1話 『ログイン』
PM16:00
今日も下校のチャイムがなった。空は既に赤みを帯びてきており、風もよく、帰るには絶好の天気だった。
「ぬおおおおおおお」
一人の少年が全力で帰宅の準備をしている。
「ねぇ」と少年に声をかけてきたのは少年の幼馴染。
「今日帰り予定ある?最近帰り道に新しい喫茶店ができたじゃない?よかったらあそこに一緒にいかないかな」
「わりぃ、冬花、今日は予定があるんだ」
帰り支度の手を止めずに少年はそう返した。一瞬「いややっぱ・・・」と新しい喫茶店のコーヒーの味への興味が彼の帰り支度の手を止めたがやはり今日はそれどころではない。「うおおおおおお」と騒がしく支度を再開する。
「えー、またゲーム?最近そればっかじゃない?」
冬花と呼ばれた少年の幼馴染――柊 冬花<<ヒイラギ フユカ>>がムスッとしながら抗議してきた、左右口元ほどまでに綺麗に揃えられた黒色の髪が、ふくらませた頬につられてソッと揺れた。
「いいじゃねえか別に。まぁなんにせよ今日は結構重要な日なんだ」
「えー」
「えー、じゃない」
「むー」
「むーでもない!」
なんてやり取りをしてる間に少年は帰り支度を済ませた。鞄を肩に掲げながら再度幼馴染のほうに目をやると「やっぱり駄目なの?」と言わんばかりの上目遣いで再抗議をしている。
「すまんな、明日は大丈夫だから一緒に行こうぜ、おごるよ」
「ほんとに!?絶対だからね!」
パッと明るくなる冬花
――急に元気になりやがったな。さっきまでのしょんぼり顔はどうした。
「おう、それじゃ、また明日なー」
「うん、また…あ、天人」
「ん?」自分の名前を呼ばれて少年――吹上 天人<<フキアゲ テント>>は振り向いた。その足はもう帰らんとばかりにその場で足踏みをしていた。
「やっぱり、今日そっちに覗いていっていいかな?」
「ん?・・・あぁ、まぁいいぞ。もしかしたら退屈かもしれんが」
「大丈夫だよ。どうせ今日暇になっちゃったし」
「だから悪かったって・・・まぁ、それじゃあ。また後でなー」
「うん、また後で」
二人はそうやって別れた。
PM17:30
家に帰った時、家にまだ誰も帰ってきてはいなかった。
天人は自室に入ると同時に荷物を大胆に放り投げ、PCを起動する。
しばらくして、デスクトップ画面が表示された。すぐにデスクトップ上にあった一つのアイコンをクリックをする。
『メモリアルファンタジー』
ゲーム画面が起動されると『IDとパスワード画面を入力してください』と入力を求められた。
俺は手馴れた手つきで自分のIDと、パスワードである12桁の数字を入力する。
『ID認証が完了しました。ギアを装備し、接続をしてください』
「はいはい、いまやりますよっと。」
はやる気持ちを抑えつつ、天人はPCデスク横にかけてあった手に付ける指抜き型のグローブ、足首に付けるレッグバンドのようなものをそれぞれ付けた。そして最後に頭にヘッドギアを装着する。頭にヘッドギアを被ると、丁度瞼の上にやさしく、そして圧迫感を感じさせないスポンジ状のアイマスクが覆った。
最後にギアに装着されている左耳付近にあるダイヤルを前に倒すと、頭上付近にあったバイザーが顔の上半分までスライドし、視界が完全に真っ暗になった。これで光を遮断することで、視覚を一切阻害せず、ゲームに集中することが可能になった。
――よし、準備完了!
