第三章 ブリーフィング。
そんな調子ではあったが、ユリウスが赴任して一ヶ月した頃。
アーケスティアとHMBA07-IAに出撃の指令が届いた。
「地球圏への輸送船襲撃」
それが、与えられた任務だった。
現在、火星は、地球の傀儡とも言える政権によって支配されている。大統領のマクシミリアンは、火星出身ではあるが、地球で学生時代を過ごしたことが強みだと公言する政治家だ。火星の実情を知り、地球との交渉も可能だというのだが、現実はそうではない。大統領をはじめとする政府首脳は、火星の権益をせっせと地球に売り渡している。
火星では、地球では作り出すことの出来ない物質が存在する。SPM=Substance Purified On Marsと呼ばれる合成金属で、これは、主に宇宙船やHMBAなど、宇宙空間で活躍する機体に利用されている。宇宙線に強く、気温変化での劣化もしにくい。宇宙開発初期のモビル・マシナリー・ロボットに使われていた金属に比べて、とてもかなり頑健な物質なのだ。そして、この宇宙開発に非常に貢献した新しい金属でもある。ユリウスが携わりたいHMBAの機体もSPMが存在するからこそ、開発、発展できた機体なのである。
SPMは、火星の強みとも言える存在なのに、政府はこれを安価で地球に下げ渡している。
この物質を武器に、地球と対等な関係になることもできるのに。
地球圏への癒着はそれだけにとどまらない。火星の衛星でもあるフォボスと、ダイモスは政府認可のもと、地球圏企業によるSPM精製の基地となっている。彼らが、そこで精製したSPMを何に使うのか。火星に暮らす者なら簡単に想像ができるのに。
火星の完全支配、植民地化。
地球に暮らす人々は、火星を下に見る傾向にある。
過去、地球における人口爆発により、あふれた人々が移り住んだのが、火星。その火星に暮らすのは、地球で暮らせなくなった貧しい人、一攫千金を夢見た者、お尋ね者など、そういったいわくつきの輩の子孫だ。彼らのようなものに、火星を委せておいてはいけない。正しき我らが火星を統制してやらねばならない。でなければ、火星は破滅の道をたどってしまう。
それが地球の人々の考えだった。火星の人々を対等になど見ていない。
だから、火星がどれだけ反発しようとも、反旗を翻そうとも、その力を持って弾圧をくり返す。
それでなくとも、火星は、まだ地球ほどに発展はできていない。この赤い大地を、完全にテラフォーミングを果たすのにはまだまだ時間が必要だ。物資も食料も資源も、何もかもが足りない。
それを、地球の人々は大したことと捉えず、火星の生み出した全てを搾取する。人口爆発の余波で、今だ地球も物資不足だというのだが、そんなのは地球圏で解決してくれと火星の人々は思っている。彼らに奪われるために、生命を削り頑張っているのではない。
ユリウスの所属する軍も、慢性的な物資不足に陥っていた。
軍と言っても、表立って地球と戦うことは出来ない。形だけ、火星にその自治権を認めているから軍が保有されているだけで、その内情は、ただの儀礼兵、もしくは警護兵でしかない。戦争をする必要がないのに、HMBAの開発など必要ないだろう。それが、火星政府の見解だ。
ユリウスが参加しているHMBA07-IAの開発は、軍内部でも一部にしか知らされていない、極秘に行われている計画だ。政府にすら知られることは出来ない。もちろん、そこに予算など分配されることもない。
そういった面からも、物資強奪は理にかなった作戦だった。物資が手に入れば、その分開発が進められる。
火星軍の仕業だとは、政府にも地球にも公然と知られたくないので、輸送船は、その護衛も含めて全て叩き潰すことが絶対条件である。ただ、やはり物資不足は否めないのが現状なので、作戦に投入できるHMBAも兵器も少ない。少ない戦力で叩き潰すには。一騎当千のHMBAの登場である。HMBA07-IAに出撃の命が出たのは、そういう事情からであった。
HMBA07-IA。通称、イーオケアイア。
アーケスティアの専用機は、特別な機体だ。
その機体は、彼女が己の能力を使うことで、最大限にその力を発揮する。普通の人間が搭乗しても、それは従来のHMBA07の性能しか引き出せない。
