14(くらいがいちばんちゅうに)
「いつもキスシーンのあと場面飛ぶのは、余韻を持たせるためなのかい?」
昔赤崎に指摘されたところだ。
彼のような一流大学卒で綺麗な彼女にも恵まれた上位の人間には、きっとキスして恥ずかしいなんて感情はないのだろうが、私は昔から恥ずかしくて仕方がない。
というか、あの間が苦手なのだ。行動によってはすべてが崩れてしまう均衡の中お互いが相手の出方を探っているようなあの空気が私は昔から耐えられない。
だから、キスした後、平然とモニターに向き直って、表情の見えない楓に、私はどう話しかけるべきか何も言えずに椅子に沈み込んだままだった。
部屋の外からは、少年の叫び声がしばらく聞こえ複数人が出入りする足音がした。本当は私の知りたいことはそっちにあるのに、体の全てから力が抜けきったように動けない。
「その椅子寝ても大丈夫な設計になってるから、疲れてるなら寝れば?」
モニターから視線を外さずに、楓はそう呟いて、ふいに立ち上がると、私に出していたカップを手に取り、コーヒーメイカーから新しいものを入れて、また目の前に置いた。
寝ろといっておきながら、カフェインを取らせる不可解な行動に、彼の真意を掴めず、とりあえずは飲みこむ。
「・・・睡眠薬とか疑わないんだ。」
楓の呆れたような声に私も同じトーンで返す。
「飲んですぐ効く薬なんてないのは、漫画家の私ですら知ってるわよ。」
第一自分は、翼を授けるモンスターの常用者で、ミントタブレットの代わりにカフェイン錠剤をかみ砕くのが締め切り前の日常行動だ。並大抵の薬では、私を眠らせることはできないだろう。
だいたい、私に無体を働いて困るのは彼の方なくらいには、母の権力はまだ残ってるはずだ。それを守るために、私も作品を書き続けてるところもある。
コーヒーを置いて、機材だらけの部屋を改めて見まわすと、スポーツ選手のビブスのレプリカや、個人での賞やトロフィー、著名人との写真の間に、小さな本棚があった。
椅子から立ち上がり、置かれている本を見てみる。有名大衆小説や聖書や哲学書の横に、有名バスケ漫画や忍者漫画が全巻置かれていたりと乱雑な棚の中に、見慣れた背表紙を見つけて、私は思わず息を飲む。
「彩先生に取材を受けた時、嬉しかったのは俺の方だったよ。ずっと読んでた漫画の作者さんだから。」
振り返ると、いつの間にかこちらを向いていた楓が、照れくさそうに笑っていた。
本棚の一番目立つところに、母の少年漫画挑戦作で、もちろんベストセラーにもなったSF少年漫画が、綺麗に全巻並べられていた。
私は思わず彼に背を向けて、唾を飲み込む。
さっき彼としたキスのときよりも緊張した気持ちで、頭の中で言葉を整理して、口に乗せる。
「どうだった?最後まで読んで。」
私の声は震えていないはずだ、冷たくなる指先を握り締めて、今すぐ逃げ出したい気持ちを必死で抑えながら、永遠のような間を、ひたすら彼の言葉を待った。
「きっと全てを超えて、なにもかもが違くても、2人はまた会えたんだって。正直感動した。」
彼の言葉を、受け取って、意味を反芻して、そしてやっと理解して。私はとても泣きたくなった。
彼は知らないだろうけれど、最終回は、私がゴーストライターになってから、初めて、書いた、私自身の解釈の最終回だったからだ。