天人の気持ちは既にハイモードだった。無理もない。なんたって今日は彼が待ちに待ったゲームの大型アップデート――つまり新要素の発表をゲーム内現地でやる予定なのだから――
メモリアルファンタジーはGTC―通称芸羅通信カンパニーという会社―が提供するオンラインゲームだ。
バーチャルリアルオンラインと謡われたこの新ジャンルゲームはサービスを開始されたとき、日本中のゲーマーを震撼させた。
視覚一杯に広がる街、肌を撫でる風の感触、揺れて聴こえる木々のざわめき、においをそそる屋台、そして食して伝わる肉の味。五感全てを再現したこのゲームは"あなたに現実と変わらないほどの思い出を"との謡い文句に引けを取らず、ゲーム史上に名を残すと言われていた。
現に稼動箇所とを日本のみで展開しつつも、平均デイリーログイン数は稼動開始から半年たったいま1万を軽く超え現在も増加傾向にありつつあるという。
まぁ、このゲームがここまで日本に浸透したのは他にも訳があるのだが――
とにもかくにも、メモリアルファンタジーは日本に一つの娯楽として精通した。
そしてそのゲームが本日、18:00時に大型アップデートの内容を発表するというのだ。
メモリアルオンラインのアップデートに外れなし、これまでを見てプレイヤーなら誰しもがそう思っているほどの期待への興奮が、この日、解き放たれようとしていた。
天人はベッドに横になると、右耳付近にあるスイッチに触れ、そして押した。
キュイーーン――と聴覚に機械音が伝わる、後はしばらくこの音に耳を貸していれば自然とゲーム内にログインしていけるだろう。
『接続認証しました、それでは楽しい冒険を』
「言われなくとも!」
しだいに、天人の意識は薄れていき、そして――
もう何度ため息をついただろうか。
柊 冬花はまだ教室で静かに物思いにふけっていた。最近、幼馴染はゲームに夢中なりっぱなしだ。
――半年前だから・・・高校に入学する前からかぁ。
そうやって天人がゲームに夢中になった時期を遡っていると。
ピコンッ――
「あ、来た」
冬花はスカートのポケットに入れていた携帯型端末を取り出すと画面を立ち上げた。
そこにあった一つのアプリを立ち上げる。メモリアルファンタジーとタイトルが表示された後、インターフェースが表示される。画面をしばらくスライドしていると、フレンドID画面というのが表示された。冬花は画面を確認する。
ティフ ONLINE
一人だけしか登録していないメンバーがこのゲームに接続していることを確認し、その名前をタッチする。すると、『モニター申請をしますか?』と表示が出た。特に間をおかずに『はい』を押すと、『申請中です...』との画面だけが出てきた。後はしばらくしたら向こうの世界にいる幼馴染が申請許可をしてくるだろう。
「はぁ・・・」
冬花は向こうの世界の幼馴染の名前をピンッと指で弾いた。
「・・・ばか」
長いパイプのような道だった。パイプの外周は演出としてか、静かな街の風景やそびえたつ禍々しい城などが浮かびあがっては消えていく。
『ようこそティフさん、メモリアルファンタジーの世界へ!』
その中央をふわりふわりと浮きながら前進している少年がいた。その少年は顔に歯が見えるほどの笑みを浮かべ、これからの冒険に期待を膨らませているのがわかった。
システムに"ティフ"と呼ばれたその少年は先ほどの天人その人であった。顔は細かいところは違うがほとんどそっくりに再現されている。違いといえばさきほどまで彼がいた現実世界では上まぶたほどにかかっていた黒髪が今は瑠璃色となり、先ほどまで学校の制服だった天人が今は、大きな直槍を背負っているところだろうか。服装は白色の縦皺が入ったセーターに茶色のベルトと青いジーパンと割と現実世界と遜色ないラフな格好である。
やがて前方に白い光が見えてきた。終着点だ、ティフはその光に吸い込まれていき――
次の瞬間、ガコンッと門が開いたような音が聞こえたかと思うと、目の前に街がひろがっていた。
「やっと着いたぜぇ!」
浮遊感から解放され、地面に足をつくと、ティフは何度か足踏みをして浮遊感から体を慣らす。ログイン待機中の浮遊感は斬新で楽しくもあるが、今日は興奮の熱が待機中に少し冷まされていく感覚がして嫌だった。
その後、軽くストレッチをしながら周囲を軽く見渡してみた。後ろ手には今しがた自分が入ってきた巨大なログインゲートががどっしりと佇んでいた。高さ50m、幅20mほどはあるだろう門は、ログインするときに必ず通り、この街一番大きい建造物であるため、このゲームの観光地点の一つでもある。門の周囲は門を中心とした円形の広場となっており、今日は円の外側が更に外側へ続く道以外がびっしり屋台で覆いつくされている。
「あだっ」
「おおすまん、坊主」
誰かとぶつかった。今日はやけに人が多い。そしてみんながやけに上機嫌だ。
