いつもの朝
「遙!!ふざけないで出てきなさい!!!」
毎朝、姉の怒号で毎日が始まる。
少女は仏間に入り、遺影の中で微笑む自分の母、祖母に声をかける。
「いってきますね、2人とも」
「遙-----!!!」
「わっ、やばっ…」
小さな風が、境内の中を吹き荒れる。
木製の古びた引き戸を力いっぱい引くと、少女の体全体を包み込む、その春の風。
少し強く、あたたかい。
「んー!!」
体全体をつかって伸びをして、少女は神社の全体に響き渡る声で、家を出ることを伝える。
逃げるように後にするが、神社の境内を出る時には、くるりと社に向き直り、お辞儀をした。
「いってきまーす!!」
雨宮遙、御年16歳。
彼女の祖母が、巫女として神を光臨させてから、ちょうど100年。
後2週間後、遙は巫女として、神を再び降臨させる大役をまかされている。
「もうおねえちゃんってば、怒りすぎー」
神社の鳥居の前、階段を駆け下りればそこはバス停で、遙の顔なじみがそろっていた。
「あ、遙!今日は遅刻しなかったみたいだな」
「階段ちゃんと下りてきたね!いつもの10段跳び、恐くて見てらんないもの…」
少年少女はそういって、遅刻魔である友人の早起きをねぎらう。
「だって、今日は早起きしなきゃいけなかったの!もう2ヶ月だもん、儀式まで」
そう、この地域では遙は有名人だ。
戦前、巫女として名のあがっていた彼女の祖母が起こした偉業は、今もこの地を守っている。
毎年の豊作、そして農業で成り立つこの地域をとりまく、不思議な風。
それらを起こす神、烏摩を呼び出せるのは、雨宮の血を受け継ぐ、この遙だからだ。儀式は毎年行われる春祭りの夜に行われ、その儀式の存在は、遙の友人らもよく知っている。
「遙ちゃんもすごいよねー、舞とかやるんでしょ」
バスに乗り込みながら、親友の琴美が一言。その色白の肌に黒くて短いボブヘアがそよそよ風で触れる。
「遙はリズム音痴だからなぁ、どうなるか恐いぜ」
琴美の幼馴染で今は恋人となった健一は、琴美の顔にかかる髪をのけながら笑う。
「琴美、私は大丈夫だよ!あんたの彼氏が言ってるリズム音痴ってのは、実は本人のことだからさ」
「軽音部の部長をなめんなよ!」
バスの中で、他愛も無い口げんかが起こる。
毎日の、変わらない、日常。
遙は変わらない春の空を見上げて、いつも願うのだった。
今日も、明日も、ずっとずっと、こんな毎日でありますように。