第六章 古(いにしえ)の涙。
「人間には、陽の光を仰ぐのが一番うれしいこと。死にたいと願うのは、
心狂える人。立派に死ぬより、無様でも生きている方がましです」
「今にわたしのこの剣が知り分けよう。プリュギアへ出立する前に、わ
たしはこの剣で殺戮の血を流すことになる。もし、誰かがわたしと貴女
の娘御を分け放とうとするならば」
「この客人をその熱意ゆえに称えるのは間違いではありません。だけど、
しっかり見届けなくてはなりません。この方が軍と敵対しないように。
そしてこの方が不利になるようなことを、一切私達がせぬように。私は
死ぬことを決心しました。願わくば、賤しい心根を捨て、見事に死にき
りたいと思います。私を生贄にして、トロイアを攻略してください。こ
れで、私は末永く記憶されましょう。それこそ、我が子、我が結婚にか
わるもの。我が誉れです」
「おお、類まれなるお志。わたしはもう何も言えません。そうすること
で、貴女の意が叶うというのであれば、ご立派なお考えです」
「イオー、イオー。光煌めく陽よ。ゼウスの光よ。それとは違う人生を、
運命を私は住みゆこうとしています。お別れです、愛しき光よ」
エウリピデス『アウリスのイーピゲネイア』
「ねえねえ、どっちがいいかな、この場合」
両手にドレスを持って、アーケスティアが訊ねた。
「…どっちでもいい」
やや不機嫌にユリウスが答えた。手元にある資料に視線を落としたまま、彼女の方は見ていない。
アーケスティアが、ぶうっとむくれた。ユリウスの答えが気に入らないのだ。
「もうっ、ちゃんと見なさいよっ!!」
グキッと音がしそうなぐらい、強引に首を持って行かれる。
「いっ!!」
「だから、どっちがいいかって聞いてんのっ!! 時間ないんだから、手伝ってよね」
両手でユリウスの頬を挟み込んだまま、アーケスティアが言った。間近で怒った彼女の顔を見せられて、ユリウスは、視線を外すことが、精一杯だった。
「…わかった」
「じゃあ、教えて。どっちがいい!?」
「…右。赤い花のついている方」
「じゃ、こっちにする」
アーケスティアが、左の、薄い紫のリボンがあしらわれたドレスを選ぶ。自分が選んだのは何だったんんだというツッコミは、すでに諦めている。
さっきからずっとこんな会話の繰り返しなのだ。
先日、グランツの部下だという男から、一通の招待状がアーケスティアに渡された。彼女を今日の午後から、グランツが主催する園遊会に招待するというものだった。
急だとか言っている余裕はない。アーケスティアは、自室に隣接する衣装部屋から、あれでもないこれでもないと、取っ替え引っ替えドレスを持ち出してくる。彼女の部屋は、ソファもベッドの上も、床の上にまで、ドレスから、靴、小物まで、様々なものが散乱していた。
これ、自分が片付けるんだろうな。世話係なんだから。
ちょっとうんざりする量だ。
「じゃっあ~、これに合わせるんだから、こっちもどうしよっかな~」
シュルッと軽い衣擦れの音を立てて、後頭部で髪を束ねていたリボンをほどく。豊かな薄い金の髪が彼女の顔の輪郭を彩る。
「えっと、水色の…あれ!? どこだっけ!? ねえ、一緒に探してよ」
アーケスティアの言葉に、仕方なくユリウスは腰を上げた。これ違う、あれ違うとポイポイ取り出しては放り出す。彼女のやり方では、散らかしているのか探しているのかわからない。資料に目を通しながも、彼女が散らかしたモノの場所は、だいたい把握していた。すぐに見つけてやらないと、ますます部屋がひどいことになってしまうからだ。
「…これか!?」
「あっ、それそれー!!」
グッチャグチャのベッドの上から、要望の品を見つけ出す。薄い水色の宝石があしらわれた髪留め。
「アタシと、オソロイ~」
見つけたそれを手渡すと、アーケスティアが自分と並べてみせた。瞳の色と宝石がよく似ていた。どちらも、薄い水色。冬の空、冷たい水を想起させる色。
「早く準備しないと。遅刻する気か!?」
「しないも~ん」
アーケスティアが、プイッとそっぽを向いた。
「今から着替えるから、出ていってよね、ヘンタイさん」
誰がだ。お前が、付き合えって言って、ここに自分を呼んだんだろうが。女の衣装なんてわからないと、散々辞退したにもかかわらず。
床の衣装に埋もれるように転がっていたモヴを伴って、仕方なく部屋を出た。ここから、出来上がるまで、どれだけ時間がかかるのだろう。女性の支度にかかる時間なんて、ユリウスには、想定すら出来ない。