集まっていた人々はほとんど全員が顔に笑みを浮かべて談笑をしていた。
その内容は
「いよいよアップデートだなぁ!」「新武器か!?新クラスか!?」「いいや、俺は新システムだと思うぜぇ?」と新しい冒険要素に期待したものだったり。
「かわいい服が追加されるといいなぁ!」「もう少しかわいいペットが欲しいわね」と癒しを求めていたり、どれもアップデートの内容への期待と興奮が話の種だった。
「うおおお、やっぱ賑わってんなぁ!人がすげー多い!」
一度冷静さを取り戻しつつあったティフも、周りの空気に同調するようにどんどんテンションがあがっていく。
ティフも現実の世界では昨日の夜から期待と緊張で全然眠れなかったし(その後無事学校で授業中に就寝、後に職員室へ連行される。)食事もテンションがあがりすぎてろくに食べれる気がしなかった。(がんばって食った、おかわりできた)
周りにいるプレイヤー達もそんな感覚だったのだろうか。今はとにかくこの興奮を共有し、一緒に盛り上がりたい。ティフはそう思考を決めると、近くで盛り上がっていた集団に混ざろうと手をあげながら声をかけようとした。
「なぁ!俺も――」
――ピコンッ
言い終わってしまうまえにシステム音が聞こえた。
ティフの周りには群集が見えるばかりでシステム音を表示するような物はとくに見当たらない。
一瞬途中で言葉がどもってしまったことに気まずさを覚えたティフだったが、幸い向こうの集団はこちらに誰一人として気が付かなかったようだ。ティフはホッと安堵し、今のシステム音の意味を探りだす。
そして、一人の幼馴染がフラッシュバックで写った。
「・・・あぁ、そうか、そういえば冬花と約束していたんだった」
興奮で視野が狭くなりすぎだろ俺――と少年は自省しながら目を閉じた、深く息を吸って一旦自分を落ち着かせる
「ふぅ・・・よし」
ティフは目を閉じたまま右目の目尻辺りに手を当て、そのまま耳上に向かって軽くそっと撫でた。すると
――キュイイィィン
と何かシステムがが起動した音が聞こえた。それを聞いたのを確認したティフは、そっと目をあけた。
そこにはさきほどまでの普通の視界に、淡い水色のフィルムを被せたような世界が右目に広がった。
これはこのゲームの機能の一つ『システムアイ』と呼ばれるもので、普段はプレイヤーには目に見えるものが現実世界と変わらないが。片目に情報画面が映った青いフィルターを被せることで必要なときだけ情報を取り入れることができるシステムだ。
システムアイを起動した目の前にはさきほどまでにティフが話しかけようとしていた集団が、まだ楽しそうに談笑を続けている。
ティフは軽い気持ちで談笑を続けている集団の中の、やや派手な赤とピンクを基調としたドレスに身を包んでいる女性キャラクターに焦点を合わせてみた。すると軽い情報が載ったプレイヤーカード見たいなものが彼女からポップアップのように出てきた。
どうやら彼女は『ドルノ ホシ』という名前でレベルは平均レベルよりちょっと下の26レベル、メインジョブは歌ったりすることで味方に攻撃力アップなどの効果を与えるバッファーと呼ばれる職業の一つ『歌手』<シンガー>。最後に一言コメントで『みんなのアイドル、ホシちゃんだよ!(`>ω<)』となんとも可愛らしい自己紹介を載せた文章はティフの顔をやや引きつらせてくれるほど個性豊かだった。
「ってこんなことしてる場合じゃねえ」
我に返ったティフは水色の視界の端っこに浮かぶ手紙マークのようなものに焦点を合わせた。やがて手紙マークがピッという音と共に明るく点灯し、文字が視界中央に拡大されながら表示されてくる。
『柊 冬花さん からモニタライズ申請が来ています』
予想通りの名前にティフは頷く、さきほどのシステム音の正体がこれでわかった。きっと向こうの世界では幼馴染が「天人、まだかなぁ」などと呟きながら、申請が許可されるのを待ちわびているのだろうな。などと思いながらティフは「モニタライズ、許可」と申請を受理する。
『モニタライズ申請、許可認証しました、通信を開始します』
アナウンスが聞こえ、やがてズザッズザザ、とノイズが聞こえてきた。その中に軽くコツッコツッ――と机を軽く叩いてるような音が聞こえる。
『天人、まだかなぁ』
さきほどまで学校に一緒にいた幼馴染の声が聞こえてきた。やはり少々退屈しているようだ。
『遅いなぁ、またゲームに夢中になって視野が狭くなってるのかな』
ギクッと天人の心に図星の矢が突き刺さる。「いやでもすぐ思い出したしそれはなかったことに・・・」と苦笑いしながら呟く声は小さすぎてまだ相手に届いていない。
『大体最近天人はゲームに夢中になりすぎだよ、今日も授業中に寝てたし、寝言の内容も多分ゲームの内容だったし』
「まじか」とティフは頭を軽く抱える、さすがに現実の世界でゲームの寝言は恥ずかしい。
――しかし俺、どんな寝言を言っていたんだ?
