はじまりはじまり
「僕と契約して、魔法少女を殺してよ。」
目の前の、彫刻のように整った人外としか思えない美しい男は、外見を裏切る低い声で、楽しそうにそう言った。
私は、一息ついて、カップをかき回すスプーンを置く。
溶け残った砂糖の残滓がなぜか不快に思えて、イライラする。
「私がその提案、飲むと思ってるの?」
目の前の男が自分より年上だとは分かっているが、敬語を使わずに問いかけるが、彼はただ笑うだけだ。
「飲むよ。だって納得せずに、1年間ずっと追い続けて、そして俺たちにたどり着いたんだから。君は。」
彼の言葉に、私はぐっと唾を飲み込み、思わず視線を逸らしてしまう。
そうだ、目の前で起きたことが、なぜかなかったことになっていて、最初は自分でも頭を疑い、周りの人も治療とカウンセリングを勧められて、今まで受けてきたが、やはり、自分が見たものは嘘だとは思えず、独自に動いて、そしてたどり着いたのだ。
彼ら、人気イケメンアイドルPlutoと、彼らに密接にかかわる女子高生たちに。
「なんで、私に頼むの?」
貴方なら、自分の手を使うなり、他の使える手なり色々持ってるでしょう?
私の言葉に、彼は今日一番の微笑みを見せた。
「だって見たいじゃん。自分たちは無敵で万能だと思っている恋愛脳たちが、何の力もない女子高生に簡単に殺される姿。」
彼はそう言って、まるで夢見る乙女のようにうっとりとした目つきで何やら想像している。
私はため息をついて、誤解を解くために口を開く。
「あくまで私は、お母さんを殺した人を殺したいだけだから。貴方の恨んでる相手を全員殺すわけじゃない。」
そうだ、あの日、初めて行った古都で、目の前で何者かに刺されて絶命する、「彩はるか」というペンネームで活躍している漫画家であり、ワイドショーのコメンティエイターも行っていた、私のお母さん。
相手の姿は覚えていない、確か男と女がいて、私が何かよく分からないものに絡まれて、そして気が付くと、あたりは突発発生した竜巻による災害で瓦礫の山で、母は、避難所である体育館に、遺体として運ばれていた。
解剖の結果、崩れた建築物の破片で貫かれ絶命したと診断されたが、確かに私は見たのだ。
母の体に、突き刺さるナイフを。そしてそれを気にせず見つめる男女を。
母は殺されたのだと、今でもはっきり言える。
そんな当時を思い出していた私は、いつの間にか砂糖が溶けきってぬるいコーヒーをずっとかき混ぜていたようで、目の前の男は、何が楽しいのか微笑んで私を見続けている。
「君は、彼女たちを殺すよ。」
なぜか確信じみた口調で、彼は私に断言した。
これが私と、偽物のアイドルたちの、単なる憂さ晴らしの物語の始まりである。