そういった意味でも、HMBA07-IAは特別であり、アーケスティアも特別な存在だった。
「いいかい、アーケスティア。この機体に内蔵されているAIは君の力を補助する役割を持っている」
出撃前のブリーフィングで、ユリウスは、何度も繰り返し言い聞かせている機体の説明を、アーケスティアに聞かせた。今、二人がいるのは母艦となった戦艦のHMBAの格納庫である。戦艦は、火星周囲宙域の監視という名目で宇宙に出ている。ヘルメット以外のパイロットスーツを着込んだアーケスティアに、最後の説明をしようと意気込んでいたのだが。
「AIのコード名は、MOIRAI。Mind Oneself Interactive Restration Artifical Intelligent。君の感情を読み取って対話することで、君のサポートするんだ。君とシンクロすることで、MOIRAIはその真価を発揮する。いいね、アーケスティア」
話を全く聞く素振りを見せず、ハロと戯れる彼女に、ユリウスは情報の表示されたパッドを見せることを諦め、大きく息を吐いた。
MOIRAIのサポートは、本当に素晴らしい。
このHMBA07-IAの最大の武器はパイロットの能力を活かした、精神感応式ミサイルである。しかしこのミサイル、精神感応式などという、ややオカルトチックな部分もあるせいか、かなりのクセモノなのだ。
HMBA07-IAのミサイルは一度に最大9発撃つことが可能で、ターゲットを追尾することも出来る。精神感応式というのは、一発ずつに、あたかもアーケスティア自身が乗り移って動かしているような、そんな動きができる、そういうミサイルだ。しかし、9発すべてに、というとさすがに能力に限界がある。通常、人は右手で○、左手で□を書くことが出来たとしても、同時に足で△を、口で ☓を書くことが出来ない。それだけ一度の命令を全てに伝えるのは不可能なのだ。それは、どんな人間であっても変わらない。
それをフォローしてくれるのが搭載AI、MOIRAIである。アーケスティアのこう動かしたい、ああしたいというイメージを、彼女に代わって全弾に伝える役目を担う。彼女に代わって、両手と同時に足や口にも命令を届ける、といえばわかりやすいだろうか。
だが、このAI、アーケスティアとの意思疎通が上手く出来なければ、何も伝えてくれない。アーケスティア自身がどうしたいのか、己の感情をAIに彼女が自分の手で伝達しなくてはいけないのに、それが上手くいってない。
薬剤投与されると上手くいくんだがな。
ユリウスは、あまりこの手段が好きではなかった。
無理やり、彼女の能力を引き出しているというイメージと、彼女の身体への負担を考えると、安易に受け入れることが出来なかった。
しかし、作戦のためと言われると、仕方なく認めるしかない。今回も、すでに彼女には薬物は投与済みである。
「話、聞いてるのか。重要なことなんだぞ」
「わかってるわよー、そんなこと。アタシを丸裸にして見せないと動いてくんない、イヤラシーAIが搭載されてるんでしょー」
「そっ…」
AIの機能は、言い換えればそういうことなのだが。
「エッチィAIよねー。ダレが設計したのかしら、このドスケベAI」
アーケスティアが意味ありげにユリウスを見た。設計自体は自分ではない。一応、今は開発にも携わらせてもらっているが、大元は養父であるラルフ・ヴェルナーだ。文句があるなら亡き養父に言ってくれ。
「まあ、いいわ。カールの為だし」
アーケスティアがモヴを手放した。無重力の中、ポーンとモヴが浮かび上がる。うっかりすると、どこまでも飛んでいきそうなので、ユリウスはあわててモヴを捕まえた。
「ねえ、ところであのカメカメは、もしかしてあのダッサイ色のままなの!?」
アーケスティアがHMBA07-IAを見上げた。つられてユリウスも見上げる。
HMBA07-IAはベースとなった、HMBA07と同じ色で塗装されている。宇宙空間で隠密行動も可能な、暗いモスグリーンの機体。そんなダサイ色だろうか。十分カッコいいと思うが。
「まあ、あの色だけど…」
「うっわ、ダッサ。アタシ、イヤよ、あんなジジくさい色。おっさん臭がしてくるわ」