『びっくりしたよもう。いきなりクラス中に聞こえる声で・・・なんていったっけ?「リベリオンショット』?だなんて叫ぶなんて。先生の顔すごく赤くなってたし」
「ッ!――っておい!それまじかよ!!!?」
恥ずかしさが限界に達し、ティフは叫んだ。
「え?」
冬花は突然の声に、びっくりした。机にあった携帯型端末を見ると、申請中だった画面は切り替わり、人が映っている。
「あ、天人」
冬花は携帯端末を置いたまま画面に映っているスイッチを押した、画面が携帯型端末から垂直に投影され、小さいテレビサイズ画面くらいの大きさになって冬花の前に表示された。
画面には幼馴染が映っていた。
「キャラ作成画面で徹夜してつくった」と幼馴染が以前言っていたそのキャラは天人本人そっくりだ。ティフの後ろには巨大な黒い門がたたずみ、現実世界の時間と同期しているのかやや薄暗くなった夕焼けがやさしくも寂しさを感じる薄いオレンジ色の光で門の上部をを照らしていた。 冬花は現実世界ではありえない光景に「わぁ」と思わず呟く。
このゲームの世界のプレイヤーと現実世界の相手を結びつける『モニタライズシステム』
このシステムこそがゲームサービス開始後から二ヶ月たったころに追加された新システムであり、『メモリアルファンタジー』をわずか数ヶ月で日本中に浸透させるきっかけとなったものである。
現実世界にいる人々は、ゲーム世界にいる人々を通じて実際にその場にいなくとも、ファンタジー世界の一部始終を外からリアルタイムで見学することが可能になった。外にいる人々はゲームのプレイヤーと共に絶景を共有したり、プレイヤーがモンスターと戦う映画さながらの攻防を見たり応援したりできるようになった。
やがてこのシステムはテレビや雑誌などで取り上げられ日本中に情報が知れ渡り、ゲームをすることにあまり関心がない人達をもそのゲームのクオリティで惹き込み、携帯端末を持っている人達の一つの娯楽として精通したのであった。
ゲームに興味がない冬花も、その外からみる景色に心を打たれたことがあるほどだ。休日の朝早くにとある山頂から、天人とその仲間達に見せてもらったことがある景色は、画面一杯を雲の世界が覆いつくし、白さを持った地平線の果てからは朝日が丁度でてくるところだった。冬花はそこから朝日がだんだんと薄暗かった黒い空をやさしい白色を挟んで淡い青に染めていく光景をいまでも覚えている。
『いまはティフだ!それより、さっきの話は本当か!?』
「本当だよ天人。その後先生に職員室に連れていかれてたじゃない」
『あ、あぁ。どうりで目覚めた時先生の奴が「俺に反逆してみるか?」って言ってたわけだぜ・・・気付かなかった』
「もう、気をつけてよね。みんな笑ってたよ。」
『う、うぐ。そうか、周りも聞いてたんだもんな。・・・あ、やばい!恥ずかしい!もう外に帰りたくない!』
「ばか」
画面越しでも顔が赤くなっているのが分かる幼馴染を見て冬花はため息をついた。
「んで、天人はこれからなにするの?さっき重要な用事があるっていってたけど。」
画面の下のほうを見ると、天人意外にも大勢の人が見えた。さらに奥のほうには煙があがった屋台も見える。きっとここでなにかきっとイベントがあるのだろう。
『だからいまの俺はティフだって・・・そうだな、本当はここでイベントがあるんだが、まだ少し時間があるんだよな』
いま現在時刻17時45分。イベントが始まる18時まであと少し時間がある。
「天人は天人でしょ。顔も似てるし。」
『ここではティフなんだよ!いまの俺は現実世界では普通の高校生やってるけど夢の中にはいると俺は冒険者としてこの世界に呼ばれて活躍しているって設定なんだよ!』
――あ、俺いまなんかすごい恥ずかしいこと暴露した気がする。
「て、天人は天人でしょ!私にとっては生まれてからこれからも一生あなたのことは天人でしかないの!」
