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ファンタジー・プロフ

しみ地味テイマー

作者: 久賀 広一

私は、『べラクール』という国にある、鳥魔獣レンタルサービスの店長である。


レンタル ”遊行園” のあるじ、エイリ=マクダウェルという名前はあるが、大抵の人は、私のことを”マスター”と呼ぶ。


もちろん、冒険者などにいる 猛獣使い(テイマー) にモンスターを貸し出す店長だから、ということもあるけど、この場合はそれ以上に、『ホワイト・グリフォン』を手なずけた者としての功績だろうと私は思っている。


皆が「絶対に不可能だ」と言っている魔物を手なずけるのは、私たちのような人種にとっては何よりの偉業なのだ。


「ーー マスター。今日は、森林の探索用に『ハインド・ウルフ』が、西の荒野を渡るために、『イーグル』が貸し出されました。共に、二週間ほどで返却の予定です」

「ありがとう」


受け付けの奥から、ひょいっと顔をのぞかせると、立ち姿の綺麗な女の子が声をかけてきた。


・・・彼女は、私の 魔物パートナー たちを世話するために雇った、従業員である。


他にあと二人いるが、比較的高い給金を払っているので、皆が熱心な仕事ぶりを見せてくれている。


「今日はもう上がっていいわよ、ルーちゃん。夕食エサ と水やりは、終わったんでしょう?」


「あっ、はい。事務所の掃除は、昼に早引けしたカンナ先輩がやっていってくれました」


そう、と私はうなずいて微笑む。

まだ28歳だというのに、私の商売は、怖いくらい順調だ。


ーー この世界で冒険している 猛獣使い《テイマー》 は、多くがパートナーとして固定された魔物を使役するため、時には苦手な場所が生まれるーー


いくつかのパーティーを渡り歩いてきた私は、その経験から”レンタル鳥獣”を始めたのだ。


主に鳥系のモンスターの扱いがうまかったこともあるが、これが旅人たちに大人気となった。


笑い者にする人間もいくらかはいたが、私は基本『賢い子』しか使わないので、ほとんど素人のような者でも、店の子たちを有意義に活用することができるのだ。


例えば ーー せまい洞窟なら、敵との距離をつかむセンサーが鋭い『鏡面蝙蝠ミラー・バット』。


だだっ広い平地なら、目の良い『イーグル』や、『犬獣』もいくらかはいる。


無茶な命令や、強がった探索をする人が嫌いなので、「危険だと感じたら自分で帰るようにしつけてます」という誓約のために料金は安めだが、やはり彼らの力を欲する冒険者は多い。


「じゃあ、マスター・・・いえ、エイリさん。あたし、お先に上がらせて頂きますね。明日の早番は、シオ先輩です」

「お疲れさまー。その着替えた服装だと、これからデートなのね。マイカの街に出てきてまだ間もないのに、もう出会いがあったのか・・・。大したもんねえ」

「そんな・・・エイリさんだって、有名なパーティーからいくつも誘われてるじゃないですか。どこも独り身の女性なら喜んで受けちゃうような剣士がいる」

「ーー 私のはね、『あのコ』が目的だから」

受け付けの外にいる、正面の”ホワイト・グリフォン”を指で差しながら言う。

それもありますけどお、とやや不満な顔をしていたが、やがて気を取り直し、かろやかに手を振って、ルーちゃんは事務所から出ていった。


「・・・」

しばらく夕暮れの中でその背中を見つめていたが、妙なさびしさがこみ上げてきて、私はまた受け付けの奥に戻った。

(はあ。本当に、私は出来過ぎな人生をまっとうしてるんだろうけどねえ・・・)


事務所の机に座り、今月ぶんの売り上げが記載されたメモを取り上げてみる。

同世代で自分より有名な人間には、まだ会ったことがない。


けれど、この寂しさは何なのか。別に男を求めているわけでもないのに、この虚しさはどこから来るのか。


(ーー何を求めるのか、若人わこうどよ。お主はもう、身体の衝動から生まれる小欲は満たされたはずじゃぞ)


どこの街角だったか、人を傷つけるような目つきのお爺さんに言われた。

どうやら私はもう、若さのまま、細胞の勢いのままに動いてはいけないらしい。

「求めて動くうちは、まだ動物の証拠じゃ。過分なものを手にしたお主は、視野を広げ、すべての受け手として、分別のある人としてのせいを生きねば、多くを傷つけることになるぞ」

・・・ずっと私が求めていたものは、確かにいま、この手の中にあるはずなのだ。

けれど、果たしてそれが何だったのかは、過去も、未来をもってしても、本当に正しくは見せてくれない。


ーー そもそも、私が「偉業を成した」のは、『ホワイト・グリフォン』の使役などではなかった。

その”闇”を、真実を知るものは、この世界にはほとんどいなかったのだ ーー








「ふああ・・・危ない・・・!!

今の、”べリアル(炎車天使)”だったよね!? やっぱ噂通りだった。このダンジョン、『天明穴』は、魔物のランクがもぐってる階層数の二乗の強さになってるって!」


それはまだ、私が自分のことを「あたし」と呼んでいた頃のことだった。

グリフォン・フィーバーにかこつけて『遊行園』を開いたばかりだったのだが、あたしはさらにとんでもない”魔物”を見つけ、相棒にすることに成功したのである。


「ピュッ、ピュイッ」

左の翼が折れて再起不能のため、その魔小鳥は肩に乗ったまま、右の翼とクチバシで息苦しい洞穴の壁をす。


「今度はこっちにいるのか・・・。頑張ってよ、”リーラ”。あんたの超感覚がなけりゃあ、あたしなんて今いる7層どころか、3層の敵でもエンカウント即死なんだからね・・・!」


クモの巣状に張り巡らされた岩道を、慎重に選びながら手探りで進む。

まるで溶岩でもわき出ているように熱く、どこか視界が紅くなるような疲れがあった。


「うん・・・。たぶんもうそろそろだと思うのよ。下に行くほどフロア面積は狭くなってるみたいだから、この最下層の果てはきっとーー」


また一体、名前は知らないが、たぶん堕天使系の(4枚(ばね)と、蠍の尻尾を生やした)敵がいたが、勿論それもスルーさせていただいた。


厄介だったのは方向感覚で、あっちの岩道、こっちの洞穴、と目まぐるしく入り組んだ通路の前で立ち止まり、凶悪な固定敵をコンパスにしながら、奥へと進んでゆく。


(暑い・・・ヤバい・・・。意識が・・・リーラ、水飲む?)


