助けを呼ぶのは
05
「おーい、黒金ー。そこにいるんだろー!助けてくれー!」
なんだよこれ、冗談じゃないぞ。あいつ、どうやってここから登ったんだよ。
理科室の窓から威勢よく飛び出して壁を登り始めたのだが、3階から屋上までは意外と距離があり、あと一息のところで僕は身動きが取れなくなってしまっていた。両手両足、どれをどのように動かしても落ちてしまいそうである。
「黒金とかいう若造の命を救いに来たはずじゃのに、逆に助けを求めてしまうとは。お主、どんくさいのぉ。取り柄はふさふさの髪の毛だけなんじゃな。」
パクがあきれたように皮肉を言っている。でも、今はそんなのに反応しているほどの余裕がない。
「パ、パク、あんた、神様なんだろ?なんとかできないのか?もう指の感覚がなくなってきているみたいだ。」
壁に頬を擦りつけたまま、神様頼みをしてみる。
「いやー、こういうのは専門外なんじゃよなー。この現状は、儂が力だけではどうにもならん。」
そういうとパクは僕の右耳を両手で掴み、パタパタと持ち上げようとして見せた。
確かに、こんな力じゃ僕を持ち上げるのは不可能だ。なんだか切羽詰まりすぎてイライラしてきた。
「なんだよ、役に立たない神様だな!じゃあ、どういうのが専門なんだよ!」
「なんじゃ、失礼な奴じゃな。まあよい。儂は心が広いからのぉ。聞いて驚け、儂の専門はな、ストレスを喰らうことじゃ。」
・・・
だめだ、助かりそうにない。
「反応が薄いのぉ。低能にはこの凄さがわからんのじゃろうのぉ。よいか?生きとし生けるモノは例外なくストレスを抱えておる。当然の理じゃ。この世にはストレスの元となる温熱・寒冷・疼痛などの機械的刺激に加えて、心理的なストレッサーもありふれておるからの。人間社会ではネガティブなイメージが定着しているようじゃが、基本的にストレスは悪いものではない。これまでも生命はストレスに暴露され、進化を続けてきたのじゃ。つまり、ストレスは未知の力を生み出す種となり得るのじゃよ。しかしながら、過度なストレスは身を滅ぼしてしまう。屋上にいる黒眼鏡がその例じゃ。なんとも悩ましい葛藤じゃのぉ。そこで、儂の出番というわけじゃ。儂はストレスの有害な部分を好んで摂取しておる。要するにじゃ、儂がいればストレスフリーで進化し放題というわけなんじゃよ。どうじゃ、凄いじゃろうて。」
・・・うるさい。
パクは得意げに自己の能力について長々と語っているが、それどころではない。空気を読めよ神様、僕は、今、死にかけているのだ。
「お前がそんなに凄いなら、僕を今進化させて救ってみろばかやろー!」
もう限界だった。壁にぎりぎり引っかかっていた両手の指の第一関節が壁から離れていく。
こんなに大きい声を出したのは、人生で初めてかもしれない。確かに、過度なストレスは人間に新たな能力を与えるようである。それにしても、僕が転落する直前に手に入れた能力が、普段よりも大きい声を出すことだなんて。あまりにも無念すぎる。
ゆっくりと壁と身体が離れていく。そして、ジェットコースターに乗った時のような、あの落ちる感覚に襲われる。
ああ・・・なんにも、いいことなかったな。
せめて・・・黒金だけでも助けてやりたかった。