――あ、私いまなんかすごく恥ずかしいこと言った気がする。
二人の間を沈黙が流れる。その顔は双方共にリンゴのように赤い。
「こ、こほん。そ、そうだ!時間あるのなら前見たいに綺麗な景色見せてよ!まだ他にも絶景ポイントがあるんでしょう?」
『ん?あ、あぁ、あるにはあるが・・・いまからイベントまでの時間じゃあ連れて行けるポイントはないかなぁ』
「そっかぁ。じゃあほかになにかできることは・・・」
うーんと冬花は少し考える。だがこのゲームのことをあまりしらない冬花は何ができるのかあまり分からなかった。
「・・・天人、パス」
『おいおい』
「だって私、このゲームのこと何も知らないもん」
ツンッと開き直ったようにそっぽを向く冬花にティフは苦笑する。
『最近じゃテレビや雑誌でも結構取り上げられてるだろうが』
「うーん、冒険者として冒険するのは知ってる」
『情報少なすぎだろ!世間知らずのお嬢様かよ!』
「えへへー」
『褒めてねえよ!』
ティフはクシャッと頭を掻き揚げた。ゲームに関心を持たない冬花がこのゲームの情報を集めないのは当然といえば当然なのだが、それにしたって彼女が持っている情報が少なすぎる。これでは観光スポットを口頭で説明することすら難しい。
だが、これはいい機会かもしれない、とティフは思った。彼女にこのゲームについて説明し、なぜ天人がここまでティフとしてこのゲームにはまっているのか理解してもらう絶好の機会ではないのか。いつもこのゲームを<ただのゲーム>だと思ってる彼女が、<天人がはまるのも仕方がないすごいゲーム>と思わせることができるのではないのか。このゲームについて彼女の見方が変わるのではないのか。
『・・・しょうがねえなぁ』
ティフは決心した。己が持つ最大限の言葉の力を持って、この幼馴染にこのゲームの素晴らしさを説き伏せてやろうと。
『少し教えてやるよ、この世界のこと』
それからティフはこの世界のことを少し冬花に語った。
この世界は確かに冒険者として冒険をするということ。
もちろん冒険には目的があってかつてこの世界にはこの地を束ね、見守る女神がいたということ。
だがある日突然訪れた転移により現れた支配者により女神は封印されてしまい、世界各地にクリスタルとして封印されてしまったということ。
冒険者は世界各地に散らばるクリスタルを集めるのが目的なのだということ。
ゲームサービス開始から半年たった今、手に入れられたクリスタルは未だに1つもないということ。
もちろんティフだって一人の冒険者としてクリスタルを求めているということ。
しかし、ティフも仲間たちと共にクリスタルがあると言われているダンジョンを探検したことがあるが結果は散々だったということ。
とりあえずここまで話して一旦ティフは一息ついた。
「・・・まぁ、簡単に攻略できるとは思ってなかったけどな。でも、すごいだろ?半年たっていまだクリスタルが1個も取られてないんだぜ?1個でも取ったらそりゃもう英雄扱いだろ!?」
『ふぅーーん』
とティフの耳にわかったようなわかってないような曖昧な声が聞こえてきた。
「・・・あまり分かってなさそうな声だな」
『うーん・・・そもそもあまり興味がない?』
「なんだとぉ!」
『あ、後ろの屋台にある食べ物なにあれ!見たことないなぁ、食べてみたいなぁ!』
「そっちには興味深々なのかよ!」
『あ、いまティフの後ろ通った人の衣装すごくかわいい』
「人の話を聞けェエエエ!」
ティフの叫びが場内にこだまする。丁度そのときだった。ティフの声に呼応するように、会場内に軽い爆音のような音が聞こえた。ティフが空を見上げると。それは花火だった。ティフの耳元で、幼馴染が感嘆の声をあげているのが聞こえた。
PM18:00
イベントが、始まろうとしていた。