小さいくせにあたしより丈夫な《ラリラリ》という魔鳥は、わが”遊行園”に迷い込んできた時と同じように、ひしっとあたしの服をつかんで離さない。


片翼を失った彼女?は、普通なら生きてはいけない小鳥だった。

まあそりゃそうだろう。飛べないインコがどうやって外敵の中で生きていくというのだ。

しかし、リーラは違っていた。まるで人間にいる”サヴァン”ーー脳などに障害があって、その反動のためか特異な力を発揮する者 ーー のように、敵を察知する異常な感覚を持っていたのである・・・。


(・・・ああ・・・! ついに、ついに辿り着いたぁ!)

そこは、最高難度と言われるダンジョンの一つ、『天明穴』の終点。

たぶんあたし以外の人間がリーラを使っても、ここまでは来れないはずだった。


パートナーと瞬時のやり取りが出来ねば、とてもではないが肉食強者がうごめく洞窟は抜けられない。

でかい宝に欲をかく連中は、たいがい心のやり取りを軽く見ているから・・・。


「まあかく言うあたしも、お宝を取りに来たんだけど。でもリーラの力を試してみたかったんだよね・・・。妙に外に出たがるし」


今、あたし達の前に広がるのは、まるで月が水に溶けてしまったような、一面の銀の泉だった。


ーーこれが、武具の傑作を生み出すと言われる、”透明水銀(クリア・シルバー)”なの・・・!?


冗談として語られることもあったが、どうやら噂は本当だったらしい。

「リーラ、あんたすごいよ ーー。この水銀を、刀の心鉄と皮鉄のあいだに垂らすと、異様な切れ味と刀身のねばりが生まれるらしいから」


近隣の街では、刀系の武器が特に高値なので、そんな抜け目ない計算までしてしまう。


・・・おおっと。

人間にはやはり害毒なので、注意して器に入れないといけない。

しかも、「人の心に多く触れると腐食する」金属らしいので、パーティーで攻略した者にはさほどの価値がなくなるという、本当にレアな”錬金属”なのだ。


(ーー さて、街に帰るのは夜にしないと駄目だけど、取りあえずはまたお願いね、リーラ。探索が必要ないぶん、ダッシュで行っちゃおう)


たぶん、その時のあたしと魔鳥は、風の噂に聞く、『第六天魔王』の背後すらとれるコンビネーションを持っていたかもしれない。


・・・なかばハイになりながら、脱水症状で途中意識が飛んだところもあったが、『マスター・テイマー』は最果ての洞窟を脱出したのだった。








「ま、そんなワケで、もうお金の心配なんて必要ないのよねえ・・・」


誰に言うでもなく、は事務所で一人、つぶやいていた。

事務机に置いた手の傍らには、どこからよじ登ってきたのか、外園にいるはずのリーラが身を丸くしている。


チョッチョッとのどを撫でてやると、気持ち良さそうに目を半眼にしていた。


《ーー 今の若者は、”何かを成さねば”と、思いすぎる》


いつかの街角のお爺さんに、私はそう忠告されていた。

あんたは自分一人だけでも、ましてや愛する者まで飢えさせず、一生食べさせていけたなら、それはどれ程の功績なものか。


「・・・まあ、何だろう。あのお爺さんは、もっと私に”楽に行け”と言いたかったのだろうか。


大金を得ても「虚しい」、冒険をしても、やがて時間が経てば「寂しい」。

そんな思いを繰り返していた私は、もう充分、満たされていると知らねばならないと。


ホレ ーー 動物からの進化じゃ。求めるより、求められるままに生きよ ーー まずワシに金を恵むのじゃ、と最後に言ったじじいははたきそうになったが、まあそれも良かったかなと、最近では思い始めている。


「・・・ふふっ」

ーー 私は、いつものように、独りの夜に笑う。


・・・すこし人恋しい時は、お酒を飲みながら、誰かの冒険譚に酔って。


また、別の日には、荒野であてもなく相棒を探しながら、一匹の魔物と寄り添えて、星を見上げる。


しみじみと寂しく、でも、私にとっては幸福な時間だ。

誰かが求める本当の幸せだって、そんな風に、とてもささやかなものかもしれないから。


「今日はもう休もう」

そう言って、立ち上がった私は、事務所を後にして温かさで賑わう街中へと、歩き出す。


・・・明日は、またお馴染なじみのようにホワイト・グリフォンのまわりをトテトテ走る魔鳥を、私は追うのかもしれない。


たぶん皆は、その小鳥を「勇敢な困り者だ」と笑うのだけど。


でもそれは、今の私がいちばん自然に感じる、確かな日々の幸せの絵図なのだ。













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― 新着の感想 ―
[気になる点]  なろうの全体ゑ看ると、こわいのは自分だけではないですよね。 [一言]  境界をみつけるのが苦労で、ノービスになろう。は今夜のむなしさでありました。
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