アーケスティアが鼻をつまんだ。
「出撃までに塗装を変えといてよ」
「えっ、そんな時間ないだ…」
「でないと、出撃してやんなーいっ」
「まっ、待てよっ!!」
立ち去ろうとするアーケスティアを追いかけようとしたが、諦めた。多分、彼女がこう言い出したら、説得してもムダだ。これは、この一ヶ月の暮らしの中で得た経験である。
「じゃっあね~。アタシ、白い機体がいいな~。赤いラインも少し入れて」
アーケスティアが振り返る。
「アタシのコレと、オ、ソ、ロ、イ♡」
自分の髪に結んだリボンを指差す。無重力の中、赤いリボンが金の髪と一緒にユラユラと揺れていた。
意味がわからない。機体を白にすることと、赤のラインを入れることに、なんの意義があるのか。
「よっろしっくね~。技術士官さん♡」
完全に人をバカにしている。
…仕方ない。
今日だけで何度ついたかわからないため息を吐き出して、ユリウスは機体に向き直った。
塗料と時間、足りるだろうか。
結局、戦艦の整備班にも手伝ってもらって、塗装を終えたのは、目標である輸送船がすぐそこまで来ているという時だった。出撃予定の時間を大幅に過ぎている。
「うわっ、やっぱ、センスなーい」
急いで呼び戻されたアーケスティアの第一声はこれだった。
「なによ、後頭部だけ赤くしたら、そんなのトサカじゃんか。ニワトリ!?」
確かに、現在HMBA07-IAの後頭部は赤い。というか、そこだけが赤い。全体が白くなったので余計に目立つ。
彼女のリボンから連想した場所を赤く塗装したのだが。
「仕方ないだろ、塗料も足りなかったし」
「まあ、いいわ。カールの為だもの。こんなニワトリちゃんでもやってやるわよ」
アーケスティアがヘルメットを装着した。
「帰ってきたら、ちゃんと直してもらうからね」
ポーンと床を蹴って、機体へと飛び上がる。
「おい、待てよ」
慌ててユリウスも追いかける。
「お前、武器の仕様とか全然聞いてなかっただろ。出撃前にちゃんと説明するから、聞けよ」
「うっるさいなー。そんなもんテキトーでいいんだってば」
コックピットに収まったアーケスティアが、面倒くさそうに言い放った。ハッチを閉めようとするので、慌ててユリウスが手で押し留める。
「よくないっ。知らなきゃ使えないだろうが」
「知ってるわよー。こう、ウ~ンってイメージを送って、あとはズバババーンッて撃てばいいんでしょ」
左腕を伸ばして何かを射る仕草をした。狙うはユリウスだ。
「ズババッて、そんな簡単じゃないだろっ!! 予備のパーツとか、あと、作戦のことについてもだ」
「作戦もー、ビシビシーッて輸送船とかをやって、ドカカーンッてやればいいのよ」
楽勝よとアーケスティアが笑う。
なんにも考えてない。そんな態度だ。
「いい加減にしろよっ!!」
さすがにユリウスも頭にきていた。それでなくても塗装の件で作戦時間が押している。苛立つなというのが、無理な話だった。
「お前が適当なことをしたら、他の機体に迷惑がかかるんだぞっ!!」
作戦は一機で行わない。仲間との連携も必要なのだ。それなのにこの女は。
「少しはこっちの話も聞けよ。年上なんだぞ、こっちはっ!!」
「なによ、えらっそーに。アンタなんてカールに比べたらまだまだ子どもよ、ガキじゃないっ!!」
売り言葉に買い言葉だった。
「大人ってのはね、カールみたいなステキな人を言うのよ」
「だとしても、こっちは少尉だ。お前だって階級ぐらいはわかるだろうっ、トサカ頭っ!!」
傍で聴けば、もうこれは子供の喧嘩でしかないのだが、二人とも、その事に気づいていない。
「だからって何よ。ええ、そうよ、アタシは曹長だもん、アンタより下だわ」
ズイッとアーケスティアが身を乗り出した。
「だけどね、そんなもの、アンタがノロノロしてるうちに、さっさと追い抜いちゃうんだからっ!!」
「…二階級特進でもしてか!?」
「…そっ、そうよっ!! 中尉にでもなって、アンタを見下ろして、もっとコキ使ってやるんだからっ!!」
そう啖呵を切って、アーケスティアがハッチを強引に閉めた。ユリウスは機体から離れざるをえない。
やれるもんならやってみろ。
