分からないつもりでいたこと
遙は、先ほどの呟きが、聞かれてしまったことを瞬時にさとった。
どうしよう。
その場に立ち尽くすこともできず、遙はそのまま草履を履いて、境内の外に向かって走り始めた。
「待て!!!!待て、遙!!」
後から追ってくる音がした。
絶対つかまらない!!
つかまったら、どうしようっ…
「っ!!!」
どうしようという不安を抱えながら走る。しかしながら速度は自然に下がっていく。
疲労で止まる足に、無尽蔵の特殊な力を持つ神は容易に追いついた。
後ろから捕まえられ、遙は足を動かすことをやめた。
「…遙」
「…なんでしょうか?」
何事も無かったかのように、遙は振り向いた。
「お前、さっき、言ったこと」
「なんのことです?神様との恋愛なんて、考えられないって話ですか?」
遙が首をかしげると、烏摩は怪訝に顔をゆがめた。
「神様のこと、好きになるだなんて、そんなの、ありえませんよー。でも、そんなこといったから、自分を侮辱でもしているのかと烏摩さま怒ったかなって…おもって」
逃げちゃいました。と遙はごまかすように舌をだし、口の端にしわをつくった。
そう、なのだと自分に言い聞かせた。
烏摩が安堵した表情を見せるのを一瞬だけ、見れなくなってうつむくが、すぐに遙は笑顔を見せてゆっくり頷いた。
「そうです。神様のことを好きになる巫女なんて、どこにもいません」
わかっている。
そんなこと。許されないんだと。
――
しばらく夜風にあたっていきます。
そう言った遙の不自然な笑みに烏摩も気づいていた。
「じゃあな」
烏摩は堂の中にはいったふりをして、遙がそのあとどうするのかを、近くの杉の木の上に上り、そこからながめることにした。
「…烏摩さまはケーキを奪う」
第一声に、烏摩は意表をつかれる。
「烏摩さまは、掃除しない」
「烏摩さまはなんでも神様パワーでなんとかしようとする」
「お風呂が嫌い」
「寝るときにいびきがひどい」
「お腹かいてるときおじさん臭い」
「負けず嫌い」
「キス魔」
「抱きつき魔」
その後も、口から飛び出すのは悪口ばかりで、烏摩は本当に遙が自分のことを嫌っているのかとおもいため息を吐いた。ふと、自分がなぜ残念がるのだろうと、思うが、すぐに遙の言葉に意識を奪われる。
「でも……やさしい」
「……」
「掃除をしてたのだって、掃除嫌いでも、神様パワーで、はやく掃除が終わるようにって、してくれた」
「ひったくりのとき、助けてくれた」
「ケーキ食べた後、ちゃんとその店に買いにいってくれたし」
「寝るときのいびきも、いつもあらかじめ言ってくれる」
「お腹かいてるの、かっこわるいけど、それも烏摩さまだし」
「負けず嫌いは、お互い様」
「キス魔、だし抱きつき魔だけど…」
嫌いになれない自分が憎い。
遙は崩れ落ちるように石畳の上にひざをついた。
「好き、なんだよっ…でも、許されないの!」
叫ぶ、でも、小声で、弱弱しく。少女だったはずの彼女は、女の表情で、その瞳に涙を浮かべる。
「こんなにつらいなら、巫女になんてなりたくない」
「巫女じゃなかったら、少しくらい、何もわからずに、烏摩さまを好きでいられるのに!」
「私がどうして、巫女で、烏摩さまが神様なの?」
どうして。
悲痛な叫びに、烏摩は自分の右手にできるこぶしをぎゅっと握り締めた。
「こんなに、近くにいるのに。あんなに、遠い……よ」
遙の言葉に、烏摩は頭の中にあったもやもやとした感情が一気に晴れたような気がした。