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ストレスの具現化

08

「それで、これからどこに行くんだ?」


「ああ、白矢山(しらやさん)葬り崖(ほうむりがけ)まで。」


無事に屋上から降りられた僕たちは、これからまた登りはじめるらしい。しかもそこは地元の人たちでもあまり近づかないような断崖絶壁である。


葬り崖は約300年前、この地域に『死に至る流行り病』が蔓延した際に、多くの人が葬り去られた崖だという言い伝えがある。その流行り病の症状は全身に発疹が出現し、高熱と食欲不振によって徐々に衰弱死するというものであったらしく、発疹が出現した者は生死にかかわらず、そこから投げ落とされたらしい。


確か、葬り崖の近くには白矢神社があり、当時、投げ落とし執行役だった東雲(しののめ)家の子孫が、今でも神社の神主を務めているとか。


「そんな物騒なとこに、何しに行くんだよ。まさか、その子猫を投げ落とすつもりじゃあないだろうな。」


「こいつは俺にとって、とても大切な奴なんだ。そんな葬り方はしないさ。それに、俺はあの崖を物騒なところだとは思わない。誰が言い出したかわからない言い伝えなんて、不確かだろ。」


黒金はそういうと得意げに眼鏡をくいっと上げ、片手で子猫を抱いたまま、自転車にまたがった。

確かに、こういう言い伝えには信憑性はないけれど、夜の崖なんて物騒なことには変わりないだろう。と、僕は心の中でつぶやく。


「じゃあ、俺は先に向かっているから、お前はついてきたければ勝手にそうしたらいい。夜の山道でお化けになんぞに襲われないよう、せいぜい気を付けるんだな。」


黒金はそう言い残すとハハハと笑いながら猛スピードで去っていった。


・・・


いやいやいや、ハハハじゃねえよ!

一緒に向かう流れだったじゃねえか!

なのに、ついてこれたらオーケーって、こんなの詐欺だ!


冗談じゃない。

身投げをするかもしれない男を一人で葬り崖に向かわせるわけにはいかない。


腹が立つ奴ではあるけれど、高校で初めてできた友人を数時間で死なせるわけにはいかない。僕はまだ、僕の命の恩人が、小さな命を奪った理由を突き止めていないのだから。


「諦めてたまるかよ。」


ポツリとつぶやき、僕はすっかり暗くなった夜道を走り出した。


30分ほど走り続け、ヘトヘトになりながらも白矢山にたどり着いた。

運動不足の帰宅部には正直きつい。


本格的な山道の入り口には黒金の自転車が止められていた。ここに向かうってこと、嘘じゃなかったんだな。僕を追い払いたいのなら、嘘をつけば済んだのに。あいつ、本当に嘘が嫌いみたいだな。


息を切らしながら、暗い山道を進む。葬り崖の近くは風が強く、木々がざわめいているのがかなり不気味である。4月とはいえ、夜の山の上は気温が低い。冷気が不安を誘い、黒金の”お化け”という言葉が脳内に何度も浮かび上がる。


神様が存在するくらいだ、お化けがいたとしてもおかしくはない。

・・・そういえば、パクはまだ寝ているのだろうか。


「おい、パク、まだそこにいるのか?」


心細くなり、頭を探りながらパクに話しかけてみる。しかし、パクの返事はない。

なんだよ、いてほしい時にいないなんて。ほんと、使えない神様だな。


その時、背後からポンっと頭の上に何かが乗っかるような感触がした。


「うわああああ!」


不意をつかれたのと、お化けに怯えていたせいで、僕は情けなくも腰を抜かしてしまった。振り返ってみると、そこには子猫を抱いた黒金の姿があった。こいつが僕の頭に手を乗っけたらしい。


