなやつがいるなら、好きって言って、自分のやりたいこと、思いっきりやれよ。お前には、それができるんだ」

 HMBA07-IAの力が抜けていくのを感じ、ヒューは自分の機体の力を緩めた。

 「生きろよ、お前。彼のためにも、生きろ」

 もう、返事はなかった。聞こえてくるのは、かすかな嗚咽の音。アーケスティアは、感情の許すまま、泣いていた。

 サーベルが力なく、手放される。サーベルが、ゆっくりと宇宙を漂いはじめた。

 この機体の搭乗者、彼女が生きることに心を向けてくれたことに、ヒューは安堵した。彼女にもう戦う意志はない。死にゆくつもりもなさそうだ。

 だが、これから具体的にどうしたものか。

 「アーケ、ティア。きこ、えるかっ、スティ、アッ」

 ヒューが思案する中、ひどいノイズ混じりで、チャリオットⅡの無線が拾ったのは、若い男の声。

 何かを必死に呼びかけている。

 「スティ、アッ!! 返事して、くれっ!! スティアッ!!」

 徐々に鮮明に大きくなってくる、その声に、HMBA07-IAが反応した。

 「ユ…リウ、ス」

 アーケスティアの口が震えた。

 信じられない。どうして彼が!? どうして、どうして。

 にわかに信じられない、その声を、彼の姿を探して、センサーを動かす。

 光学センサーでとらえられたのは、ところどころ煙の上がっている小型の高速艇。本来なら、その性能でもっと素早く飛べるのに、その機体は、高速移動していなかった。ここまで飛んでくるのが精一杯といった状態だった。かなりガタついているのか、フラフラと飛んでいる。

 「ユリウスッ!! ユリウスッ!! ユーリッ!!」

 狂ったように、アーケスティアが叫ぶ。機体の損傷具合に、胸が苦しくなる。息が止まりそうだ。

 なんて無茶を。こんなにボロボロになって。だけど、そんなボロボロになりながらも来てくれた。自分のところへ。

 怒っているのか、うれしいのか、もうわからない。

 ただ、震える手で、グリップを握り直した。

 ヒューの方は、傍受した男の声と、目の前の機体の声から、この高速艇が、敵ではなく、HMBA07-IAのパイロットの望んだ相手であることを察していた。

 高速艇は、二機の近くまで飛んでくると、その動きを止めた。これ以上の航行が不可能なのだろう。よくぞここまで飛んできたものだと、逆に感心するほどの損傷具合だった。この機体がくぐり抜けてきた戦場が、いかに激しいものだったかを物語っている。

 前方のハッチが開く。

 中から姿を見せたのは、ノーマルスーツの人物。パイロットではない。

 そのことが、二重にヒューを驚かせた。勝手な想像かもしれないが、パイロットでもない人物が、素人が、ここまで無事に飛んで来たことは、称賛に値する。

 彼女への想いだけで飛んできたのか。

 生きる望みを失いかけていた彼女のもとに、彼女を想いここまで来た男。ヒューはその人物に、好意と興味を持った。

 これで、もう大丈夫だ。もうこの少女は、生きることを選ぶ。

 安心した矢先、けたたましい警告音がコックピットに鳴り響いた。

 「なっ!!」

 七時の方向からこちらに向かって伸びる、光の筋に、ヒューは言葉を失った。

 味方艦からの艦砲射撃。バカな。ここには他にも友軍の機体もいるというのに。

 敵を倒すためなら、友軍を誤射しても構わないのか。

 怒りとともに、ハッと気づき、慌てて腕を伸ばす。

 一本の光の筋が、まっすぐと高速艇を捉えている。あの機体は、もう動かない。動けない。

 「くそっ、間に合えっ!!」

 ヒューは機体の左腕を、目一杯伸ばす。高速艇を守るためだ。

 光の筋が、チャリオットⅡの腕を、シールドを正確に貫いた。そして、そのまま高速艇も貫く。

 「うわああぁぁぁぁっっ!!」

 ノーマルスーツの人物、ユリウスの叫びが、二機の集音マイクに捉えられた。

 続く、爆発音、そして静寂。

 「あ…あ…ああ」

 ノドにはりついた声が、上手く出てこない。アーケスティアは、自分の目の前で起こる爆発から目をそらすことが出来なかった。

 「や、…や、いや」

 かすかに首をふる。認めたくない。受け入れたくない。信じたくない。こんなことは。

 「いやあぁぁぁぁぁっっ!!」

 絶叫が、こだまする。

 と同時に、HMBA07-IAの機体が、金色の光に包まれた。目を刺すような、激しい光。

 それは、漆黒の闇に突如現れた太陽のように、見るものの視界を奪う光だった。

 

