いち
「僕は君に無理はして欲しくないんだよ」
目の前の、スーツに眼鏡姿だが、清潔感のある、実直さをそのまま擬人化したような男、赤崎風太郎は私から渡された進行表を見て、苦笑気味に笑った。
時刻は朝8時、この時間はちょうど通勤ラッシュということもあり、世界的チェーンコーヒー店の客は、いつ帰るのか分からないタブレッドやネットブック持ちや、無駄に書店で購入したようなオシャレ文具で勉強する、そんな意識が高いのだか低いのだか分からない人々しかおらず、私のような、新設私立校なのが分かりやすい制服の女子高生は、目立つ存在でしかない。
しかし、制服で日中歩いていても、補導など一回もされたことない身としては、何も気にすることなく、はなから持ち帰り用に入れてもらったマイタンブラーを握り締めて、席を立つ。
「もう行くのかい?」
赤崎の発言に、遅刻したくないからと返事するが、
「いままで君がそんなこと気にした事あったかい?」
とバカにするように言ってきたので、青少年の健全な生活を阻害してくる悪い大人と煽って、彼を放置して、そのまま店を出た。
数歩でホームにたどり着き、始発駅なので、並べば座れる私鉄路線に乗り込む、目指す学校は、終点の駅に近いのでなんだかんだ学校まで1時間はかかるだろうと見て、ラインを開いて遅刻の旨を報告する。
報告相手と言っても、一人の女子しかおらず、好きなアイドルのロゴをアイコンにした彼女からは、既読がすぐ着いたあと、しばらく経ってから
「休みじゃなくて遅刻の連絡なんて珍しいね」
と返ってきた。
よほど皆、私が学校嫌いだと思っているようだが、そんなことはない、単に最近は、仕事のせいで家から動けずにいただけだ。
電車が動き出して、私は漫画無料アプリを起動する。
目当ての作品は、本日更新とトップページにてでかでかと掲載され、更新から数時間しかたっていないが、コメント欄にはたくさんのコメントが書かれている。
「最高です!待ってました!」
「塩田くんに勝ってほしい!!」
「私は北川さん好き♡」
なんて普通のコメントが多いのは、会員制アプリであり、読者層も、アプリでしか漫画を読まない世代だからで、匿名掲示板やSNSはもっと露骨な批判や過激なカップリング論争が起きているはずだ。
そこらへんはエゴサする気力も起きないので、後でまとめサイトに載るのを昼休みにでも見るとして、いつの間にか学校の最寄り駅にたどり着き、降りる人が少ない中、人をかき分けて駅に降り立つ。
電車を降りてすぐ、反対側のホームの巨大広告が目に入る。
1人の袴の少女を挟むように立つ、2人のイケメンの絵と、その隣に全く同じ構図で、似た衣装で立つ三人の現実の人間。三人とも、普通にお目に掛かったらびっくりするレベルの美形で、特に男性二人に目が行く人がほとんどだろう。
ドラマ映画も発表されたが、事故と災害が重なり、一時期はお蔵入りとまで言われたが、一年の空白の後にやっと日の目をみることとなった、大人気伝説的少女漫画
「ドアのまえのあたし」
その最新話で、未完成原稿が、まさか私の学生鞄に入っていることなんて、そして、作者が竜巻による事故で死んだあと書き続けるアシスタントスタッフが、このなんの変哲もない女子高生だなんて、きっとこの駅に今いる人たちの誰一人も、気づくことはないだろう。
私は笛木 結花 高校2年生。17歳。
伝説の人気漫画家「彩はるか」の名と血を継ぐ唯一の存在だ。