「間に合う、のか!?」
園遊会は、午後から。今は、時計の長針と短針が重なるまで、もうあと少しといった時間だ。園遊会の会場となる、グランツの私邸まで、研究所からはさほど遠くはないが。
これは、送迎を頼まれた自分が、車を飛ばすしかない状況かもな。
放り出された廊下で、今日も何度目かのため息を吐き出すしかなかった。
「おっまたせ~」
ユリウスが手元の資料を熟読出来てしまうだけの時間を費やして。キレイに着飾ったアーケスティアが部屋から出てきた。
先程選んだ、濃いネイビブルーのワンピース。やや地味な印象を与えかねないワンピースだったが、胸元の薄い紫色のリボンと、彼女の薄い金の髪が、華やかな印象を与えていた。いや、ワンピースが地味な色である分、彼女の華やかさが際立っている。
高いヒールを履いて、ピンと背筋を伸ばす。ワンピースの裾から伸びる白く細い足に、かつてのような痛々しいアザは見えない。その立ち姿といい、水色の髪留めでゆるく髪をまとめ上げたその様子は、黙っていれば、いつもの彼女よりグッと大人っぽい。
しかし。
「ねえねえ、どう!? 似合うかな!?」
「似合ってる、と思う」
「えーっ。と思うってなによ。うっとりこっちを見てたくせにー。このムッツリスケベ」
話し方はいつもどおりのアーケスティアだ。
「スティア、カワイイ、カワイイナ、スーティア」
モヴがボテボテ転がりながら、アーケスティアを褒めた。
「フフン♪ でっしょ~!?」
うれしそうに、アーケスティアがクルクルッと回ってみせた。ワンピースの裾が、軽やかに広がる。
「…わっ!!」
「あぶないっ!!」
履きなれないヒールでそんなことをするものだから、バランスを崩す。とっさにユリウスが手を伸ばし、転倒は免れた。
「…ありがと」
抱きとめられる形になったアーケスティアが、ユリウスの腕の中で、小さく言った。
「…無茶するな」
「うん…」
彼女を手放したユリウスも落ち着かない。腕の中の彼女からは、いい香りがした。花の香り、だろうか。わずかに、まだ香りがユリウスの手元に残る。
「そんなに危なっかしいのなら、靴、変えるか!?」
「えっ!? イヤよ」
提案は、あっさりと拒絶された。
「こういう時は、ヒールをどうこう言うんじゃなくて、レディの手を持ってエスコートするものよ。気が利かないわね」
ズイッと手を差し出されたので、仕方なくその手を取る。
「時間がない、急ぐぞ」
「うわー、やっぱだめだわ、このボクネンジン」
「うるさい」
わざと、急ぎ足で歩き出す。時間がないのは本当だが、アーケスティアの細くヒンヤリした指先に戸惑っていたのも事実だった。
「ボク、ネンジン、ボクネ、ンジーン」
なぜかモヴまで、おかしなセンテンスで、彼女のセリフを繰り返す。
園遊会には、結構ギリギリで間に合った。
「あれ!? アンタは行かないの!?」
車が会場に到着した時、アーケスティアから訊ねられた。ようやく、ユリウスが普通の私服であることに、気がついたらしい。
「呼ばれていないからな」
「ふーん、そうなんだ」
気のない返事。
「この後は、休暇をもらった。園遊会が終わる頃には、また迎えに来る」
「…そう」
会場の降車場には、黒のフォーマルスーツをまとったグランツが待っていた。周囲にも似た格好の男性がいたが、グランツほど様になっている者はいなかった。
「カールッ!!」
うれしさを抑えきれない声で、アーケスティアが言った。優雅に大人っぽく振る舞おうとしているのに、その目はキラキラ輝いていて、感情を隠しきれていない。
「やあ、よく来たね。私のアーケスティア」
大人の余裕を感じさせる態度で、グランツが、さりげなく車から降りた彼女の差し出した手を取る。腕に彼女の手を添えさせて、会場までエスコートして行く。
あれが、大人、なんだろうか。
手を握っただけの自分のエスコートは、朴念仁と言われても仕方ない。
園遊会の人に紛れて、二人の姿が見えなくなるまで見つめてから、おもむろにエンジンをかけ直した。
なぜだろう。グランツと仲睦まじげに話す、アーケスティアの横顔が、目に焼き付いて離れない。
せっかくの休暇だからというわけではないが、ユリウスは自分の実家に帰ることにした。園遊会の行われているグランツの邸宅から、さほど離れていない、小さな洋館。養父が急死してから、あまり戻ったことのない実家は、片付いてはいるものの、ホコリ臭い空気を漂わせていた。
少し、掃除したほうがいいか!?