完全に頭にきていたユリウスは、今の言葉がどういう意味を持つのか、その時は考える余裕がなかった。
「今のは、あんまし感心しねえなあ」
アーケスティアたちが出撃してからしばらくして。作戦の顛末を確認するために訪れた戦艦のブリッジで、ユリウスは通信士から声をかけられた。自分と階級は同じであるが、少し年上の、イシイという男性だ。
「お前も、学校で教えられただろう。出撃時の心構えとか」
「はあ、確かに」
技術士官として、出撃する仲間を見送る立場の者として、その少尉の言わんとする心構えは学んでいる。
出撃時、たとえどんなわだかまり、いさかいがあろうとも、相手とケンカしたまま見送ってはいけない。…それが、相手との最期の会話になってしまうかもしれないから。ケンカが最期となってしまっては、絶対にお互いの心に悔いが残る。見送る時は、笑顔でなければいけないのだ。再び会える保証はどこにもないのだから。
わかっては、いた。しかし、つい頭に血が上ってしまっていた。
「…反省、してます」
二階級特進とか、確かに言い過ぎた面もある。二階級特進は、戦死して初めて出来る昇格だ。縁起でもない、最悪の見送りの言葉だ。
「と言うか、少尉、どうして会話を知って…」
「丸聞こえだろうが。回線オープンのままケンカしてるんだからよ」
「あ…」
思わず、自分のヘッドセットに手をやる。会話は、アーケスティアとだけでなく、他にも聞こえるようにセットしていたことを忘れていた。通信士という仕事柄、この少尉は全て聞いていたというのだ。
「まあ、彼女の態度から、ムカつくのもわかるけどよ。今回が初めての出撃だし。ここで、学校で学んだことをちゃんと身をもって体験していけよ」
「…はい」
「んでもって、彼女が帰ってきたら、ちゃんと謝ること。いいな、少尉」
「…はい」
ユリウスは、うなずくことしかできなかった。
イシイは、ユリウスから目を離し、自分の職務のため、コンソールパネルに向き直った。
「帰って、きたら、な」
小さく、イシイ少尉がつぶやいた言葉が、やけに胸に重かった。
アーケスティアたちの強襲部隊は、ほどなくして作戦を実行した。
彼女はまともに聞こうとしなかったが、本作戦の内容はこうである。
まず、アーケスティアの機体が、相手の索敵網に捕捉されない宙域からミサイルを飛ばす。ターゲットとなるのは、輸送船のブリッジ部分と、機兵がある格納庫、出撃用ハッチ、メインエンジン部分だ。輸送船の全てを破壊し尽くす必要はない。敵対する機兵が出撃出来ずに破壊されれば問題ない。
次に、機兵の出撃がないかを確認した上で、仲間のHMBAが輸送船に取り付き、資材を強奪する。アーケスティアの機体は、その間、万が一出撃した機兵がいないか、いたら再び追撃ミサイルでこれを撃墜する。輸送船に護衛艦がいた場合、これらの応対もアーケスティアの仕事だ。HMBA07-IAならば、索敵センサーよりも早く、敵を捕捉出来る。彼女の能力は、なにも追撃ミサイルを飛ばすだけのものではない。索敵能力においても、アーケスティアは優れている。直感ともいえる能力が、普通の人間より高いのである。
そして、仕上げは輸送船自体の破壊だ。これは、出撃部隊全員で行う。航行不能にするだけではない。輸送船自体が、そこにいなかった。それぐらい完膚なきまでに叩き潰すのである。これは、特段に非情とか残虐性を求めて行っているのではない。自分たちを見た者を残しておけば、誰が行った作戦だったかバレてしまうからだ。今の軍部としては、それは避けがたい行為だった。
作戦実行中、ユリウスは食い入るようにモニター画面を凝視していた。
HMBA07-IAは問題なく動いているか。AIとのシンクロは上手くいっているか。追撃ミサイルは、ちゃんと目標を捉えているか。周りに困難な敵はいないか。
そして。
アーケスティアは無事なのか。
出撃前、塗装だけでなく、HMBA07-IAの最終調整は万全を期したつもりだ。チェックでも異常は見られなかった。問題ない。そのはずだ。
しかし、ユリウスは落ち着かなかった。
ミサイルが上手く作動しなかったら!? AIとの間にトラブルが起こっていたら!? アーケスティアの能力が発揮出来ない状況にいたら!? 大群の敵が現れたら!?
