伝承の舞
朝、同じ床の中で目をほぼ同時に開けた2人は、しっかりと手を握る。
「えっと、緋倉さま?」
「なんだ」
「そろそろ、儀式なので」
「もう1回」
「意味がわかりません…痛っ」
下腹部にはしる鈍い痛みは、初めてで、遙は立ち上がるのをしばしあきらめた。
「ほら、起き上がれるか」
烏摩の手をかり、床から起き上がる。
ぎゅっ
感覚を確かめるように。
烏摩は痛いと遙が叫ぶまで、力強く、彼女の肩を抱いた。
「離さないからな」
「……わかってます。緋倉さま」
微笑む遙は、着替えるといって部屋を後にした。
――
禊のために池に向かおうとする遙の前。
白いワンピースをきた優がやってきた。
「おはよう、私の妹」
「おはよう、お姉ちゃん」
姉に微笑みかけると、彼女は何かに感づいたように目を大きく見開いた。
「遙っ…」
「え?」
「あんた…烏摩さまとっ…」
さすが恋愛経験者は違う。遙はただにこりと微笑み、何事も無かったかのように池に向かった。
「遙、待ちなさ……」
「ごめんね、おねえちゃん」
「……っ……どうしてあんたは……っ……」
遙をただ見守るしかない優は、2人が少しでも、幸せであるようにと祈るしかなかった。
池の中で、色々なことを考えた。
自分が、ずうずうしくも神に仲間入りしたら良いのか。
それとも、神である彼が、人間へと降りてくるのか。
共にいたい。
その気持ちは変わらない、でも…
「(どうか、幸せなままで、お帰りいただきたい)」
それが本当に、一番の道になるかと考えれば、そうでないことくらい容易に考えられた。
でも、きっと忘れられません。緋倉さま…
池の中で遙の瞳から、一筋の涙が、零れ落ちた。
舞が、月光の下ではじまった。
光を、集め、少女は踊る。
一心不乱に舞う。
「この地に、再び100年の、いや1000年の安泰をもたらそう」
神は姿を現し、皆に更なる繁栄をもたらすと宣言した。
儀式は無事に、成功したのだ。
――でも……烏摩はその日を境に、神としてのすべての力を失った。
神が力を失えば人間と同じ。
遙の家の居候となり、2人はずっと一緒にいられるかと、思っていた…
しかし、それは間違いであり、この烏摩に起こった神様の力の消失はほんの兆候にしか過ぎなかった。