舞い上がったホコリに目をしかめた。
しかし、掃除はまた今度の機会だ。今日、帰ってきたのは、感傷に浸るためでも、掃除をしに来たわけでもない。
アーケスティアの、HMBA07-IAの改良のアイディアがないか、探しに来たのだ。
養父、ラルス・ヴェルナーは、アーケスティア機の開発の前任者だった。彼ならば、機体の問題点と対処方法を知っていたのではないだろうか。
すでに、機体改良のヒントとなるような資料は、ほとんど読み漁っている。火星軍のはもちろんのこと、秘密裏に手に入れた地球軍の機体資料もだ。しかし、そのどれもが、ユリウスを納得させるに至っていない。
藁にもすがる思いで、実家に、養父の遺品を探しに来たのだが。
さて、と。
ユリウスは、積もったホコリに足跡を残しながら、養父の書斎に向かった。
書斎は、ホコリ臭い上に、ややかび臭いにおいがした。書籍が多いせいだ。窓を少し開けて換気をはかる。それほど大きな部屋ではないが、壁一面にある本棚に書籍がずらりと収納されていた。それもやや乱雑に、押し込めるだけの本をそこに詰め込んだかのような本棚。
これは、少しホネだな。
片っ端から調べればいいのだろうが、そこまでの自由な時間は許されていない。アーケスティアにも迎えに行くと伝えてある。園遊会が終わるまでに、何か、探し出さなくては。
とりあえず、書斎の机の上にあったものから手に取る。乱雑に積まれた書類と、書籍。机の上に置いてあるということは、おそらく亡くなる直前まで必要としていたものだ。養父の死後、この部屋の片付けはしていない。養父が使っていたそのままの状態だ。だから、勝手にそう推論したのだが。触れるたびに舞い上がるホコリが、窓から差し込む日差しにきらめいた。
焦りを感じながらも、書籍の一冊一冊、書類の一枚一枚に、ザッとではあるが目を通していく。これも違う、あれは読んだ。次々に必要のない情報の山が、新たに出来上がる。
「あー、もうっ!!」
と同時に、軽く苛立ちを覚え始めていた。
「どうしてこんなに散らかってるんだ!!」
机の上もそうなのだが、全体として、秩序なく全てが散らかっている。書棚の書籍も、机の書類も、ジャンル別に分けるとか、そういう工夫が一切なされていない。先程手にした量子学の専門書の下には、人間工学の本。その横はなぜか経済学の資料と、航空工学の本。
もしかして、自分の周りの人間は、片付け下手の散らかし上手ばっかりなのだろうか。アーケスティアのあの散らかし方を思い出す。
まったく、片付けに振り回される日になりそうだな、今日は。日中は亡き養父の本、夜はアーケスティアの洋服。散らかりを気にしない性格ならいいのだが、あいにく自分はきちんとしていないと気がすまないたちなのだ。
帰ってからも、彼女の散らかしたあれやこれやを片付けることになりそうで、重い気持ちで次の本に手を伸ばした。
…まて。
ふと、伸ばしかけた手を止める。
養父は、ラルス・ヴェルナーは、散らかして平気な人物だっただろうか。
自分のこの性格は、養父との生活の中で培ったものだ。養父はやさしくはあったが、しつけは厳しかった。片付けをきちんとしないと何度も叱られた。
「いいかい、ユーリ。工具とかはね。ちゃんと使ったら元の位置に戻さないと次に使う時に困るのは君だよ。使う時に見つからなくって、どうしようってなっても、困るのは君自身だ。それに、置きっぱなしにして、誰かを怪我させてしまうこともある」
よく養父はそう言っていた。工具を片付けなければ、それだけ危険も増えるし、次の作業がスムーズに始められない。その教えは、未だにユリウスの身体に染み付いている。
その養父が、こんな乱雑な片付け方をするだろうか。
養父のことを思い出すたびに、部屋全体から違和感が漂い始める。亡くなる数ヶ月前から、ユリウスはこの家を離れていたが、それまで暮らしていた家の中は、男所帯と思えないほど、キチンと片付いていた。その思い出の光景と、書斎の乱雑さが不釣り合いすぎるのだ。
…誰かが、…触った!?
誰が!? わからない。泥棒か!? いや、それなら、もっと金目のありそうなところを探すだろうし、書斎だけ散らかして、一見しただけではわからないように片付けるとは思えない。
…じゃあ、なぜ!?
ここで何かを探したヤツがいる。何を探して、何を見つけた、もしくは見つけられなかったのか。
養父に何かあったのか!?
養父の死は、研究中の事故だったと聞いている。機体の性能チェックの実験中、機器が爆発火災。それに養父は巻き込まれたと、訃報を知らせてくれた弁護士が言っていた。不幸な事故だったのだと。
けれど、それは本当に事故だったのか!?