不安は、心配はいくらでも心の中で膨らんでいく。
だからこそ、モニターに映し出される不鮮明な映像と、雑音混じりの音声に全身をかたむける。
「さあ、パーティーの時間よぉ」
耳障りなノイズとともに、異様なテンションのアーケスティアの声がユリウスの耳に届いた。
続いて、ジャキンッという、何かが展開する金属音。ミサイルポッドが開いたのだ。
追撃ミサイルのポッドはHMBA07-IAの左腕、弦のないクロスボウのような形状をしている。弓状であるのは、搭乗者に弓を射るイメージでミサイルを射たせるためである。
精神感応式追撃ミサイルなどという、不確定要素の多い武器だからこそ、誰にでもイメージしやすい形状が必要なのだ。
映像から見るに、弓は正しく動作して、左腕上にその姿を広げていた。第一段階、成功である。
「さあ、アナタたちは逃げ切れるかしらぁ!?」
HMBA07-IAが、左腕を上に伸ばす。右腕で、まるで見えない弦を引くような動作をして。
「ばあああんっ!!」
掛け声と同時に、追撃ミサイルが射出された。
全9発あるミサイルの内、7発が真っ暗な宇宙に弧を描いて放たれた。
全部一気に射出するのは、難しかったようだ。やはりシンクロ率がよくないのだろう。
ユリウスは、その状況にギクリとする。
しかし、放たれたミサイルは、光の尾を伴って、虚空に消えた。数秒後、モニターで映しきれない宙域で、何かの爆発、閃光が起こった。
このHMBA07-IAは、その弓から連想した言葉の略称である。Iocheaera=イーオケアイア。古代ギリシャの神話、月の女神アルテミスの別名である。「矢を射る者」。アルテミスの矢は、人々の突然の死を意味する。ミサイル発射のためのなめらかな動作と言い、その容姿といい、HMBA07-IAは、この名に恥じない機体だとこの時初めてユリウスは思った。死をもたらす女神なのに、美しいとすら感じたのだ。
だが、思わぬところから襲撃されるのだから、輸送船の乗組員にとって、この現代の矢は、まさしくアルテミスの矢であったに違いない。
ミサイルが、輸送船に命中したのか。かすかな爆発音が確認されると、仲間の機体が爆発物に素早く近づいていった。HMBA07-IA、アーケスティアはやや遅れて移動を始めた。
モニターに映されたのは、白煙を上げて停止した輸送船。周囲に機体の姿は確認できない。
火を上げているところもある。ブリッジやカタパルトなどだ。ミサイルは的確に目標を捉えていた。
少しだけ、胸をなでおろす。
しかし、それはつかの間だった。
カタパルトデッキは大破したものの、格納庫はまだ無事だったらしい。
熱と爆発で無残に圧し曲がった外壁を内側からこじ開けて、機兵が二機、這い出てきたのである。
地球軍の機体、BWM、チャリオットだ。
量産機ゆえに、強度など問題面はあるが、性能面で著しく劣っているわけではない。
爆煙に紛れながら出てきたその機体は、すぐ近くにいた強襲部隊の一機にターゲットを絞った。資材強奪に、つい意識を奪われていたこちらも量産機のHMBA -02、ヴァンガードの膝の辺りをライフルで撃ち抜く。不意打ちで膝から下を失ったヴァンガードは、輸送船の外壁の上でバランスを崩し、転倒した。その間に、もう一機のチャリオットが、そのヴァンガードに肉薄する。
その一瞬のことに、ユリウスは声も出なかった。
チャリオットの抜き放った細く長いサーベルがヴァンガードのコックピットを正確に貫く。短い痙攣の後、ヴァンガードは機動停止。そして爆発。
