#16
「ここは……いない……」
早見は新垣の行きそうなところを探し回っていた。
今まで違う部署で勤めていたメンバーでもこれからは同じ部署で仕事することになる仲間なのだから――。
「は、早見さん!」
彼の後ろから自分の名前を呼ばれている。
早見は気になって後ろを見ると、栗林の姿があった。
「栗林さん! どうしたんっすか?」
「「どうしたんっすか?」じゃありませんよ。新垣さんを探しているんでしょう? どうせなら手分けした方が圧倒的に早いんじゃないのかなぁと思いまして……」
「そうっすよね……ありがとうございます!」
彼らは別レーベルの編集部や社員食堂などといったところを見て探しているが、なかなか新垣の姿は見つからない。
*
その頃、新垣は「なろうブックス」のエントランスホールに置いてあるソファーにちょこんと腰かけて泣いていた。
他の編集者は何も非難の声はなかったのに、どうして自分だけ?
そう思うと自然と涙が溢れてくる。
「元の編集部に戻りたいな……」
彼女が勤めていた「なろうL文庫編集部」。
やはり、女性が多い編集部だったので、いろいろと派閥ができてしまい大変な思いをしたが、楽しかった。
また、戻れるのならば戻りたいと考えていたのだ。
「新垣さん、見っけ!」
「早見さん……」
「俺、ずっと探し回ったんっすからね! あとは栗林さんも!」
エントランスホールのエスカレーターから早見が降り、新垣のソファーまで駆けつけてきた。
彼女は「すみません」というところを「すみまぜん……」と言葉を濁らせながら話していた。
「どうして泣くんすか? ティッシュ、どうぞ」
「ありがとうございます……」
新垣は彼からポケットティッシュを受け取り、涙を拭いたり、鼻を咬んだりする。
「落ち着きました?」
「ハイ。わたしのせいで編集会議がめちゃくちゃになってしまって申し訳ないです」
彼女の口から謝罪の言葉が出てくるが、早見は「うーん」と言いこう続けた。
「それは俺じゃなくて益子編集長に言ってください」
「そうですね……なんか非難の声を聞いているような感じがして」
「それは新垣さんの早とちりであって、非難の声ではないっすよ?」
「えっ?」
「逆に新垣さんが選んだから羨ましい! 本当は自分もその作品を選びたかった! という称賛の声だったんすよね。聞き間違いがもったいなかったかもしれなかったすよ。実は俺もいろは先生の『華燐のほのぼの日常日記』は候補に入れたかったですもん」
「わ、わたしの聞き間違いだったんですね……恥ずかしい……」
称賛の声と非難の声。
新垣の早とちりによるものだったのだ。
彼女は顔を赤くしてエントランスホールの床に視線を落とした時、淡いピンクのパンプスが視界に入る。
「多分、みんな怒ってないと思いますよ」
「栗林さん……」
「見つかってよかった……私も候補に入れたかったんですよ。新垣さんが選んだ作品を」
その靴を履いている栗林が新垣の頭をなぜか撫でていた。
「なので、あなたは自信を持って紹介してほしいのです。『華燐のほのぼの日常日記』を!」
「く、栗林さん。ありがとうございます! 新垣 梨理、頑張って紹介します!」
彼女はこれまでのことを切り替えて、元気よく会議室に戻ってしまった
「新垣さん、元気になってよかったっすね」
「そうですね」
「俺達も会議室に戻りますか」
「ハイ」
新垣のあとを追うようにして早見と栗林は「なろう文庫編集部」の会議室へ戻るのであった。
2017/12/31 本投稿