部屋の違和感から、ありえないことにまで想像が働いてしまう。悪い方向へ悪い方向へ。
「わっ!!」
考えに囚われていたせいで、足元のモヴにけつまずく。ユリウスは転びはしなかったが、モヴは「イタイ、イターイ」と走って、机にぶつかった。
「あっ…」
どうして人はモノが落ちていく時、あんなにもスローモーションで見えるのだろうと思えるくらいゆっくりと、机の上から写真立てと、数冊の本が落ちた。手を伸ばせばとどくような感覚と、動けない自分。
ガシャーン。バサバサ。
モヴの上に落ちてきたせいで、再び「イータイ、イタイ、イタイタイタ」と嘆くが、今度は落ちてきたもので埋まって、身動きが取れない。
「…大丈夫か、モヴ」
動けるように、モノをどけてやる。
「モヴ、イータイ、ダイジョウブ、イタイ、ダイジョーブ」
どっちだよ。
ため息をつきながら、落ちたものを拾い集める。中には、写真立てのガラスも混じっている。掃除は必須になりそうだ。
「…!?」
ガラスを払おうとして持ち上げた写真に、ユリウスは手を止めた。
写真に映るのは、幼い自分。幼年学校に入学した時のものだ。しかし、それが懐かしいとかいうのではなく、手にした写真の厚みが気になったのだ。
不審に思いながら、写真立ての枠から、写真を外す。
「…手紙!?」
薄い紙にびっしりと几帳面な字で、何か書かれている。養父の字だ。
食い入るように、ユリウスは、その文面を目で追った。
『ユリウスへ
君がこれを目にすることが来ない日を願っているが、もしその日が来た
のならば、私はすでにこの世にいないのだろう。
今、私はある実験に参加している。恐ろしい実験だ。特殊な機体を動か
すために、とある少女を被験体として、実験を重ねている。少女に薬物
を投与し、機体を動かすパーツとして利用する。特殊能力を持つ人間を
人工的に作り出そう、そういう実験だ。
超能力めいた力を持つ人間は存在する。存在を否定するつもりもない。
しかし、それを人の手で行うとなると、無理が生じる。今までにもたく
さんの被験体に出会ってきた。
実験中に亡くなった被験体もいる。それなのに、実験はやめることなく
続けられた。火星のためだ、宇宙のためだとやつらは言う。本当だろう
か。私は、その綺麗事に我慢できなくなった。家に帰るたびに目にする、
ユリウス、君の笑顔と、被験体の少女の、何が違うというのだろう。彼
女には、その素質がある。だからと言って薬物で幼い少女を苦しめても
いいのだろうか。失敗すれば、不要なパーツだと、殺され捨てられる運
命にある少女を、これ以上何の感情も覚えず見ていることは、私には出
来なかった。私は、少女にも笑顔でいてほしかった。彼女もまた、君と
同じ戦災孤児だ。
私はこれ以上、この実験に賛同することができなかった。
しかし、組織は、私が実験から離れることは許さない。私が秘密を知り
すぎているから、生きて組織から離れることは許されないであろう。
私はいい。しかし、そのことが、ユリウス、君の身の上に不幸を呼ぶと
したら。
私は死んでも死にきれない。君を、あの混乱した暴動の現場で見つけた
時のことが忘れられない。幼かった君は、泣き声も忘れ、死んだ母親に
すがりついていた。
あの光景が忘れられない。私の死は、君にまたあんな悲しみをもたらし
てしまうのだろうか。
それを思うと辛い。君が幸せになることを、何より願っているのに。
ユリウス。君に一つお願いをしたい。
生きてほしい。どんなことがあっても、生きてほしい。
そして願わくば、愛する人を見つけて、幸せになって欲しい。
君の人生は、幸多きものであることを、私は願っている。
ラルス・ヴェルナー』
「…父さんっ」
ノドに声が詰まる。涙で視界がぼやける。
「父さん、僕は、どうしたらいいっ…」
手紙にある少女、おそらくアーケスティアのことだ。アーケスティアは養父のことを知っていた。機体のパーツとなるために、薬物投与が行われて、火星の、宇宙のという理想のために、命を奪われる。養父が我慢できなかった状況にいたのが、アーケスティアだ。彼女は、養父が生きていた頃からずっと、薬物投与されてきたのだろう。生きてパーツとなるために。
それに。
『愛する人を見つけて、幸せになって欲しい』
その一文が、胸に迫る。
「…愛する人…、見つけたよ、父さん」
手紙の向こうの養父に語りかける。『愛する人』という一文に、自分の脳裏に浮かぶのは、アーケスティアの姿だった。
薬物投与に苦しむ姿。異常なほど攻撃的な姿。耳障りなほどの笑い声。コックピットで見た、なにかに怯える姿。
そして何より、愛おしそうにモヴを見つめる彼女の姿。
なぜ、彼女が思い浮かんだのかはわからない。被験体にされていたという話からの連想なのかもしれない。
けれど、自分のなかで、ああそうなのかと、納得出来ることも多かった。
なぜ、彼女が戦場に出ると胸が苦しいのか。なぜ、彼女の苦しむ姿を見るのがが辛かったのか。なぜ、彼女を冷たく扱われると腹が立ったのか。なぜ、彼女がグランツを見て微笑んでいると、苛立ったのか。なぜ、彼女が自分のほうを見て笑うと、こんなにも心浮き立ったのか。
そのすべてが、符号となって自分の中に落ち着いていった。