 「光学センサーに、感!! HMBA07-IA機にて、人工知能MOIRAIとSHDA-07、シンクロ率100%を観測!!」

 研究所員の声に、グランツが、満足そうな顔をした。

 モニターに映る、HMBA07-IAの眩しすぎる閃光。それは、アレが感情を爆発させ、機体と完全に一体化したことを示す光。

 「ようやく、役に立つわけか」

 長かったな。

 グランツには何の感慨もない。

 アレの感情を揺さぶるのに、どれだけの手間と時間を、エサをかけたと思っている。

 もう、アレも、ヤツの息子も必要ない。いや、これからの宇宙のために役に立ったのだから、少しは感謝するべきか。

 「しっかりデータを残せ。次の開発の参考にする」

 そう言い残し、グランツはブリッジを後にした。


 「クッ…!!」

 直近で見た光の爆発に、ヒューは一瞬視力を失った。モニターを通して、ヘルメットのバイザー越しでもこの始末だ。何もないまま見ていたら、失明していたかもしれない。

 HMBA07-IAの光の爆発は、ほんの一瞬のことで、すぐに収束し、あたりは再び漆黒の闇に戻った。

 その漆黒の闇の中、HMBA07-IAの周囲には、チャリオットⅡの左腕と、高速艇の残骸が漂う。HMBA07-IAが、ゆるゆると、その残骸に手を伸ばす。しかし、掴むべきものは、そこにない。触れたかったものは、もう砕け散ってしまった。永遠に。

 「クソッ!!」

 その姿を見ていられずに、ヒューは、パネルを力任せに叩いた。

 この少女が手に入れたかったものを、俺は守ってやることが出来なかった。自分の機体の左腕と共に吹き飛んだ、彼女の幸せ。それを吹き飛ばしたのは、粉々に砕いたのは、こともあろうに、自分の味方だ。

 どうせ奴らは、「誤射だ」「敵機を倒すための射撃だ」というのだろう。「ピンチに陥っていた自分を助けるための援護射撃」とでも説明するかもしれない。

 しかし、それを自分が受け入れることは出来なかった。こんな少女の幸せを奪っておいて、どこに正義があるというのだ。

 クロエ。

 君なら、こういう時、どうする!?

 君なら、俺にどんな言葉をかけてくれる!?

 この少女に、どんな声をかける!?

 自分の心にやさしく寄り添ってくれるであろう、彼女のことを思う。

 「……!?」

 ヒューは、クロエへの想いと同時に、別のものを心に感じた。

 何だ!? 

 感じたものが何なのか、具体的にはわからない。だけど、それを探そうとモニターに目をやる。モニターは先程の爆発でやられたのか、機能していなかった。

 苛立ちを感じながら、ハッチを開け、HMBA07-IAへと飛んでいく。HMBA07-IAは、放心したまま動かない。ヒューが取り付いて、ハッチを強制的に開けても、全く動じなかった。

 「おいっ!! しっかりしろっ!!」

 中にいた少女に声をかける。少女は、うつろな瞳のまま、座っていた。こっちを見ることもしない。目は開いているのに、何も映していない。

 半ば強引にコックピット内にグレイが入り込んでも、彼女は動こうともしなかった。

 彼女に声を掛けるよりも、自分が感じた何かを確かめたくて、機体のモニターを確認する。モニターは生きていた。

 「Mind Oneself Interactive Restoration Artifical Intelligent。MOIRAI…!?」

 モニターに浮かぶ、文字を読む。自己精神対話返還型AI。

 今の光の爆発にこれが関係しているのか!? 搭乗者の感情を反駁し、増幅し、機体全体に伝達する。この機体に搭載されたAIの機能。

 「…これならばっ」

 力任せに、少女の肩を揺さぶる。

 「おいっ!! ヤツはまだ生きてるぞっ!!」

 その言葉に、アーケスティアの身体がピクリと震えた。

 「…う、そ」

 「ウソじゃない。この機体なら、探せるはずだ」

 この漆黒の闇を漂う、かすかな気配を。

 この機体に来てから、ヒューの勘は、確信に変わっていた。

 「絶対、見つかる。だから探せ!! お前の大切なものをっ!!」

 「…やって、みる」

 ヒューの言葉を信じたのかどうか。その言葉にすがりたかっただけかもしれない。

 けれど、アーケスティアは、力をこめて、グリップを握り直した。

 静かに目を閉じ、耳を澄ます。

 HMBA07-IAが、再び白く輝きはじめた。今度は目を刺すような激しい光ではなく、すべてを包み込むような、やさしい光。

 ゆっくりと機体の左腕を、真っ直ぐ上に向ける。追撃ミサイルは残っていないが、ポッドを展開させる。

 矢をつがえるように、右腕で大きく見えない弦を引き絞る。

 どこ!? どこに彼はいるの!?

