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眼鏡男子

06

―そう悲観的になるでない、若者よ。お主はまだ死なんよ―


ズキンッ


まただ、ひどく頭が痛む。

これって、パクが僕を助けてくれるってことか?


やれやれ、神様というやつは随分もったいぶってから救いの手を差し伸べるらしい。


普段より声が大きくなったのはフェイクの能力で、僕はきっと、これからパクの能力で進化を遂げ、空を飛んだりして助かるのだろう。


なんてな、身体が壁と垂直になって、遂には足も壁から離れてしまったというのに、そんな状況でもこんなふうに物事を考える余裕があるなんて。


なんだか、全身の感覚が研ぎ澄まされ、全ての現象が止まっているように感じる。


自分の身体さえ動かせない、停止したはずの時空の中で、スローモーションで動いているものがあることに気付く。それは、夕日が逆光になって良く見えなかったけれど、鋭い青い目をしているようだった。


鋭いけれど、優しい目だった。


その人影は、止まっている世界の中でゆっくりと僕に近付き、強い力で僕の手を引いた。そして、その大きな身体に抱き寄せられる。


助けられた僕の顔は、その男の胸にうずくまるような形で受け止められた。Yシャツを介してでも厚い胸板であることがわかる。密着している部分から熱い体温が伝わってくる。


あれ?なんだこれ、黒金って、こんなにイケメンだったっけ?同じクラスではあるけれど、しっかりと顔を確認したのはこれが初めてだった。


黒縁眼鏡の奥に見える力強い切れ長の目、筋の通った高い鼻。薄い上唇の左上にチャームポイントと思われる小さなホクロが見える。夕日に照らされた顔がゆっくりとこちらへ向けられる。


顔面偏差値から計算すると、黒金の人生難易度がハードだとしたら、僕はalrady dieだ。しかし、僕はかろうじて生きている。だから、こんな男前が希死念慮を抱くなんて、やっぱり間違っている。何があったかわからないけれど、生きる価値がないとは到底思えない。


そして、胸を突き抜けるような声と共に止まった時が再び動き出した。その声は驚くほど爽快で、それでいて安心感のある魅力的な声だった。


「こんなところで何をしている!危ないだろう!…まったく、怪我はないか?」


さっきまでの鋭い目が丸味を帯びて、優しさの色合いが強くなっている。

いやいやいやいや、こんなの、まるで白馬の王子様じゃないか。これは、僕が女だったら間違いなく恋に落ちているパターンである。


「はひ?だ、大丈夫、みたいだ。あ、ありがとう。」


声が裏返ってしまった。黒金に鼓動が伝わってしまいそうなほど動揺し、ドキドキしている。落ちかけたせいだろうか。恋にではなく、物理的に。


「あんたが大声を出してくれて良かった。とにかく、まずは上に上がるぞ。このままだと二人とも落ちてしまう。」


黒金は、さっきまで僕がつかまえていた壁の薄い出っ張りに指をかけて僕を抱きかかえているようだ。人間離れした技ではあるが、確かに早く屋上に上がった方がよさそうである。だけれど、それができれば僕はこんなところで死にかけたりなんてしていない。


「それが、その、僕、壁を登れなくて。それで落ちかけていたんだよ。」


僕の言葉に呆れたかのように黒金はため息をつく。

「それなら俺の身体を登ればいい。お前が登った後で俺も上がる。」


黒金の言葉に甘えて、彼の身体をよじ登る。壁の薄い出っ張りも利用しながら、なんとか黒金の肩まで登った。もう一息ではあるが、屋上に捕まるには十センチメートルほど足りない。


「ご、ごめん黒金、高さが、足りない。」


「それなら頭を踏み台にすればいい。」と、黒金はもう一度ため息をついた。


遠慮している間に落ちてしまっては助けてもらった意味がない。申し訳ないが、僕は土足で黒金の頭を踏みつけ、男としての完全な敗北感を味わいながらも、何とか屋上へよじ登った。すまん黒金、この借りは必ず返す。