彼女を誰かに、何かにいいように利用されるのが許せなかったのだ。そのせいで、彼女が苦しむなど許せるはずがなかった。彼女を失いたくないからこそ、自分はここまでがんばって機体の整備に関わっったのだ。そして、笑うなら、微笑むならば、自分の方を見て、その笑顔を見せて欲しかった。
あの薄い金の髪、淡い水色の瞳。白く、触れれば弾力のある肌、細くヒンヤリした指。
普段は強気な彼女がときおり見せる、弱い素顔。
それら全てを、誰かのものになんてしたくなかった。運命に、世界に、戦争に、そしてグランツにもだ。誰にも渡したくない。自分の中にそんな独占欲があったことに、今更ながら驚いていた。
「アーケスティア…」
今は、グランツの園遊会で、彼の腕の中で幸せそうに微笑んでいるであろう彼女を思う。
彼女は、このことを知っているのだろうか。養父がなぜ死に、自分の運命が、この先どのようなものであるのかを。
知らないでいるのならば、なんと悲しく哀れなことか。知っていてなおその腕の中にいるのであれば、救い出してやりたい。なんとしても。
具体的にどうしたらいいのかは、まだわからない。けれど、このとき初めて自分の中に、確固たる思いが生まれたことを、ユリウスは自覚した。
園遊会から、わずか数日後。アーケスティアに出撃の命令が下った。
救いたい、守りたいなんて思っていても、所詮、こんなものである。命令が下ってしまえば、それに逆らうことは許されていない。具体的に、何をどうすればいいのかなど、わからないのだ。現状に流されるしかない自分に、歯がゆくもある。
戦いに行ってほしくないなどと、自分が言ったところで、アーケスティアが受け入れるとも思えないし、軍が認めてくれるとも考えにくかった。アーケスティアは、自分の為ではない。グランツの為ならなんだってするのだ。そう、彼女自身が言っていた。その身を削りながら。
だったらせめてものことを、自分はするだけだ。
アーケスティアには無事に帰ってきてほしい。彼女が誰を思っていようと、自分は、彼女に生きていてほしい。たとえ、自分に微笑みかけてくれなくても、笑っていてくれればそれでいい。
戦艦に乗り込んでからも、機体の最終チェックは怠らなかった。機体の指一つひとつにまで、動作の確認を念入りに行う。AIはキチンと稼働しているのか。機体に不備はないか。追撃ミサイルポッドのエネルギーは十分か。装甲に問題点はないか。点検項目は、上げだしたらキリがない。
「ねーえ、いつまでやってるのよ。アタシを出撃させないつもりぃ!?」
機体の下から声をかけられて、これ以上のチェックを諦め、コックピットを後にする。チェック自体はもう何度も繰り返してる。今、止めたところで、特に問題はない。
下に降りると、仁王立ちしたアーケスティアと傍らにモヴが浮いていた。この無重力空間では、モヴはプカプカ浮くだけで、自走することは難しい。特長的なシッポはプルプル動くのだが。
「まったく。いつまでいじりたおしてるのよ、この機械オタク」
「最終チェックだ。念入りにしたほうがいいだろう」
「まったく。アンタが遅いから、自分で射って来たわよ」
アーケスティアが右の首筋を指さした。すでにパイロットスーツを着込み、ヘルメットも装着した彼女の右の鎖骨はもう見えなかった。
「世話係なんだから、ちゃんといなさいよね」
「自分で、射ったのか!?」
あの苦しみを一人で。
「そうよ。あんなの、ちょちょいっとね」
笑う、アーケスティア。彼女が苦しむのを見ているのも辛いが、見ないでいるのも苦しかった。苦しんでいる時、何が出来るわけではないが、そばに居てやりたいとは思う。
「それよりさ。今回の出撃、多いね」
「ああ」
話題を変えられて、ユリウスは周囲を見回した。
HMBA07-IAの周囲には、たくさんの機体が立ち並んでいる。普段以上の数だ。そこに並ぶどの機体でも、技術士官とパイロットの最終調整が行われている。そのせいで、格納庫内は、結構な騒がしさだ。
「今回の出撃は、君の護衛機と、地球軍との戦闘用の機体、それらが追加されるということらしいよ」
先程のブリーフィングで聞かされたことを、そのまま話した。
「今回は、かなりの数のHMBA出撃している。大丈夫だよ。彼らが、戦闘を担ってくれる。今回の作戦は君にとって、負担の少ないものになるはずだ」
「ふーん」
アーケスティアの気のない返事。ユリウスの言葉を信じているのかどうか。
「まあ、アタシの足を引っ張らなきゃ、どうでもいいわ」
手をヒラヒラさせる。心底、どうでもいい仲間と思っているようだ。
「ねえ、またあのキャンディ、ちょうだいよ。紫のやつ」
「もうすぐ出撃だぞ!?」
「いいじゃない。甘いのは、頭の栄養~」
「まったく…」
出撃前だというのに、やはり緊張感がない。いつものように、瓶の中からキャンディを取り出した。キャンディの瓶は、最近、彼女からいつどこで催促されるかわからないので、ずっと携行している。要望どおりの紫を、ひな鳥のように口を開けて待つ彼女の口に入れてあげる。
「あ、まっ~い」
彼女の口角がほころぶ。
「じゃあ、今度はアタシから。はい、あ~ん♡」
手にした瓶をとられ、中から取り出したキャンディを、半ば強引に口に放り込まれた。
彼女の指が、一瞬、ユリウスの頬に触れる。
「…甘い」
「水色だからね~」
