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藤崎には出世欲がない。それ故これ以上杏里と関わらせるわけにはいかなかった。
四条院本家でもマークしているだろう。
だから、あえて「仲違い」をした。
基本的に「基金」も全て桑乃木の病院と院長を通した。連絡は一切表向き取らない。
そんな二人の連絡の取り方は、杏里が決めた。
呪術の紙を使用すること、である。
杏里は藤崎に四条院家が特殊な呪術を使う家だと話した。それに対して藤崎は「神を冒涜する」とすら言わず、淡々と受け入れた。
「何か隠しているなとは思ってたんですけどねぇ……十子が一緒の時に知り合わなくて良かったですよ」
どうやらその十子とやらが、以前付き合っていた女だろう。そしてそういったものが占いであっても嫌っていたと言う。
仲違いの時には「神を冒涜する行為はもうやめてください」とあえて言わせた。
おかしかった。
たったこれだけで騙される四条院側が。兄が。
「ははっ……兄貴だって自分が大事なんじゃねぇか」
藤崎とのやり取りでそう思った。
自分さえ狂わなければいいのだと。
それからまた、しばらく時が過ぎた。
悪夢の始まりだった。
話を持ってきたのは、兄だった。
「桑乃木病院の醜聞を揉み消して欲しい」
この言葉が始まりだった。
「どういう意味だよ、兄貴」
「お前が設立した基金を使いたい」
「桑乃木から直接言わせろ」
「言えないだろうな……正確には四条院本家と八陽家、それから京都桑乃木総合病院だけが関係している」
簡単に言えば、医療ミスだと。
「んなもん、俺知らねぇぞ」
医療ミスなど嘘だ。それならば桑乃木の院長が黙っているはずがない。
「桑乃木の院長には黙ってろということだ」
兄も桑乃木の院長を舐めていると思った。
「それをする見返りは? 俺が割に合わない」
「……当主からさせる」
「そんなもん、あてになんねぇよ。桑乃木の院長に黙ってろって時点でお察しだ。ここの理事だぞ」
「言うと思った。だが、刻一刻を争う」
「一応監査が入る。俺は関知していない。その監査基準は他の理事が握ってる。最後に俺が承認印を押すだけだ」
そして、桑乃木の院長を呼んだ。
兄の姿を見た院長は、侮蔑の眼差しを向けた。
「話は既に入ってますよ。馬鹿な甥と八陽の末子がしでかした出来事ですから」
「何をしたんだ?」
「金と地位にモノを言わせて重篤患者の手術を遅らせたんですよ。そして、重篤患者の女児は再度手術をして何とかなるか、という状況です。……この基金の設立意思に反する行為です」
「だなぁ。……そっちで何とかしてくれ。この基金の設立で最初に俺が声をかけたのは兄貴だ。それを一蹴したのも兄貴。その俺に最初に賛同してくれたのが院長だ。
今回のことでどちらを取るか? んなもん、分かりきってるだろ?」
初めて兄と袂を分かった。
この一件が、藤崎の耳に入った。
あの優しすぎる男が放っておく話でななかった。
――執刀は俺がすることになりました。あの女の子には罪がありませんし。ちょっとあの子のご両親にも問題があります。調べてもらえませんか?――
「……厄介なこと抱え込みやがって。人が良すぎるのも問題だ」
届いた伝書に思わず呟いた。
そして、院長からも藤崎の執刀を止めてもらえないかと懇願が入った。
「俺、仲違いしてんだけど? この基金がなければもう顔も合わせたくないんだけどなぁ」
「……そうですか……。分かりました。おそらく今回の手術は藤崎君と外科医医長が行います。かなり困難な手術です。あの時、杜撰な手術さえしていなければ、あの子は二度も苦しむことがなくて済んだ」
「それ、藤崎からもきてるぜ」
表向き担当医として送ってきた書類を院長に見せた。
「『本来基金を使うべきではなく、病院側が全ての医療費を持つべき手術。そうなってしまえば自由診療の元、どうなるか分からないため保険適用にするべく申請します』……これが藤崎君の意思ですか?」
「あぁ……たとえ仲違いしてなくとも、ここまで書かれたら止めれねぇな。しかも再執刀するもう一人の医師は、わざと京都から来るって話だ」
「……そう、ですね。こちらで通せるようにしておかないと。理事向きには『否』、対外書類には『可』にします。桑乃木が全て持たなくてはならない手術です」
つまり、院長が全ての金を持つのだ。
「ん。それで通してくれ」
そして、藤崎は八陽 元則と会った。
この時、杏里が仲介に入ってれば、と未だに思う。
わずかな狂いで済んだかもしれない。