周囲にいた他のヴァンガードたちは、資材の強奪を中止し、チャリオットとの距離をとる。仲間が殺されたことに、わずかながら動揺しているのが見て取れる。
「なにすんのよっ!!」
叫び声と同時にミサイルを飛ばしたのは、遅れて到着した、アーケスティアである。
「こんのぉ、出来損ないのくせにっ!! ナマイキなのよっ!!」
追撃ミサイルがヴァンガードを倒したチャリオットを撃破する。もう一機のチャリオットは、間合いを取ろうと輸送船から離れた。
「ゆるさないんだからぁっ!!」
逃げるジムを執拗にミサイルが追いかける。
右へ左へ、上へ下へ。
遠くに近くに、画面で捉えきれないほど激しく移動するチャリオットを、ミサイルが追いかける。ミサイル一つ一つにアーケスティアが乗りこんで、執拗に追いかけているかのようだった。
「ほらほらほらほら、逃げてご覧なさいよ」
宙域を右へ左へ飛び回るチャリオットの動きを嘲るような、アーケスティアの声。
実際、彼女は、弄んでいるのだ。必死に逃げるチャリオットを。まるで、ネコがネズミをいたぶるように。先程と比べて、追撃ミサイルのスピードが遅い。
チャリオットも必死に応戦しようとライフルを撃つのだが、アーケスティアの意識が乗り移ったミサイルは一個も落とせない。ライフルの弾など、やすやすとかわしてしまう。
「なになに!? そんなの、当たんないんだってば」
普段の彼女以上に、攻撃的に、嗜虐的になっている。投与された薬物のせいだとわかっているが、正直、聞いていて気持ちのいいものではなかった。
「当てるってのはね、こういうのを言うのよっ!!」
追いかけていたミサイルが全弾、チャリオットに命中。前後左右からミサイルを受けた機体の、大きな爆発音が捉えられた。
「あーあ、つまんないっ」
アーケスティアの声はどこまでも非情だ。人一人殺したというのにその意識はなく、まるでゲームでも終わってしまったかのような、そんな感じだった。
これは、本当に現実のことなのだろうか。アーケスティアの声を聞いているうちに、ユリウスはそんな気分になった。感覚が麻痺しそうだ。
「ねえねえ、早くドッカーンッてやりたいから、作業済ませちゃってよ」
アーケスティアが残りの仲間に声をかけた。もう敵機が出てくる気配はない。彼女は早くも飽き始めていた。
そして。
資材を強奪し終えると、言葉通り、ドッカーンッとミサイルを輸送船に叩き込んだ。逃げる事もできずに、次々に誘爆を引き起こし、輸送船は大爆発した。後に残るのは、宙に浮かぶ、バラバラになった残骸だけである。
「はーい、ジ・エンド。任務完了っ!!」
声はどこまでも明るい。
それが、ユリウスには吐き気のしそうなほど、不気味なものに思えてしかたなかった。
戦闘中のアーケスティアが底知れない不気味な存在であったとしても、帰還すれば、出迎えないわけにもいかない。自分は彼女のメンタルサポートも任されている。HMBA07-IAに残された戦闘データにも興味がある。それに。出撃前のあの失言を謝罪せねば。
そう自分に理由をつけて格納庫に向かう。
ちょうど、格納庫では帰還したヴァンガードを収容する作業と、強奪した資材の固定に大忙しの状態になっていた。
ヴァンガードのパイロットたちの表情は、あまり晴れやかではなかった。悔しそうに唇をかむ者、涙を見せている者もあった。
仲間が一人、帰らぬ人となったのだ。
そのことを彼らとすれ違いざまに、ユリウスは痛感させられた。やはり、これはゲームなんかと違う。実際にあったことなのだ。
数人の研究所員たちと、ユリウスはHMBA07-IAのコックピットに上った。ハッチは開いていない。