 精神を研ぎ澄ませ、必死に探す。この闇の中にいるというのなら、お願い、アタシにその姿を見せて。お願い。力を貸して。イーオケアイア。

 「…ゴホッ。ゴホ、ゴホッ!!」

 アーケスティアが激しく咳き込んだ。薬の効いていない状態での作業は、身体に異常な負荷をかけている。息が苦しい。頭が割れそうに痛い。身体中に激痛が走る。

 「おい、大丈夫かっ!?」

 心配そうにかけられた声も遠い。耳もどうにかなっているみたいだ。

 けれど、意識を集中することをやめない。彼を探すことをあきらめない。彼がいるのならば、生きているのならば、探したい。この手で。

 モニターに、解読不能の文字の羅列が次々と表示されていく。

 ユリウス。ユリウス。

 彼の声、姿、瞳の色、仕草。彼への想い。それら全てを思い浮かべる。

 意志の強そうな紫の瞳。真っ直ぐな立ち姿。アーケスティアと自分を呼ぶやさしい声。

 目を開けると同時に、矢を放つ。

 矢は、一筋の流星となって、ある方向に流れた。

 「…おいっ!!」

 ヒューの呼びかけにも答えず、アーケスティアはコックピットを飛び出した。

 あの漆黒の闇の中に、彼がいる。光の矢が示した場所に、彼がいる。

 時折バランスをくずしながらも、無我夢中で進んでいく。

 けれど、光の矢はもうない。本当に彼はそこにいるのだろうか。

 一瞬、不安がよぎる。辺りは、闇ばかりだ。自分も飲み込まれそうな、無音の闇。

 「…モヴ!?」

 不安に押しつぶされそうになった時、闇の中に浮かぶモヴを見つけた。モヴも、少し表面の毛皮が焦げていたが、アーケスティアを見つけて、うれしそうにシッポを動かす。

 モヴを抱きとめたアーケスティアの視界の端に、赤いものが映った。

 赤い、リボン。

 アーケスティアの髪を結んでいた、赤い、あのリボン。

 「あ、ああ…」

 声にならない。

 リボンの先に、あったのは…。

 「ユリウスッ、ユリウスッ!!」

 闇に漂う彼の身体を、ノーマルスーツごと抱きしめる。スーツはところどころ焦げ付いてはいたが、それ以上の損傷はなかった。

 「あ…、アーケ、スティア…」

 ヘルメットの中、くぐもった彼の声がした。瞼を開き、ぼんやりとアーケスティアを捉える、紫色の瞳。

 「僕は、いったい…」

 意識がまだ朦朧としているのか、ユリウスの言葉もハッキリしない。

 「バカッ!! なんでこんなところまで飛んできたのよ、アンタはっ!!」

 アーケスティアは、ヘルメットの中を、涙の粒でいっぱいにしながら叫んだ。だめだ。これじゃあ、怒っているのに、そんなふうに見えないじゃない。

 「…ゴメン。でも、どうしても君に伝えたいことがあったんだ」

 ユリウスが、アーケスティアの両腕に手を添えた。紫色の瞳が、真っ直ぐに水色の瞳を見つめる。アーケスティアの心臓が一つ跳ねた。

 「その。僕は、えと…。君のことが好き、みたいだ」

 「好き、みたい!?」

 少し怒ってみせる。みたいってなによ。みたいって。

 「いや、ゴメン。好き、なんだと思う」

 「なによそれ。好き、みたいとか、好き、なんだと思うだけで、アンタはこんなところまでノコノコやってくるわけ!?」

 アーケスティアは、一瞬トキメキそうになった自分が悔しかった。なんだろ、うれしいけど、腹が立つ。

 「仕方ないだろっ!! こんな気持ちになったの、初めてだしっ!! こういうの、どう言ったらいいかわかんないんだよっ!!」

 ユリウスが怒鳴った。顔を真っ赤にして。

 自覚はないだろうが、アーケスティアの腕を掴む手に、力が痛いぐらいこもっている。 

 「好きなら、好きって、そう言えばいいのよ、バカッ!!」

 アーケスティアも、負けじとユリウスに抱きつく。

 「アタシは言うわよ。何度だって。ユリウス、アンタが好きですって。来てくれて、すっごくうれしいって。好きだって言ってくれて、ものすっごく幸せだってっ!!」

 「ゴメン。好きだよ、スティア」

 「もうっ、謝らないっ!!」

 「ゴメン」

 「もうっ!!」

 ほんの少し前まで、生きることを捨て、恋することを諦めていた。そんな自分がいたことが信じられないぐらいの幸福感に包まれる。彼から「スティア」と呼ばれること。彼を抱きしめることが出来ること。その全てが、アーケスティアに喜びと、生きる力を与えていた。

