黒金のストレス回収致します 序章
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蝶野さんの詩を読んだ。
「優しい人は 黒くなる。
自責に絶望 足した色。
命殺した 責任を、
一人で背負って 耐える人。
嘘を言わない その人の
好意の行為が ジコを生む
ジコで殺した 責任を、
二度も抱えて 眠る人。」
これが誰を想って書かれた詩なのか、今の僕にはそれがわかる。
人生には様々なストレスがあるが、人を殺してしまったというストレスは、実際にそうしてしまった人にしか経験できないものである。簡単には経験できないし、できれば一生経験したくないものだ。
しかし、殺人鬼などとは違う、善良な一般市民が、事故としか言いようがないことで加害者になってしまう悲しいことが世の中では起こり得る。
その場合、被害者の家族の心中はもちろんであるが、加害者の方にも莫大なストレスがのしかかる。
そして彼は、その両方のストレスを、二度も一人で抱え込み、心の中に怪物を生み出してしまっていたのである。
01
いつもと同じ、だけれど少し悲しげな黄色い空。日が暮れ始めた教室は静閑として、昼休みのそれとは別物に感じられる。掃除に集中していないと物思いにふけってしまいそうな趣き深い空間である。
あたかも卒業式であるかのように片付いた教室を見まわし、両手をパンッパンッと払ってから捲り上げていた袖を下ろす。
ふーっと深く息を吐きながら黒板の方へ振り向くと、自慢の猫っ毛がふわりと揺れる。オレンジ色に染まった黒板に書かれている張間健太という日直名を消し、書き換えた後で、机の並びに乱れがないかもう一度チェックをする。
完璧だ。
この教室、僕以外にここまで掃除している奴なんていないんだろうな。
そんなことをぼやきながら、さほど重くない学生鞄を片手に教室を出る。
窓枠に積もった埃が気になってしまったのをきっかけに、細かいところまで拭き掃除をしていたせいですっかり帰りが遅くなってしまった。
まあ、校舎近くの学生寮に一人で暮らしている僕には、少し帰りが遅くなったくらいで心配してくれる人なんていないのだけれど。それに、日直の時の帰宅時間は大抵このぐらいである。問題ない、今日もいつも通りだ。
それにしても、今日の僕もよくやった。適当に授業を受け、適当に相槌をうち、適当なところで笑顔を見せる。それでいい。そうしていれば心が乱れることもないのだから。
靴を履き、校舎を出て背伸びをする。やはり、換気をしたとしても室内よりは屋外の方が空気が気持ちいい。風は、モヤモヤとした感情を吹き飛ばして、心を空っぽにしてくれるから好きだ。
4月の柔らかい風が、僕のふわっふわの前髪を乱していく。それを一々と直しながらいつもの帰路を歩き始める。実に僕らしい。僕は僕自身のために平凡で、月並みで、ありきたりでなくてはならないのだ。
夕焼けの趣き深い景色に心を奪われてしまわないように、なるべく下を向いて早足で歩き続ける。吹奏楽部や剣道部、女子バスケットボール部が練習している音が聞こえる。それぞれの学生にそれぞれの青春があるのだろうけれど、僕にとってはそれも関係のないことだ。
誰かに関わって、余計な感情をぶつけてしまうと、最終的には悲惨な結末へとたどり着いてしまう。そんな風な呪いがかけられていると感じてしまう程に、僕の中学までの人生はひどいものであった。その結果、仕上がったのが現在のサイボーグのような僕、サイボークというわけである。
けれど、サイボーグのように無感情になることは不可能だった。サイボークは遠くから聞こえてくる部活生の声にさえ、心を動かされてしまいそうなほどに感受性が豊かなのだ。我ながら憎たらしい性である。
周囲の音をシャットアウトするため、鞄からヘッドホンを取り出し装着する。
こういう時はクラシック音楽をかけて心を落ち着かせるのが一番である。
スマホを片手に曲を選んでいると突風が吹き付け、土埃が勢いよく舞った。とっさに学生鞄を盾にして目を細める。乱れた前髪と盾にした鞄の隙間から僕の目に飛び込んできたものは、僕の感情を激しく揺さぶるものであった。
この目に映ったのは、1人の女子高生のパンツだった。
それは、夕焼けの黄色を帯びた淡いピンク色だった。
予防線のはずのヘッドホンからはモーツァルトの『恋とはどんなものかしら』が流れている。
春だと思った。
吹き付けたのは、今年、かなり遅めにやってきた春一番だった。
なんて憎たらしい桃色パンツなんだろう。
あのプリッとしたツヤのある桃を包み込むような春色、実に神々しい。
僕の心が『トキメキ』に支配されていくのがわかる。
それは、僕の最も憎むべき感情である。状況は最悪だ。
こうして僕が必死で守っていたはずの心は、一瞬で、あっけなく、こんな些細なプチイベントで奪われてしまったのである。
以前に書いていたものを友人の助言をもとに修正してみました。
ストーリーについて意見もらえるとありがたいです。
よろしくお願いします。