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さん

誰もいない夜の美術館


一枚の絵の前に佇む、有名ブランドの服を身に着けた男。


正直、全身ブランド物を身にまとうそのコーディネートはどうかと、普通の人間ならば思われるだろう。


しかし、彼の横顔。あまりにも美しくこの世のものではないとしか思えないその彫刻じみた作りの顔で、全ての印象は決定する。



思わず息を飲んだ私に、男は気が付いたのかゆっくりと振り返り、こちらを見て微笑んだ。


私が鞄を開けたので、何かを警戒したのか、


「ごめん撮影はちょっと。」


という彼に、



「じゃあ、模写なら大丈夫よね!!!」




そう私は言い捨てて、返事も聞かずにスケッチブックと鉛筆を取り出し、目の前の彼を見つめながら、ひたすら鉛筆を動かした。




「俺、動かないほうがいいのかな?」



誰かに描かれるのが初めてなのだろう、困惑する彼に、そのほうが助かる旨を伝えると、また絵の方を眺めた。



「やっぱり、君はおもしろいや。」

今俺たち初めて会ったのに、互いの名前も、どうして閉館した美術館で俺たち会えたのかも、君は何も聞かないんだね。




彼が、苦笑しながら話した言葉を、改めて思い浮かべてみるが。私の中でそんなことは重要ではなく、最優先事項は目の前の彼を作品に仕立てることだ。




そのまま数分が経ち、簡易なスケッチを終えて顔を上げると、彼もそれに気が付いて、近寄って私のスケッチブックを覗き込んだ。



「わあ、鉛筆でこれはすごいや。」

流石プロ。



にこにこと笑いながらご機嫌モードの彼に、私はスケッチブックを切り取り、書いたものを差し出す。



「いいの?」



とっさの行動だったが、彼は驚いて、しかし私が頷くと、嬉しそうに受け取った後、ベンチに座りながら、手にもってじっくりと眺めている。

私は描くことが好きだが、記録に残そうとはさほど思えず、こうやって書いたものを無理に形にのこして世間に公表しようという気があまり起きない。


それを言うと、ビジネスチャンスを逃すことになるとか言ってくる編集者たちの顔が浮かぶが、あくまでプライベートのちょっと絵がうまい女子高生の落書きだ。



あくまで私は、「彩はるか」の後継者で、彼女の物語の続きを書いているだけなのだから。


そんなことを思いながら、一気に何かを書くのは久しぶりということ、大きな仕事が終わったばかりで、疲れ気味ではあったことを今更思い出し、息を吐いて、自販機でも行こうかと立ち上がる。



「この時間だと、自販機は稼働してないよ。」



そう言って、彼は私の手を自然に取ると、エスコートするようにどこかに歩き出す。


抵抗することも忘れて、私は彼の顔を眺めていた。

母親の職業もあってか、見目のいい男性は、二次元も三次元も正直見慣れているが、彼はその全てを超越した美しさで、本当に同じ人間なのか悩むくらいだ。



彼に手を引かれてたどり着いたのは、美術館併設のカフェで、と言いながら営業時間は終了しているはずなのに、なぜか店員が待機していて、私たちが席に座ると、待つことなく、コーヒーと紅茶が運ばれてきた。


「晩御飯まだでしょ?」


何食べる?と言いながら紅茶を手に取りメニューを見ない彼は、常連なのだろうか。


「モデルのカフェと同じ内装だけど、味はこっちのほうがおいしいよ。」

特に夜は、絵のままだから、最高。



彼の言葉に、黄色と紺色のカフェテラスの絵を思い出す。

ひまわりといいこれといい、彼はあの有名な画家を愛しているのだろうか。



とりあえず、野菜と炭水化物が一気に取れそうなサラダを指さして彼を見ると、


「わあ、女の子って、男の前で食べ方に気を付けるからあんまり大皿頼む子っていないよね!!」

しかもにんにく入りだし!!



