13
空羅が寝静まった後、峡夜はどこか違和感を感じていた。まだ蕨が帰ってこないのだ。
「いくらなんでも遅い……」
そう呟いて、峡夜はゆっくりと家の扉を開けた。冷たい風が吹き付けて、思わずぶるりと震える。峡夜は鳥肌が立つような嫌な空気を感じていた。
雲神のところに行こうとも思ったが、真夜中だったので諦めて寝ようと扉を閉めかけた時だった。
向こうから人が歩いてくるのが分かった。月や星がキラキラと輝いていたので、まだかなり遠くにいるが確実にこちらに向かっている。この辺りにあるものは俺達の家しかないのだ。もしかすると蕨はあの男に人質に取られているのではないかと考えた。空羅を起こした方がいいかと思われたが、下手に刺激すると空羅があの男を殺してしまうかもしれない。
峡夜は話を聞いてみることにした。そして、その男に向かって歩き出した。二人の距離が段々近くなっていく。すると、男がこちらに向かって走ってくるではないか。峡夜は焦って頭を覆って目をつぶった。
もう男が目の前に来ていた。
「峡夜、何してるんだ?」
聞いたこともない声だった。恐る恐る目を開けると、チャラそうな男が立っていた。薄黄色に近い金髪で髪を後ろで結んでいて、ぴょんと後ろから髪が出ていた。峡夜よりも背の高い男はじっと峡夜を見下ろしていた。
「ど、どちら様ですか……………」
「え?」
男はキョトンとしていたが、やがて口を開いた。
「あぁ、峡夜には言ってなかったか。蕨だよ。人間の姿に化けることも出来るんだ。」
「え、わ、蕨!?!?」
蕨を攫ったと思っていた男が実は蕨だったのだ。こんなチャラい男俺は知らない……
「ど、どうせ嘘だろ!?」
蕨は呆れたように峡夜を見ていた。この呆れたような顔は狼姿の時と全く同じ表情だった。すると、蕨がクルッとターンをした。そして、気付くと見慣れた狼姿の蕨がいた。
「うおぉ…」
峡夜から絞り出したような声が出た。そして、蕨はチャラいという印象がなぜか峡夜の中で生まれていた。そんなこと知りもしない蕨はゆっくりと喋り出した。
「話があってここに来たんだ。」
その蕨の表情はいつになく真剣だった。
「あぁ、分かった。寒いから中に入ろう。」
峡夜がそう言ったのに蕨はフルフルと首を振った。きょとんとした峡夜が突っ立っていた。
「どうしたんだよ?」
「俺は雲神に怪しまれたからここにはいれない。お別れだ。俺は…死界に帰る。お前達もこのまま神界で幸せに過ごせ。それが一番だ。こんな汚い心を持った俺が神界にいるべきじゃなかったんだ。またいつか会えるといいな。」
「ちょっと待てよ…!勝手に決めるなよ…空羅の気持ちはどうなるんだよ!」
「仕方ないだろ…雲神はこれを望んでる。雲神が望んでるってことは神界が俺を拒んでるって事なんだよ。お前も分かるだろ?」
峡夜は黙ってしまった。この百年ずっと三人で一緒だったのに突然別れが来たのだ。
「俺がいなくなっても空羅…あとヒュノスを頼む…」
「ヒュノス?誰だよそれは…あと空羅に会ってから死界に行けよ!なぁ!なんとか言えよ!」
……………わん。
蕨は悲しそうに吠えると、峡夜を突き飛ばした。
「……っ!蕨…まて……」
蕨はそのまま振り返らずに走り去ってしまった。
こんなに明るい夜なのにすぐに見えなくなってしまった。峡夜は心に穴が開いたような気分だった。
明日空羅になんて告げようか…ついた土を払いながら峡夜もまた家に戻っていくのだった。