前にもこういうやり取りがあったな。その時も、自分は水色を放り込まれたような気がする。そして、彼女は紫を舐めていたような。
「まあ、キャンディもいいんだけどさ、今度はまた別のを用意しておいてよね」
「別の!?」
「別の。だって、アンタ、いつもおんなじで。ちょっと飽きちゃった。バカの一つ覚えってやつ!?」
「悪かったな、バカで」
「たまにはさ。そうだな~。マカロンとか食べたいな~って」
「マカロン!?」
「うん、マカロン」
アーケスティアが、何か含みのある笑顔を見せた。
「あー、でも今言っても覚えてるかな、忘れていそうだもんね、アンタは。この間も、頼んだお菓子、全部忘れてキャンディ買ってきてたし」
忘れたのをキャンディでごまかしたこと。ちゃんと気づかれていたようだ。
「今度は、忘れない。マカロンだな。帰ったら、ちゃんと買ってきてやる」
「ホントに~!?」
アーケスティアが、ユリウスの瞳をのぞきこんだ。空色の瞳に映る自分の姿に、心臓が跳ねる。
「にしても、帰ったらって、なんかヤなセリフね。縁起でもない」
「あ…、すまない」
出撃前に、「帰ったら」なんて言うのは禁句だと、ユリウスでも知っていた。
「ま、いいわ。マカロン程度で、へんなフラグになることはないだろうし」
おもむろにモヴを抱きとめる。彼女の手の中でモヴがうれしそうにシッポを揺らした。
「い~い!? モヴ。このおバカさんが、マカロン忘れそうになったら、教えてあげるのよ。スティアのために、マカロン買えって」
「ワカタ、マカロン、スーティアニ、マッカロン」
「そうそう。モヴはちゃんと覚えられて、おりこうちゃんね~」
「モヴ、オリコウ、モヴ、スゴーイ。スティア、スキ、スーキ」
アーケスティアが、軽くモヴに口付けた。モヴがちぎれんばかりにシッポを動かす。
「スティア、スーカイブル、スキ、スーキ、パープル、ジュリエット、スキ、マカロン、カエ」
まただ。ナゾのモヴ発言。
「モヴ」
アーケスティアがモヴを咎める。
「お前さ、モヴに何、教えたんだよ」
「えー、別に、なんにも」
彼女がとぼけてみせた。
「大事なことしか教えてないわよーだ。それより」
ポーンとモヴを投げてよこす。
「モヴ、もっと大事にしてあげなさいよ。この子、またシッポの動き、悪いわ。ちゃんと直してあげてね。ぶきっちょさん♪」
「…わかった」
さっき、うれしそうにシッポを動かしていたように見えたが…。
「じゃあ、ね」
床を軽く蹴って、アーケスティアが飛び出す。彼女が行ってしまう。戦場へ。
「待てよ」
ユリウスもモヴを抱いたまま、追いかけた。
「何よ」
コックピットに収まった彼女が、驚いたようにこっちを見た。
「あ…、えと、その」
話すことなんて、何も考えていない。
「気をつけて。無事に帰ってこい」
一瞬、アーケスティアが、動きを止めた。
「あったりまえでしょー!? ちゃんと帰って来てやるわよ。アンタにマカロン買わせて、お腹いっぱい食べるんだから」
「…太るぞ」
「ふっとりませ~んっ」
いつもの、彼女だ。
「じゃあ、ね」
彼女がハッチを閉じる。
ユリウスは、モヴを抱いて、機体から離れるしかなかった。キャットウォークの手すりに捕まり、機体を、アーケスティアを見上げる。
「アーケスティア…」
なぜだろう。このまま彼女を行かせてはいけない気がする。彼女が「じゃあ、ね」と言った時の、声、表情。こっちを見ていた空色の瞳。それらすべてが、ユリウスのなかで、引っかかっている。
胸が、騒ぐ。
カタパルトデッキ解放の警告音が鳴り響く。ノーマルスーツを着用していないユリウスは、これ以上この場に留まることが許されない。
無事に戻ってこい。願うのは、それだけだ。
頼む。HMBA07-IA。彼女を守ってくれ。彼女を無事に俺の元へ返してくれ。
彼女の機体に背を向ける。デッキに向かうが、HMBA07-IAその背中を目の端で捉えていた。
戦艦から全機出撃した後。
全乗組員にノーマルスーツ着用の指示が出た。今回は普段の奇襲作戦とは違うらしい。
戦艦も戦闘に加わる。ここまで散々機兵戦で、地球軍を手こずらせているのだ。今回の戦闘に、あちらが艦隊を持ち込まないとも思えない。こちらも、艦隊を編成して、万が一に備えなければならない。
ノーマルスーツを着用後、モヴとともに、ブリッジに上がった。いつものように、通信士のイシイの横で、戦闘を見守らせてもらうことにする。
「チームゴルフ、チームチャーリーともに、ポイントファイフに展開。チームエコー、ポイントセブンへ急行せよ」
「チームホテル、その場で待機。指示を待て」
艦隊の管制官同士、慌ただしく無線連絡が行われる。艦隊の足並みが揃わないと、戦闘は難しい。この巨大な漆黒の宇宙空間で、各自の現在位置を把握するのは、並大抵のことではない。地球など、重力のある場所なら、艦隊も機兵も前後左右に展開するだけでよいが、宇宙空間だと、それに、上下の空間も考慮しなくてはいけない。艦隊だけではない。機兵隊の位置把握も必要だ。
「チームジュリエット、先行しすぎだ。速度を落とせ」
それぞれの艦隊、機兵小隊で、全ての位置把握をするのは難しい。よって、司令塔となる母艦が必要となり、その母艦が戦闘のすべてを俯瞰し、行動の指揮を担う。
チームジュリエット…!?