と、こちらをバカにしているのか煽っているのか分からない言葉を笑顔で言われて、しかし取り下げる気も特に起きなかったので、そのまま無視して店員さんを呼んだ。



呼び出された店員さんは、慣れた様子で私の注文を聞き、彼の顔を見ただけで伝票に何か書き込むと厨房に帰って行った。

きっといつものメニューでもあるのだろう。


外は見事な新宿の夜景で、ビルの高層階にあるこの美術館は、この夜景を売りにすればもっと来場者が増えるのではないかと考えたけれど、確か大企業の事前目的が大きい美術館であったことを思い出し、まあ自分には関係ないかと顔を前に向けてコーヒーを飲んだ。



「いいなあ、俺今もコーヒー飲めなくてさ。」

あと、お酒も。酔うのは好きなんだけど、味がね。



彼の嗜好の告白を私はただ黙って聞いている。

そのまま、彼のくだらない話で終わるならば、それでもいいと何時もなら流せた。



しかし、彼は知っているのだ。

私の母が他殺ということを、私以外見てないはずの、その幻覚を。



「それで。私に何をして欲しいの?」




私が急に本題に入ったことに驚いたのか、身じろぎして、


「俺のこと、何も知らないよね?」


そう言って、私をじっと見た。




「別に、貴方が現実でも夢幻でもなんでもいいの。ただ、母の事が知りたいだけ。」



私の言葉に、彼はにやりと笑う。

やはり、母は他殺だと送ってきたのは彼なのだろう。

母の死因の幻を見続けた私の、今現在の唯一の手掛かりだ。

彼もそれを知っているならば、私が見たものは、私だけの幻ではないのだろう。少なくとも。




目の前に、注文されたサラダが置かれる。

彼の前にはフライドポテトとステーキといういかにもジャンキーな食事が置かれて、小声でいただきますと言って私が食べだすと、彼もいただきますと、私と違って大声で言うと、性急に食べだしたので、お腹が空いていたのだろうか。



そのまま二人、無言で食事を食べる。




先ほどから話は止まったままだが、不思議と急かそうとは思わなかったのは、私と彼のいる夜のカフェテリアがなんだか時間から取り残されたようで、永遠に続く夜のように思えたからだろう。



私はお米を食べないと満腹になれないが、帰りの電車の事も考えて、デザートは辞退した。


「タクシー代くらいは出すよ。」



彼はそう言ってマカロンやらイチゴのタルトなどを頬張るが、まだ終電間に合うのに安直にタクシーを使うのは、よっぽどのセレブだろう。

まあ、私も一応芸能人の娘てことでセレブ気どりをしていい人間ではあるらしいが、家庭での母は一般的な金銭感覚で私を育てたので、イマイチ慣れない。





「君のお母さんを殺したのは。俺のグループのメンバーと、その彼女の女子高生魔法少女だ。」




イチゴをフォークで刺しながら、彼は天気の事でも話すように、何となく言ってのけた。



おかわりをもらってコーヒーを飲んでいた私は、その自然さに一瞬気づかず、しかし、彼の眼の色が、一層深くなったのを見て、冗談ではないことを悟り、カップをテーブルに置く。




「女子高生は皆魔法少女で、俺たちは彼女たちの正体を知りながらサポートしている。だから、俺は表立って動けない。」



彼の言葉が頭に入らない、何を言っているのかもわからない。それを伝えようと顔を上げたら、制するように視線を私に向けた。



「君はもう知っていたはずだ。だから俺が呼び出すことも分かっていた。君はずっと調べてたからね、彩先生が死んでから、映画の関係者全てを。」



彼の言葉に、私の動きは止まる。


生前の母はそれなりに人脈とコネを持っていて、私も忘れ形見の執筆者として出版社に守られている。

だから、調べるにしても、私の個人情報は漏れていないはずだった。

世間は、彩はるかの娘の存在も、そして、その娘がここ何年かはほぼ漫画の本編を書いていたこと。そんなこと知るわけない。



「俺に抱かれたくて、色々教えてくれる女の子が、星の数よりいるからさ。」




全く悪気もなく言い放つ言葉に、私は敗北を実感した。


この男には、隠し事はできないのだろう。




そして彼は、私をみて、冒頭のはじまりのひとことを、悪魔のようにうつくしい笑みで、私に提案してきた。





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