〜出会い〜
あれは、春の暖かい日だった。
桜は風と共に旅に出て、土の中で眠っていた草花や生き物達は目覚める。
「あの、コレ…落としましたよ」
「ありがとうございます…あの」
何も言わずに去ってしまった彼は、絵の具だらけの手で私の財布を拾ってくれた。
大学生になった私は素敵なキャンパスライフが送れるとばかり思ってたけど、そうは上手くいかなかった。
何かと緊張するからである。
「さっきの人…美大生かぁ」
私の大学の近くに美大がある
多分彼は美大生に違いない。多分。
私も美大生を夢見たけれど、お金がない分行けないのでやめた。
大学入れるだけ全然いいけど。
「それにしてもさっきの人カッコよかった…。」
私は生まれてからずっと彼氏など1人も出来なかった。でも、いなかった分作りたいと言う願望は強かったがために惚れやすい性格になってしまった。
それに彼氏はいないけど、告白なら過去に一回だけした事がある。初恋は実らないって本当だった。
私はひどい振られ方をした。それで、少しだけほんの少しだけ…、男性が苦手になった。
「…それで、ここはこうで…」
どうも昔から数字に弱い。何を言ってるのかさっぱりわからない。
「はぁ…つまんないの…ボソ」
夏の暑さのせいか、分からなくって苛立っているせいか頭が熱い…痛い。
「あ…、あの人さっきの人だ。」
教室の窓から見えるカフェに先ほどの彼が入っていくのが視線に入った。
(あの人、あそこに毎日通っているのかな。)
もう私の頭はややこしい数字から彼の事でいっぱいになった。
カランコロン…
「いらっしゃいませ。」
丸いメガネをかけたマスターが眩しいほどのダンディな笑顔でそう私に言う。
「あ、あの、先ほど来ていた絵の具だらけで長髪の1つ結びした人って良くここに来るんですか?」
「絵の具だらけで…1つ結び…あっ!もしかして、虎汰くん?(こた)」
「た、多分その人です!」
「なんだあいつか〜!それでお客さんは虎汰くんに用があるんですか?」
あ、私としたことが。聞いたはいいけどまるでストーカーみたいじゃない私。
でも何だか不思議だわ。今までと違う何かが、私の中でざわついている。
「用ってわけじゃないんですけど、今朝にお財布を拾っていただいたのでお礼をしたくって…」
「虎汰くんが拾ったの…か?あいつが…。」
マスターの表情が明るくなった。
「そうか、ならお礼をした方がいいな!お客さん、虎汰くんが来たら伝えとくから明日の12時半にまたおいで」
そう暖かな笑顔で言った。
「今日は雨かぁ…」
昔から雨が好きだ。雨の時は静かで色々忘れられる。考えるときにも癒しになってくれる。
「そういえば12時半なんだよなぁ、来てくれるかな…」
20分も早く来てしまった。
今日は授業も早く終わり、何だか時間が焦っているような気がした。
カランコロン…
「いらっしゃい、虎汰くん例のあの子はいつもの席に座らせたよ」
「ありがと、マスター」
とても低い甘い声が聞こえた
「遅くなってしまい申し訳ないです。」
今は12時15分遅くなったわけじゃないのに謝るのが少し気に障った
「あ、いいえ。私が早く来てしまっただけなので謝らないでください!」
「…」
「…」
空気が鉛のように重い
けれどやっと私の口が開いた
「お財布拾っていただいたきありがとうございました」
「いや、いいんですよ。それに俺急いでて、君が何かを言おうとした前に行ってしまった。」
「気にしてませんよ!あと私の名前 雨宮 雫です(あまみや しずく)」
自己紹介を忘れていた。
最初に名乗っとくべきなんだろうけど、彼の顔をまともに見れない。今まであった人一番にかっこいい、男前、外国人みたい。それにいい匂いがする。けれど油絵の具の匂いも混ざっている。
「雨宮さんね。俺は虎汰、夜桜 虎汰」
苗字が夜桜の人初めて聞いた。顔とギャップがありすぎてキュンとするこの気持ちはなんだろう。
「夜桜さんって言うのですね。夜桜さんは美大生なんですか?」
「虎汰でいいよ」
いきなり呼び捨てはエベレストよりもハードルが高い
「え、あ、じゃあ…虎汰さんで!わ、私も」
声が裏返ってしまった。耳まで真っ赤だ、絶対。恥ずかしいさで胸がはちきれそう。
「…私も、雫でいいです」
あーあ嫌われた。絶対に嫌われた。恋愛運なさすぎてもう号泣しそう。
「ふっ…ククッ、そんなに緊張しないで」
「えっ?」
笑った?今笑ったのか?笑ったよね
「敬語も硬いから、やめよ雫」
「あ、え、あっうん!」
何だろうこの気持ち
「雫はx大生でしょ?」
「そうだよ、私もB大に入りたかったけどお金なかったから妥協しちゃった」
本当はすごく行きたかった。両親も泣きながら私にごめんねとしか言ってくれなかったことの悔しさは今でもこれからも忘れられないだろう
「…そっか。俺の家は裕福だからどこでも行かせてくれた。自慢になるけど頭もいいから親はT大だのK大には入れってうるさかった。雫も歯食いしばって我慢してるんだな」
きっとあえて行かなかったのか、反抗するために行かなかったのかどっちにしろ虎汰さん自身も苦労をしているんだな。
「なんか、ごめんなさい…。」
「雫が謝ってどうする。俺はただ…俺の汚いところを見せてるだけだ。」
汚いとは思えなかった。むしろすごいと思えた。
「ううん。汚くなんかないよ。この話はやめよ!そうだね…何の絵描くの?」
空気が重くなるから話題を変えた。
「そうだな。空想の世界とかを描いてる。実際にありそうでない感じの」
さすが美術家、想像力が高い。
「すごいね!今度見せてよ!あ…やっぱいいや、ごめん気持ち悪いねっ!」
「…よ。」
「ん?なんか言った?」
「いいよ」
「え、いいの?!」
いきなり見せてって言うのは流石に気持ち悪いと思った。次も会うって言ってるようなもので、でもいいの?私はこの気持ちを捨てなければならないのに
捨てられなくなってしまう
「いいよって。なぁ、スマホ貸してくれない?忘れてさ。電話かけたいんだ」
「あ、いいけど」
電話?いきなり?ちょっと自由奔放すぎてついて行けない
「……はい。これ俺の電話番号。9時〜12時は絵描いてるから電話かけてくんな。それ以外だったらいつでもかけていい。そして絵見たいときに言えよ」
「あ、ありがとう…。」
「もうこんな時間か、俺このあと用あるから先帰るわ。またな」
「あうん。またね…」
ボー然とする最中何も考えられなかった。今起きている状況そして、これから何が起こるのか。
嵐のような彼が過ぎ去って残ったのは彼の電話番号と言う大きな障害を目の前に私は慌てふためく。
これが最初の出会いである。