もしや、何かあったのか。
不安を押さえきれずに、強制的にハッチを開ける。
「な、によ」
苦しそうな息をしながら、アーケスティアがこちらを睨みつけた。
「勝手に、開けないで、よ、スケベ」
呼吸が浅い。薬が切れてきているのか、蒼白な顔に汗が滲んでいた。金の髪が額に張り付いている。
「そこから出てこれるか。早く休んだほうがいい」
今は、謝罪だの、戦闘データだの言っている場合ではなさそうだ。
「んっ、わかって、る、わよ」
言葉とは裏腹に、彼女の動きは緩慢だった。
ユリウスは下に降りるために、彼女に肩を貸す。普段なら、絶対拒否しそうなことだったが、今回は、すんなり受け入れられた。
それほど、身体がツライのだろう。言葉はどこまでも強気だったが、身体は限界に近いのだ。眉間に刻まれたシワが苦痛の酷さを物語っている。
「彼女に、早く鎮痛剤の投与を…」
機体の足元にいた研究所員に声をかけた。
しかし。
「いや、この場合のシンクロ率は75%、プラスマイナス3といったところか」
「しかし、薬剤投与で得たシュミレーションデータに比べて、この結果は悪くない」
など、研究所員同士、HMBA07-IAに繋がれたパネルからデータを読み取るのに夢中で、誰もユリウスの話を聞こうとしていなかった。アーケスティアの様子を心配する者は一人もいない。機体のデータ以外に関心がないといった風だった。
なんなんだ、これは。
研究所員に軽く怒りを覚えながら、アーケスティアを運んだ。
無重力空間のせいか、彼女の華奢なカラダは、羽根のように軽かった。
結局、アーケスティアが元の状態に戻れるようになるまで、3日は要した。
戦艦から研究所の自室に戻っても、彼女の容態は回復せず、ずっと鎮痛剤だの睡眠導入薬だの、非定型向精神薬だの、素人にはわからない、そういう薬が何種類か投与された。それも、複数の薬を多量に、である。さすがに心配になって口をだしたが、やはり「問題ない」の一言で返された。
実際、薬を投与されたあとは、アーケスティアの苦しみは軽減されるらしく、呼吸も落ち着いて、静かに眠れているようだった。泥のように眠るという表現があるが、この時のアーケスティアの眠りは、まさしくそんな感じだった。
逆に、次、目覚めることがないのではないかと、見ているこちらが不安になるほどだったが、3日過ぎた朝、唐突にアーケスティアは目覚めた。
心配した分、目覚めてうれしかったのだが、彼女の開口一番、「寝てる間に変なことしてないでしょうね、ヘンタイ」にその気分は吹き飛んだ。心配をかけたんだから、もう少しいい言葉はないのか。まあ、彼女らしいセリフではあったが。
「本当に、身体は問題ないのか!?」
起き抜けから、普段どおり動き出したアーケスティアに問うた。
「んー、全然平気」
いつも通り、モヴをいじる。モヴもパタパタとシッポを動かして応じる。
「それとも何!? アタシのカラダに何かあってほしいワケ!?」
「そういうのじゃないっ」
「アタシに何かあれば、検査とか言って、あーんなことや、こーんなこと出来るもんねー。このネスケベ」
「なっ、ばかっ。そういうのじゃないってっ!!」
顔を真っ赤にして抗議する。出撃前、帰投後の大量の薬物投与。その影響を心配しているのに。薬に薬を重ねるこの現状を憂いているのに。
「平気よ。カールのためなら何だってするわ」
まただ。
彼女はいつも、「カールのため」と言う。
その言葉と、何かを思いつめているかのような眼差しに、ユリウスにはそれ以上何も言い出せなかった。