ふと、ユリウスの耳に、ひっかかる言葉があった。
ジュリエット。
今回の作戦では、いくつかの機兵小隊が結成されている。その小隊にはアルファベットで仮の名がつけられていた。
チームアルファ、チームブラボー、チームチャーリー…。チームジュリエットは十組目の小隊。チームJ、だ。
J=ジュリエット。
無線通信で使われる、フォネティック・コード。
「ユリウス、スーカイ、ブル、スティア、スカイ、ブルブル、スティア、パープル、スキ、ジューリエット」
「スティア、スカイブル、スーキ、スキ、パープル、ジュリエット、スキ、マカロン、カエ」
何度もモヴが口にしていた、呪文のような言葉に含まれていた、「ジュリエット」。アーケスティアがモヴに教えた、「ジュリエット」。
「J」を示すフォネティック・コードだとして、その意味は!? 「J」とはなんだ!? 彼女はモヴに何を教え、何を伝えたいんだ!? 大事なことしか教えてないと言っていたが。
意味は、前後の言葉から推論するしかない。しかし、モヴの呪文の中に、他のフォネティック・コードは含まれていない。
「スティア」「スカイブル」「スキ」「パープル」「ジュリエット」。これだけだ。
「スティア」は、アーケスティア。彼女自身のことだ。「スカイブル」は、スカイブルー。彼女の瞳の色だ。空色の瞳。
「パープル」は…。「J」は…。
ユリウスは、無意識に自分の目を押さえた。
まさか。
「J」は、自分の、「Julius Verner」の頭文字だ。
まさか、まさか。
ありえない。だって、彼女はずっと、グランツのことを口にしていたではないか。グランツのために生きると。ならば、なぜ、こんな暗号みたいなものを、モヴに教えた!?
「状況はどうなっている」
聞き慣れた声が背後からした。その声に、思考は途切れる。
「中佐…。今回は中佐も、いらしていたのですか」
いつの間にか、すぐそばに、グランツが立っていた。彼もまたノーマルスーツを着用している。自分は、彼が来たことに気づかないぐらい、考えにふけっていたのだろうか。
「今回は、いつもと違うからな。で、どうなっているんだね」
「まだ、戦端は開かれていません」
ブリッジ正面に表示された、想定宙域の布陣に目をやる。アーケスティアがいるのは、部隊編成のやや中央、チームデルタ。今は、戦闘開始まで、待機モードに入っている。
「そうか」
「あの、中佐」
ユリウスは、自分の側から離れていこうとしたグランツに声をかけた。
「なんだね」
艦長席に近い、階段のきざはしに足をかけ、グランツが振り向いた。
「あの、今回の作戦、いつもと同じ、輸送船の襲撃ですよね」
出撃前のブリーフィングで、そう聞いている。しかし。
「今回は、その。戦艦や、機兵の数が多いので…」
度重なる輸送船の襲撃に、地球軍も警戒して艦隊を出してくるかもしれない。機兵も大量に投入してくるかもしれない。だからこそ、こちらも戦艦と機兵を用意した。そう聞いている。
けれど。何か、納得もいってないのだ。自分は技術士官であって、戦略を練る参謀や、情報士官ではない。だから、ハッキリしたことは言えない。ただ、しっくりとこないものがあるだけだ。
「ああ、そのことか」
グランツが、少し笑った。
「今回の出撃は、フォボスの地球軍基地、及びその建設現場の破壊だ」
「なっ!!」
ユリウスは、言葉を失った。
聞いていた話と違う。地球軍基地の破壊など、地球軍だってバカじゃない。輸送船襲撃の時とは比べ物にならないほどの戦力を投じてくるだろう。激戦になるに違いない。
「危険です!! そんな任務っ!!」
ユリウスは、噛み付くように叫んだ。
どうして、そんな任務であることを、今まで誰も言わなかった!? 輸送船襲撃だとウソを教えた!? 皆、知っていて隠したのか!?