「ハハハッ。そんなに怖かったのか。まさか、本当に来るなんてな。」

置いて行って悪かったな。と、そんなことを言いながら、黒金は葬り崖の方へ歩き出した。


「いや、別に怖かったわけじゃなくて、不意に頭に衝撃が走ったからそれに驚いただけというか・・・」


必死で言い訳をしようとする僕の言葉を「はいはい」と軽くあしらいながら黒金は先に進む。

・・・そういえば、友達になる条件って、嘘をつかないことだったっけ?些細なことではあるが、黒金に嘘をつくのに抵抗を感じてしまう。


「ごめん、今のは嘘、ほんとは少し・・・怖かった部分もある。」


黒金は、素直に謝った僕の方を振り返り「変な奴だ。」と笑った。

その後も黒金は木々をかき分けていく。しばらく進むと、少し開けた場所に出た。着いたようだ。確かここが葬り崖である。


そこは、僕のイメージとは違う世界が広がっていた。本当に美しい夜景と星空。さっきまで不気味だと感じていた木々のざわめきや冷たい風も気持ちよく感じる。


「ここの景色も、その子に?」


「ああ。」


「これも償いなのか?」


「そんなところだ。」


黒金は徐に眼鏡をはずすと、黒猫の顔に当てた。


「何してるんだよ。」

黒金の行動を疑問に思い、問いかける。


「張間、お前って視力いいんだっけ?」


「一応、両目とも1.5だけど。この綺麗な夜景もはっきり見えるよ。」


「これ、掛けてみろ。」


そういうと、黒金は子猫に当てていた黒縁眼鏡を僕に渡した。

言われたとおりに眼鏡をかけると地上の光がぼんやりとして、花火のように見えた。


「おお、ぼやけているのに、綺麗なんだな。」


僕のリアクションを見て、「な?」と、黒金はニッと笑って見せた。


「俺、目が悪いんだよ。・・・ちょっとさ、親父に殴られたことがあって。視力に障害があるんだ。俺が初めてここでこの景色を見たとき、花火がキラキラしているみたいで、凄く幻想的だった。世の中さ、上辺のことだけ多くなって、何もかも見えにくく汚れてしまっているけれど、こうやって裸眼で見た景色に感動することもあるんだなって思った。」


そういうと、黒金は一番眺めがよさそうなポイントで地面を掘り始めた。


きっと、そこに子猫を埋葬するのだろう。


「・・・お前の親父さん、暴力をふるうのか?」


「・・・ああ。まあ、それも俺が犯した罪の当然の報いなんだよ。妹も、きっと俺を恨んでいる。・・・ごめん張間、俺、これからここで死のうと思ってる。お前はそれを止めようと思ってここまで追ってきてくれたようだけど、無駄足になっちまったな。」


蝶野さんやパクが言っていたことは本当だったようだ。

パクに言われたカウンセリング手順では、この後ストレスの原因を聞きだすんだったっけ?


ちょうどいい。もう、手順とかそんなことには関係なく、僕は自分自身の気持ちで、黒金が死のうと思っている理由を知りたくなっていた。


「・・・詳しく、話を聞かせてくれないか?」


それから、黒金は自身の過去について語ってくれた。


***************************

黒金には、心優しい両親と家族想いの可愛い妹がおり、特に生活に不自由することなく、それなりに幸せに過ごしていたそうだ。しかし、そんな罪のない、幸せな家庭にも不幸というやつは訪れる。


