不器用な神様
「神様が、ねぇ?」
時は少し過ぎ、遙は私室にて。
琴美と健一が、彼女の家をたずねてきたのだ。
持ってきたのは、噂の真偽を確かめたいというもの。噂が噂を呼び、すでに神様が神社にいることがわかったのか、参拝者の数が激増を始めている。商売上がったりで大喜びの父を尻目に、遙にとっては大迷惑だった。
「あいつ、何してると思う?」
「え、さっき神社のところで掃除してたじゃん」
「なんか掃除してた私のところにきて、退屈だからって仕事とりあげたのよ」
「いいじゃん、神様なのにえらいよー」
琴美はのんきにそう口にして、お茶をすする。
ずずー
「でも、あの箒もさ、さっき壊したの」
「あぁ、初めてで使い方がわかんなかったとか?」
「違うわよ…、ほんとっ、神様ってのは恐ろしすぎるわよ」
そう、それは幼馴染2人が神社を尋ねる数分前の話。
境内の掃除の手伝いをしていた遙の元に、烏摩は退屈そうにしてやってきた。
「掃除、手伝う」
そうぶっきらぼうに口を開き箒をとった神に、むっとしつつも遙はどうぞ、と素直に譲った。すると……
「これなら俺が力をつかったほうが早い」
なんてことを言い出した烏摩は、あやしげな術で境内にあったすべての落ち葉を燃やし尽くしたのだ。
もちろん枯葉を集めたようなものである箒が、どういう末路をたどるかはわかりきったことだろう。
「ほ、箒っ」
「あー、やりすぎた。それは自分で直してくれ。物を直す能力はない」
「…ふざけないでくださぃっっ!!!!!!!!」
…
何が起こったかを大まかに説明した遙は、完全に機嫌斜めであぐらをかく。
「ほんと、おばあちゃんの死ぬときの言葉って、まったくあてにならないわ。無駄な心配だった」
「あぁ、たしか、神様に恋をしちゃうとかいうやつ?」
首をかしげる琴美に、愛らしさを感じつつ、遙はそう、と首肯。
「でも私、今、あの神に対する敬意の欠片も心の中に存在しないし」
「そっかな」
健一が異を唱えるのは珍しい。遙は彼に視線をうつすと、不器用なんだよ烏摩さまは、と言った。
「不器用、って」
「だって、手伝いたかったんだろ。お前がしてること。掃除って結構大変そうに見えるしさ」
「…」
「それに、箒だって、悪意があったわけじゃない。そもそも神様は人助けをするのが仕事というか、そんな感じだし」
健一の言葉はごもっともだった。
怒りすぎたか、と遙が心の中で思っていると、ふと、境内が騒がしい。
なんだろう…
遙は立ち上がった。
「琴美、健一そと騒がしくない?」
「そうだな」
「ねー……あ、お茶のお代わりもらっとくね」
「はい」
神社の建物に入る入り口の扉から飛び出すと、遙はひったくりの現場に出くわした。
男がバッグを掴み、階段に向かって人ごみの中を走っているのが見えた。
「健一!」
「おう」
「待てーっっ」
ただならぬ外の様子に遙の後を追いかけてきた健一と琴美。
そんな彼らに被害を受けた様子の女性を預けて、遙ははだしでその後をおった。
階段を降りるのにてこずる男に、遙は得意の段飛ばしでおいついていく。
「よっ!つっかまっえ…っ!!」
「くそっ、このアマがっ」
ドンッ
ぐらりと視界が傾く。
自分が男に押されたのだとすぐに気づいた。
やばい。
落ちるっ……
「危ないぞ」
身構えていた痛みが、予想以上に遅く、しかもやってくる気配をみせない。
目を開けると、視界の端に銀髪の長い髪がなびいていた。
「烏摩、さま?」
目を回している引ったくり犯を左の小脇に抱えた彼は、大丈夫か、と心配そうに遙の顔をのぞきこんだ。
――助けて、くれた。
焦りの表情を浮かべていた彼の動きは、記憶力のいい彼女の頭の中に強烈にインプットされた。
――助けてくれた。
――神様が、焦っていた。
――自分のような、ただの神のつかいのために。
「大丈夫か?」
「あ、はい…」
ありがとうございます、と遙が小さな声で答えると、烏摩は、今まで見せたことのなかった、穏やかな、そしてうれしそうな笑みを顔に浮かべていた。
「お主も人より優れるとはいえ女子…気をつけろよ」
不器用なだけなんだよ、烏摩様は。
健一の言っていた言葉が、わかってしまった、そんな気がした。