傍らにいた、イシイ少尉が、わずかに顔をそむけた。やはり、皆、この作戦を知っていたのだ。知っていて、わざとユリウスにウソのブリーフィングをしたのだ。
なぜ!?
理解できなかった。
けれど、今はそんなことは、どうでもよかった。
「彼女は、アナタのためだと。あんなにボロボロになりながらも、戦っているのにっ」
アーケスティアの口癖がよみがえる。いつも彼女は、「カールのため」「なんだってやる」と言っていた。そのためなら、薬物でカラダを痛めつけることも、厭わなかった。
それなのに、この人は、彼女を死線に送り出した。彼女が生きようが死のうが、興味ないのか。守ってやるつもりはないのか。己を慕う、あの少女を。
「私は、あんなマガイモノに興味はないよ」
グランツが、ハッキリと断言した。
「あれは、失敗作だった。敵の、それも普通の機体一つ撃墜できないとは。どれだけ薬物を投与しても、目覚ましい効果も得られない。全くの役立たずだ」
「………っ!!」
「アレのメンタルを少しでもよくして、結果を出しやすいようにと、仕向けたんだがね。やはり、マガイモノは、マガイモノだ。なんの成果ももたらさない。だったら、せめて最後ぐらい有用に使ってやろうではないか。マガイモノでも、少しは役に立つだろう」
「中佐、アナタって人はっ!!」
ユリウスの身体が、怒りに震えた。
「おや、何を怒る必要がある。君も、アレをモノとして見ていたではないか」
「ちがうっ!!」
「いや、同じだよ。君も機体の整備に参加して、彼女をその機体に乗せた。機体の一部として扱ったんだ。アレに薬を射って、機体のパーツにしていた」
「ちがうっ!! 私は、彼女を、アーケスティアをパーツになんかしていないっ!!」
フンッと、グランツが鼻を鳴らした。
「言葉では何とでも言える。しかし、結果は同じだ。私のやったことと、君のやったことに差などないよ」
「ちがうっ。私は、アーケスティアを、人として見ている。アナタとはちがうっ!!」
そうだ。自分は彼女を一個の、一人の女性として見ている。愛する人として、想いを寄せている。彼女は生きている。機械のパーツなんかじゃない。
「やはり、君もラルスと同じ意見か。おもしろくないな」
ため息混じりにグランツが言い放った。
「えっ…。今、なん、て…。まさかっ!!」
一瞬、グランツへの怒りを忘れた。いや、怒りを忘れたわけではない。怒りの上に動揺と怒りが重なったことで、感情が麻痺しただけだった。
養父の残した遺言書が脳裏をよぎる。
『組織のやろうとすることに反対した自分は、殺されるであろう』
『失敗すれば、不要なパーツだと、殺され捨てられる運命にある少女』
驚愕の表情を浮かべるユリウスに、グランツは、口角を上げるだけだった。
やはり。
そこに、もう温厚なグランツおじさんはいなかった。ユリウスが理想とした男もいない。ただ理想のために人を手駒としか思っていない男。理想の狂信者。
誰だ、この男は…。
こんな男のために、アーケスティアは…。
「光学センサーに感っ!! チームデルタ、HMBA07-IA機、戦闘態勢に入りましたっ!!」
怒りに我を忘れかけたユリウスの耳に、急を告げるイシイ少尉の声が届いた。
振り向けば、モニターに、戦闘を開始した機体の行動が点滅シグナルで表示されている。
「……っ!!」
強く握りしめた拳は、行き場を失う。
こうしている間にも、彼女が、その生命を危険に晒している。こんな、人を人とも思っていない、最低なヤツのために。
「クッ!!」
怒りをぶつける先から目をそらし、ユリウスはブリッジを飛び出した。グランツなんかにかまっているヒマはない。彼女を救い出さねば。護らなくては。
「…よろしいのですか!?」
ブリッジにいた、研究員の一人が、グランツに声をかけた。
「構わないさ」
グランツが鷹揚に笑う。
「アレも、もう必要ない。それよりも」
艦長席隣、モニターのよく見える席に座る。
「ちゃんとデータを取っておくように」
「はっ!!」
「次の開発に、今回のデータは利用できるからね。今度こそ、マガイモノではなく、本物を作りだそうではないか。この手で」
両手を膝の上で組み、目の前のモニターに映る機体の動きに、笑みを浮かべる。その姿は、ある意味艦長よりも、この場の支配者然とした風情だった。
「左舷カタパルト、ハッチ、開放警告っ!! 高速艇、一機、発進しますっ!!」
戸惑いを感じさせる管制官の声にも動じない。
グランツは知っているのだ。何が、今、射出されたのか。それが、どこへ向かおうとしているのかを、彼は知っているのだ。
お膳立てはした。舞台も整った。さて、せいぜい楽しく踊り狂ってくれたまえ。