分かっていること
儀式まであと3日と迫った日。
夜、相変わらず同じ部屋で眠る烏摩に、緊張からか寝付けず、遙は1人外に出ていた。
神社の境内の石畳の上で、ぞうりを履いているといえどひんやりする足の裏。
寝巻き姿で木製の階段に腰をかけると、お尻がひんやりとして、目が覚めていく。
――結局。
なんだかんだいえど、烏摩はやさしい人なのだと知った。
助けてくれることもたくさんあって、気持ちは率直に話してくれるお方だと。
結論としていえば、烏摩のことは嫌いではなかった。
否、むしろ、彼女は既に、それ以上の感情を抱き始めている。
遙はそれを今、最も御恐れているのだ。
心のそこから、自分の中に芽生えているこの気持ちがおさえられるかどうかが不安で仕方が無い。
「神様のことが、好きだなんて。考えられない」
巫女だというのに。祖母や亡くなった母から何度も念をおされてきたというのに。
感情のコントロール1つ、まともにできない自分が腹立たしかった。
早く、儀式がきてしまえばいいのに。
舞を終えて、契約を取り交わして。
それからすぐに、帰ってくれればいいのに。
帰ってほしくない、ずっといてほしいという気持ちと相対する理性と常識。
神様と巫女が、恋愛できるなんて思っていなかった。
ましてや巫女が一方的に慕うだけ。
「わかってるよ」
小さく、自分に言い聞かせるように、遙はつぶやいた。
わかっている。自分にはこの気持ちを打ち明けることも、秘めることも。
忘れなければ、ならないと。
――
布団の中が空であることに気がついた烏摩は、境内で階段に1人座り込む遙の姿を見つけた。
16歳、昔でいえば当に結婚していてもおかしくない娘が1人、夜の外に出ているのはよくない。
そうおもって、声をかけようと、その木の扉に手をかけようとしたとき。
彼女の口から、とある言葉がつむぎだされる。
「神様のことが、好きだなんて」
烏摩は、そのまま動きを止めた。
今、なんといった。
この娘は、自分を慕っているというのか。
「わかってるよ、わかってる。この気持ちは、打ち明けることも、秘めることすら、許されない…」
自分の腕で自分を抱き、言い聞かせるように遙は続けていた。
その表情は、苦しげだった。
しかしその表情を見ていると、なんなのだろう、得たいの知れない感情がわきあがってくるように感じる。
烏摩は、しばらくそこに立ち尽くしていた。
そして。
木の扉の向こうで、中に入ろうと腰を上げたその巫女である少女は、烏摩の影が扉の向こうにあることに、目を大きく見開いていた。
「烏摩、さま…」