中学生3年生の頃、黒金一丸は母親を病気で亡くした。


黒金と父親はその悲しみをなんとか乗り越えようとしていたが、母親を一番慕っていた妹は、ひどくショックを受け、何も食べなくなってしまったのだという。


そこで黒金は可愛い妹を悲しみから救うため、小さな嘘をついた。

大切な妹を守るための、優しい類の嘘だった。


「亡くなった人の遺品を葬り崖の眺めが良い場所に埋めると、その人はずっと家族の事を見守っていてくれる」と。


それを聞いた黒金の妹は、「本当!?これから埋めに行こう!」と、とても喜んだそうだ。真夜中だったため、二人は翌日遺品を埋めに行くと約束し、その日は就寝した。


しかし、黒金の妹は約束を守ることができなかった。

その日の夜、一人で葬り崖に向かった妹は崖から転落してしまった。


一命はとりとめたが、意識が戻ることはなく、今も医療施設にいるのだという。


それ以来、黒金の父親は黒金を責めるかのように日々暴力を振るうようになった。その虐待は、聞くに堪えない内容だったが、黒金はそれに抵抗しなかった。


そんなある日、酒に酔った父親はいつもより激しい暴力をふるったのだという。家の外に放り出された黒金は、気付けば葬り崖で泣いていたのだそうだ。


そのときに見た景色が、涙でキラキラして、乱視で美しく輝いたこの夜景だったそうだ。その時に、もうここから飛び降りてしまおうと思ったのだという。


***************************


「その時だよ、こいつが現れたのは。ボロボロに汚れて、やせ細ったこいつの姿を見て、自分自身の姿が重なるような気がしてさ、なんだか守ってやりたくなっちまって、今日まで世話をしてたんだよ。・・・でも、俺が世話をしなければもっと長生きできていたのかもな。」


話の途中から、黒金の声が震え始めた。聞いているだけで胸が苦しくなるような話だ。当事者である黒金は、よほど辛かっただろう。


「お前が世話をしていたのに、どうしてこんなことに?」


「親父に蹴られてあっけなく死んじまったんだよ。こいつ、どこから忍び込んだのかわからなけど、今日は突然家の中に現れたんだ。殴られて床に倒れた俺を庇おうとしたせいで、間違って親父に蹴られちまったんだよ。・・・何してんだよ、小さいくせに。自分の身体の何倍も大きい奴相手に、勝てるわけなんかないのに・・・。それに、俺なら、これぐらいの痛みなら、なんでもなかったのに。なんでだよ。」


人差し指で優しく子猫をなでる黒金は、目に涙を浮かべている。


黒金が抱える苦痛は計り知れない。僕にそれを軽減できるかなんてわからない。だけど、こんなに心が乱されて、僕が黙っていれるわけない。感情をコントロールできなくなった僕は、気付くと黒金の肩に掴みかかっていた。


「なんだよそれ。ふざけるな!その猫は立派じゃないか!命がけでお前を守ろうとしたんだよ。それなのになんだよ償いって。死ぬってなんだよ。それじゃあ、子猫がお前を庇ったのが、本当に馬鹿みたいじゃないか!なんの意味もないみたいじゃないか!そいつは、お前に教えたかったんだよ。虐待を受け続けるのは間違っているって、命を張ってでも教えたかったんだよ!そんなこともわからないなんて、本当に馬鹿なのはお前だろうが。痛くないわけないじゃないか。助けようと思っていた大事な人が事故にあって、その責任を自分だけで抱え込んで、そんなんで胸が痛くないわけないじゃないか。殴られるたびに、妹の事故のことを責められるようなものなのに、それが胸が痛くないわけないじゃないか。・・・僕は子猫の意志を継ぐ。僕は絶対にお前を死なせない。」


僕の言葉を聞いた黒金は下唇を強く噛みしめ、下を向いた。

ギリギリまで溜まっていた涙が、その瞬間、静かに流れ落ちた。


――初めてにしては、上出来じゃな―――


その時、ズキンと頭が痛み、パクが目の前に姿を現した。


「よくストレスの正体を突き止めたの、小僧。やはり、黒眼鏡の心は壊れかけていたようじゃ。どんな大物が出てくるか楽しいみじゃわい。どれ、ストレスを具現化するぞい。」


パクは象のような鼻を伸ばし、黒金の頭にポンと乗せた。すると、黒金の身体が激しく光り始めた。


「ぐあああああ!」


黒金の叫ぶ声が聞こえ、突風で木の葉や土が舞い上がる。


強い光のせいで何が起こったのかよくわからなかったが、舞い上がる土埃の中、目を凝らしてみると、ゆっくりと巨大な黒豹が姿を現した。


恐ろしく大きな黒豹は鋭い青い目をしており、剣山のように牙が並んだ口には、黒金が咥えられていた。

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