#8
「――――という感じだな……今でもその作品は人気がある」
益子は懐かしそうに当時を振り返っていた。
「編集長、作品に対して親身に対応していたんですね」
栗林が彼に頷きながら言う。
「うーん……僕の場合はその作品が好き! と熱心に伝えることから始めたから、それでもいいかもしれないな」
「そうっすよねー。そうしないと今でも人気作になれませんからねー」
「僕も益子編集長みたいになりたいです」
「私も編集長の話を聞けてよかったです!」
「今後、是非参考にさせていただきますね!」
益子は若い編集者達にアドバイスした。
彼らもその言葉をメモ帳に書き記す。
「最初は誰でも手探りだよ。他の出版社からここにきた人はもちろん、最初から「なろうブックス」で働き始めて、他の部署で経験をしてきた人もみんなそうだよ。「なろうブックス」と「なろう文庫」も違いはさほどなくしたいところだけどね」
彼は一旦言葉を切る。
「『小説家になろう』には書き手もいて、読み手もたくさんいる。ジャンルがいろいろあるから、このサイトは盛り上がっているんだと思うんだ」
その時、編集者達は何かに気づいたようだ。
「だから、全ジャンルで1人5作品の打診というのはこのことなんですね」
「確かに、見てみるといろんな作品がありますからね」
「まぁ、選ぶのは大変ですけどね……」
次の瞬間、会議室の電話が鳴った。
「ハイ、5階会議室。あっ、打ち合わせで使いたいのですか……分かりました。失礼します」
益子が電話を受け、話し終えると受話器を置いた。
「その通りだ。最後に、君達に伝えたいことは僕みたいに好きな作品を5つ選ぶのもよし。このサイトのランキング上位作から選んでもよし。「なろう文庫」のモットーは『好きをかたちにしよう』だ!」
彼は最後にビシッとまとめた。
「『好きをかたちにしよう』いい響きですね」
「そうですね」
「編集長、話を変えますが、さっきの電話は……?」
「これから打ち合わせで使いたいらしいから速やかに編集部に戻ってほしいという電話だ」
「「……ハイ……」」
彼らはしぶしぶ編集部へ戻るのであった。
*
栗林は仕事の帰りになろうブックストアーに寄った。
「なろうブックス」と書かれた棚には今ではたくさんの『小説家になろう』から書籍化された作品がズラッと並んでいる。
彼女はその棚の平積みにされた1冊の本に手を延ばした。
「あっ、この本は益子編集長が1番最初に担当した作品だ」
それは益子が「なろうブックス」に入社してはじめて担当した作品である『いくつになっても恋をしたい』。
「それ、ボクが数年前に出した作品なんですよー」
「もしかして、日下部先生、ご本人ですか!?」
栗林は突然、日下部氏に声をかけられて驚いている。
「ハイ。もしかして、どこかの出版社の方ですか?」
「え、えぇ。私は「なろうブックス」にある新レーベルの「なろう文庫編集部」の者です」
「そうでしたか。あと、この作品はあそこでレジを打っている彼女の作品」
日下部氏は本棚に展示してある作品を手に取ると、レジにいる女性の方を指差した。
その作品のタイトルは『時空の演奏者たち』。
「その作品、聞いたことがあります! 電子書籍化された作品ですよね?」
「よくお分かりですね……」
彼がそう返すと、「店長、呼びましたか?」とその女性が近づいてきた。
「黒川さん、お疲れ様。「なろうブックス」の方と話していたんだよ」
「「なろうブックス」の編集者さんでしたか。いつもお世話になっています」
日下部氏がその女性に話すと、彼女は栗林に挨拶をする。
「あっ、店長に黒川さん。さっき、「なろう文庫」って言ってましたよー」
「神崎くん!」
「いつの間に!」
神崎くんと呼ばれた男子高校生がカートを押しながら本を棚に入れていた。
「すみません。違う部署の方なんですね。まさか、私が書いた作品が書籍化させてほしいと言われた時、凄く驚きました」
「黒川さん、僕も同じだったよ。ところで、益子さんは今も「なろうブックス」にいらっしゃいますか?」
「え、えぇ。今は私と同じ編集部の編集長を務めています」
「そうでしたか……。黒川さんは他にもたくさんの作品を書いていらっしゃるんですよ」
「て、店長!? それ、言う必要ありますか!?」
「もしかしたら「なろう文庫」からも打診がくるかもしれないよ」
「いや、ありえないですから……」
彼らがいるところにはほのぼのとした空気が流れていた。
「わ、わがまま言って申し訳ありませんが、この2冊を買いますので、サインをお願いできますか?」
栗林は日下部氏達の本を手に取り、サインを求めてきた。
「今はお客様がいらっしゃいますので、スタッフルームで……」
彼らは今は誰もいないスタッフルームに入ると速やかに自分達の本にサインを書き、栗林に手渡した。
「すみません」
「突然、サインを要求されたのははじめてだったので……」
「いえいえ。こちらこそわがまま言ってすみませんでした」
彼女はその本をレジに通し、鞄にしまう。
栗林はルンルン気分で店をあとにした。
彼女の出版打診の奮闘記は翌日から始まる――。
2016/07/24 本投稿
2017/01/29 大幅改稿に伴い、話数変更