 ユリウスも、同じだった。彼女を見つけることが出来た。彼女を本当の意味で助けることが、救うことが出来たのか。それはわからない。けれど、彼女が、スティアが笑ってくれる。それで十分だ。『愛する人を見つけて、幸せになって欲しい』。養父の願いは、彼女となら叶えられる。自分は、彼女といることで、幸せになれる。たとえこの先、どんな困難が待っていようと、自分の腕の中に彼女がいれば、彼女さえいれば、耐えられる。絶対に。

 「宇宙ってさ」

 唐突にアーケスティアが言った。

 「宇宙って、もどかしいね」

 「そうだな」

 その言葉に、ユリウスが笑った。バイザー越しに見る彼女の笑顔に、思っていたことは同じだ。こんなバイザーがなければ、彼女に口づけることができるのに。こんな愛おしい素顔を見せてくれている彼女を、力いっぱい抱きしめることができのに。

 「宇宙って、やっかいだ」

 片腕を失くしたままのチャリオットⅡが、抱き合う二人に近づいてくる。操縦しているのは、ヒューだ。バランスの悪い状態なのに、意外に器用に操縦してきた。やはり、この男は特別なのかもしれない。アーケスティアとは違って、本物の。

 ユリウスが無事だったのは、この男が、自分の機体の左腕と盾を犠牲にしてまで、守ろうとしてくれたおかげだ。二人は、感謝の念を込めて、チャリオットⅡを見る。

 「無事だったか。良かったな」

 ヒューの言葉に、少しだけ身体を離す。ずっと抱き合っていたかったけど、それはそれで、恥ずかしかった。

 ヒューが二人をやさしく機体の右手ですくい上げる。モヴも一緒だ。

 「これからどうする!?」

 ヒューが訊ねる。

 「地球軍に投降します」

 ユリウスとアーケスティアは、うなずきあった。

 この先、二人とも火星には戻れない。戻るつもりもない。地球軍が自分たちをどう扱うかは、わからない。火星のパイロットと技術士官だ。簡単には解放してくれないだろう。けれど、二人でなら大丈夫だ。どんなに苦しくても、二人でなら乗り越えられる。

 「地球に投降して。…そうだな。マカロンを買います」

 「マカロン!?」

 ユリウスの答えに、ヒューが不思議そうな声を上げた。

 アーケスティアが、うれしそうにユリウスの首に腕を回した。ユリウスも彼女の身体を抱き寄せる。

 「スティアとの約束なんです。マカロンを、彼女にプレゼントするって」

 

 

                               おしまい。


 ここまで、お読みいただいた方、本当にありがとうございます。

 いつも投稿している、「他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!?」とは、かなりベクトルの違う作品なので、どういう反応が返ってくるか、ドキドキしてます。

 いもあん。的には、一話一話が、こんなぐらいの文章量のほうが書きやすいのですが。(いつもアドバイスをくれる家族に「長いっ!!」と怒られた)

 作品中出てくる、マカロン、キャンディの意味は本当です。だから、ホワイトデーのお返しに使われるのねーっと納得。中佐のくれた、スノードロップには「アナタの死を望む」なんてコワい意味も…。こういうアイテムに含まれる真意って、面白いからスキ。あとフォネティック・コードも。

 AIの名前、Mind Oneself Interactive Restoration Artifical Intelligent。MOIRAI(モイライ。運命の三女神のこと)とか、こじつけにしか思えないようなもののネーミングも、頭を使ったぶん、楽しかったー。英語、苦手なくせに。

 ギリシャ悲劇についてもたくさん調べましたよー。『アウリスのイーピゲネイア』はマジもんのギリシャ悲劇。トロイア戦争を舞台にしたもので、イーピゲネイアの最期がかわいそうすぎるってことで、「実は彼女は生きていた!!」的な後作が存在します。(ゲーテの『タウリス島のイフィゲーニエ』) 感情移入して、読めば読むほど泣きたくなる…。(ギリシャ系のお話って、結構女性がひどい目に遭うやつが多いのよね)

 まあ、そんなこんなで最終回を迎えました。

 PVという足跡をつけてくださった方、評価くださった方、本当に、ありがとうございました。

 この先もまだまだ評価、感想、レビューなど、絶賛受付中です。お手すきの方は、ゼヒッ!!

 それでは、次回、またどこかのお話でお会いいたしましょう。m(_ _)m

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