「ごくろうさん、ごくろうさん。大変じゃったな。儂もお主がここまでどんくさい奴だとは思っていなかったからの。いやー、焦ったわい。」


屋上へ上がるとすぐに神様からの皮肉が聞こえてきた。パクは一足先に屋上へ上がっていたらしい。それにしてもいちいち言動が腹立たしい神様である。


「お前、神様なんだったら人を助けられるだけの超能力とかそういうの持っとけよな。」腹立ちついでに皮肉を返す。


「ほっほっほっ。どうして助かったのか理解できていないようじゃの。儂はお主の潜在能力を引き出してやったのじゃぞ?普通、進化というものは自力で行わなければならないが、今回は我ながら出血大サービスをしてしまったわい。お主は『少し声が大きくなる能力なんて役に立たない』なんてことを思ったかもしれんが、なかなかどうして、さっきの修羅場には最も適した能力じゃったと、今ならそう思えるじゃろう?なにせ、それで命が助かったのじゃからのぉ。まあ、あの程度のストレスで得られる力は声が大きくなるとか、所詮その程度ということじゃ。じゃがな、それで十分なんじゃよ。ストレスの大きさと得られる能力の大きさは比例するというわけじゃ。」


え、そういうこと?死にかけたストレスでこの程度の能力って、空中浮遊とかのレベルに達するにはどんだけのストレスを抱えなきゃなんないんだよ。ちょっと夢見すぎてたわ。


「世の中、そう簡単じゃないということじゃのぉ」


パクは「ほっほっほっ」と笑いながら僕の方へ飛んでくると、そのまま髪の毛ベッドへ寝ころんだ。


「それにしても黒金とかいう若造、身のこなしが実に見事じゃったのぉ。あれは何らかの能力を自力で身に着けたとみえる。となると、あやつはかなりのストレスを抱えている可能性があるのぉ。文字通り死ぬほどのストレスじゃ。強大なストレスはスペシャリストである儂でも手に負えん。説得は一筋縄ではいかぬから心しておくことじゃ。手順はこうじゃ。まずはお主に奴と仲良くなってもらう。信頼関係がカウンセリングの基本じゃ。次に、奴が抱えているストレスの原因を探る。『傾聴』というやつじゃの。ストレスの正体がわかれば最終ステップじゃ。儂がそのストレスを具現化してやるから、そいつを殴る蹴るなどして弱らせる。無力化することができれば、あとは儂がおいしく回収してやろう。どうじゃ、できそうかの?」


途中までは相槌を打ちながら話を聞いていたものの、「具現化」あたりからは僕の知っているカウンセリングと違う。

「え?なんだよそれ。最終的にバトルってことなのか?」


「そう捉えてもらっても構わん。ま、百聞は一見にしかず、とにかくやってみる事じゃ。ほれ、奴が上がってくるぞい。よいか、まずは信頼関係を築くのじゃぞ。では、ストレスの正体がわかるまで、儂は一休みさせてもらうとするわい。」


パクはそういうと、僕の髪の毛にくるまって眠ってしまった。

今気が付いたけれど、パクって身体の大きさをある程度自由にコントロールできるんだな。僕の髪の毛に埋まっているときは、いつもより小さくなっているようだ。便利というか、なんというか。


「お前、張間だよな、うちのクラスの。どうして壁を登ろうとしていたんだ?」

僕の後から屋上へ上がってきた黒金は、パンッパンッと髪の毛や制服の汚れをはたきながら質問してきた。


これで、ようやく蝶野さんから出されたミッションに取り組むことができる。ここからは慎重に会話を進めた方がよさそうである。まずは、信頼関係を築くんだったっけ。やってやろうじゃないか。


僕なんかの命をわざわざ救ってくれるような心優しい青年が、自ら命を絶っていいはずがない。


顔面偏差値的にも、黒金のような男に生きている価値が無いのだとしたら、相対的に僕の人生なんかもはやゴミ以下の存在になってしまう。そんなことはさせない。これでも僕は自分の平凡な生活に誇りを持っているんだ。


さあ、ここから説得開始である。

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