高校生活初めての友人。
07
「どうして登ることもできないのに、ここに上がってこようとしたと聞いている。」
黒金は先ほど僕を助けた時とは別人と思えるほど、僕を警戒しているようだった。それは、警戒というより敵意に近いような感じにも思えた。威嚇するような低く迫力のある声だ。
「あ、いや、ちょ、ちょっと登ってみたくなって。黒金、そういうお前こそ、こんな所で何をしようとしていたんだ?校舎の屋上なんて、まさか、物騒なこと考えているんじゃないだろうな。」
って、下手くそすぎか!!と、心の中で自分のしょうもない返答に突っ込みを入れる。
黒金の迫力のある声に動揺してすぐに核心にせまるような事を言ってしまった。僕の返答を聞いた黒金の凛々しい眉毛が一瞬眉間に寄る。その瞬間だけ、目が青く染まり、また黒色に戻る。
「そういうことか。心配しなくていい。こんなところで死のうなんて思っていない。俺はただ、こいつにこの景色を見せたかっただけだ。」
僕がここへ来た理由を悟ったようにそういうと、黒金は屋上の隅に置いてあった黒い物体を抱き上げた。それは、黒金の両手に収まるほどの生後数か月ほどに見える子猫であった。子猫へ向けられている黒金の目は、僕を助けた時と同じような優しい目をしている。本当に小さくて愛くるしい子猫である。
なんだか少しだけ、違和感のある子猫だけれども。
黒金一丸、さっきまでの凄みのある口調から、隙のない奴なのかと思ったけれど、子猫に眺めの良い景色を見せようだなんて、案外子どもっぽくて、可愛いところもあるじゃないか。
「優しいんだな、お前。」
「これは、そういう綺麗なものじゃない。優しさなんかじゃなくて、償いなんだよ。こいつさ、何にも悪くないのに、ただ俺に懐いてくれて、俺の事を慰めてくれていただけなのに・・・
俺が殺してしまったんだ。」
一瞬、黒金が何を言っているのかわからなかった。愛想よく接しているつもりだったが、この言葉を聞いた時ばかりは作り笑いどころか、どんな顔も作れなかった。ただ、さっきから感じていた違和感の正体だけは明らかになった。
子猫が眠っているように動かなかったのは死んでいたからなのか。
「そろそろ日が沈む。俺はまたこいつと別のところに寄らなきゃならない。張間、お前一人で降りられそうか?」
説得しに来たというのに、相手の話を少し聞いただけで勝手に衝撃を受けて、黙りこくって、おまけに説得するはずの相手から帰りのことを心配されてしまうなんて、情けない。
このままではだめだ。僕は、信じたくない。僕のことをわざわざ助けてくれた優しい青年が、あんなに愛しむように大切に抱いている子猫を殺せるはずがない。
ちゃんと話を聞きたい。
これ以上の話を聞くためには黒金から向けられている警戒を解いて、信頼を得る必要があるだろう。
子猫の殺害を信じたくないという強い感情は、勝手に僕の口を動かした。
「ごめん、黒金、一人では降りられない。だから降りるのを手伝ってくれ。それから、これからお前たちが向かうところに、僕も同行させてもらう。実はさ、僕は友達が一人もいない残念な奴なんだよ。その残念な奴は、命を救ってくれた恩人に、つまりお前に友達になってもらいたいと思っている。断るのは自由だけれど、そうすると僕は友達がいない残念な奴でい続けなければならない。お前がそれでもいいと思うなら、お前は僕をここに残してその子猫と下に降りればいい。僕はその後でゆっくり一人で降りることにする。間違って足を滑らせて落ちてしまったとしても、それは友達がいなかった僕が悪いのだから、お前が気に病むことじゃない。」
早口で呆れてしまうような内容の交渉を持ちかける。昔から、感情に支配された僕はどうかしている。
黒金は、さっきまで無口だった僕が急に饒舌になったことに驚いている様子で、口を開けたまま固まっている。そして、しばらくして黒金は大きくため息をついた。
「友達になってやってもいいが条件がある。一つはもう二度と嘘を言わないことだ。お前はここに来た理由を『登ってみたくなって』などと言っていたが、本当はそうじゃない事くらいわかる。それからもう一つの条件は、俺が好きな時に、いつでも友達を辞められるということだ。条件を飲むなら、友達になってやらんでもな――」
「その条件乗ったあああああ!!」
こうして、黒金の気が変わらないうちにと、やや食い気味に返答を決め、友達協定を結ぶことに成功した。
僕の迫力に、黒金は目を丸くして、その後で「変な奴だ」と笑った。黒金の笑顔を見たのはこれが初めてである。僕もやっと素で笑うことができた。
「こんなところで」死なないと言っていた黒金の言い回しは気になるが、ひとまずは第一関門突破といったところである。
そして、僕たちは屋上から降り始めた。