表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

風詠と蟲姫

セリムの蟲研究書〜多羽蟲〜

作者: あやぺん

風詠と蟲姫番外短編です。


「補足と絵が出来たわセリム!」


「どれ?見せてラステル」


***


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 多羽蟲(ガンと呼ぶ)


 蜂に類似するので膜翅目(まくしもく)に分類。

 

 三つ目。全て複眼。翅は基本は八枚でどれも膜質。平均体長三m。最大で五mの個体を確認済。羽の枚数が異なる種類もいるようだが亜種ではなく個体差の様子。(幼生はみんな同じ。脱皮途中で変わるだけ)


 成長段階は卵→幼生→複数回の脱皮→成蟲。脱皮を繰り返す程丸みが減って蝿に似た形から蜂に類似した容姿に変わっていく。幼生は滅多に姿を確認できない。(怖がり。幼生は丸くてふわふわしてて可愛い)


 脚の先に生える毛は太くて硬い。脚で鎌のように植物を刈る。(とても脚が器用)


 牙を有するが主食は集めた丸苔の様子。(蜜を吸う。メルルの樹脂も好き)


 他の蟲よりも仲間意識が強く数匹で行動している。また卵一個割っただけであっという間に集合する。(すぐ謝れば大丈夫。わざとは割らないように!)


 蟲森で一番気をつけた方が良い蟲だろう。(他の蟲より穏やか!!)


 また他の蟲同士が争っていると間に入ったり、怪我をした蟲を抱きかかえる姿が目撃される。蟲の統括をしている?(争いが嫌いで優しい)


***


「ラステル、これじゃあ研究書っていうより観察日記だよ」


「あら、いけなかった?」


 お面のような顔全体を覆うマスクで顔は見えないが声だけで分かる。明らかにしょんぼりした様子だ。セリムは慌てて手を横に振り、顔も左右に動かして否定した。


「いや研究が(はかど)るよ。絵も僕より良い」


「ふふ。良かった!ありがとう」


 今度は弾けるような笑顔が想像できる、嬉しそうな声だった。


「あら。ガンの幼生が古い丸苔で遊んでる」


 言うが早いがラステルは立ち上がって防護服を脱ぎ始めた。急に綿のような白い肌が露わになったのでセリムは目のやり場に困った。厚手とはいえ半袖で膝丈の白いワンピース。つい目を奪われて慌てて視線を逸らした。


「セリムも一緒に遊べたらいいのに。その服じゃ丸苔がくっついてしまうものね。楽しいのよ」


 心底残念そうな表情をしてから、ラステルは屈託のない笑顔を見せた。無邪気さについ見惚れてしまう。最近変だなとよく感じる。急に動悸がしたり息が切れたりするのに、特に病気はなさそう。


「どうしたのセリム?」


 問われてセリムは顔を傾けた。


「いや。何もないけど、どこか変?」


「いつも変よ。だって私と遊んでくれるんだもの」

 

 そう言ってラステルはニコニコしながらセリムから遠ざかって行った。キヒラタの下の丸苔に集まる多羽蟲(ガン)の幼生の群れに飛び込んでいく。ボール遊びのように丸苔を脚で器用に投げ合う多羽蟲(ガン)の幼生。そしてそこに混じるラステル。


 セリムが触れれば皮膚が爛れる丸苔。マスクを外せば数分で肺が胞子植物の胞子毒に侵され死に至る森。ラステルという少女の身体は一体どんな仕組みをしているのだろう?調べればとてつもない偉大な薬が発明出来るかもしれない。いや出来るだろう。しかしセリムはラステルに針一本さえ刺したく無かった。少し採血して調べてみるだけでいいのに、それさえ躊躇(ためら)われて実行していない。


「本当に変だな」


 崖の国からわざわざ山を越え、森を通り過ぎ、砂漠の向こうまで飛んで来ているのは国民の生活を楽にする為。病を克服する道を探す為。なのにセリムはラステルの身を案じてしまう。チクッと注射するのでさえ、想像しただけで嫌だ。ラステルが多羽蟲(ガン)の幼生とはしゃぐのをセリムはぼんやり眺めた。目が離せないし他の事をする気にもならない。やっぱり変だ。


「セリム!また明日も来る?」


 大きく叫んだラステルが小さく手を振って近寄ってきた。多羽蟲(ガン)の幼生は遊ぶのに飽きたのか、疲れたのかもう居なくなっていた。


「いや。大事な仕事があるから明後日」


 明らかに残念そうに顔をしかめてラステルは寂しそうに微笑んだ。崖の国の子供達にするようにラステルの頭を撫でようとしてセリムは腕を止めた。汚れている手袋でラステルの髪に触れることなどできない。


「また研究書みせてね」


「もちろん。沢山補足してもらわないと」


 セリムは「あのさ」と言いかけて口をつぐんだ。崖の国へ一度来てみないか?たったそれだけの言葉が毎回喉につっかえて出てこない。全く日に焼けていないラステルを連れて行けば、すぐ余所者だと分かる。ラステルを何と家族や国民に紹介すれば良いのか、好奇の目にラステルが不快な思いをしないか、そもそも嫌だと拒絶されたらどうしよう。不安ばかりでセリムは今回も諦めた。


「じゃあまたね」


「ああ。また明後日」


 ラステルは防護服とマスクを身につけ、セリムは脱いでいた兜を被りいつもの解散場所へと歩き出した。明後日は何を調べ、ラステルと何の話をしよう。手を振りあってお互い背中を向けた。いつも通りの別れ。なぜだか胸がまた苦しくなってセリムはわずかに首を傾げた。

 


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