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出張で東京に行くたびに、杏里は藤崎と会った。
基金の件で話をするという名目だ。だから小さなオフィスだった。
従業員は、桑乃木総合病院から最初は借り出されていた。
そのうちに、基金専用の従業員も増えてきた。
銀行からも監査が入る。それは仕方ない。
「おかげさまで、俺も寮を出ることができました」
「……お前……今まで……」
「はい。寮でした。俺自身の金なんてほとんどありませんでしたし。やっと頭金が用意できたので、マンションを購入するんですよ」
「『娘』のためか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えます。今の状況なんて俺調べてないんで分かりませんよ」
おそらく嘘だ。調べていないのは本当かもしれないが、立地条件や間取りを考えると、どうしてもいつか頼るかもしれない娘を想っているのだと分かった。
「お前も大概不器用だよな」
「あはははは。杏里さんには言われたくないですねぇ」
互いに不器用、それがある意味二人の共通事項だ。
藤崎の仕事柄、酒を飲み交わすことはなかった。藤崎の住むマンションで杏里が一人、酒を飲んだとしても、藤崎は一切口に入れないのだ。「緊急のコールが入ると悪い」ということで。
「ワーカーホリックめ」
「そうですか? ……まぁ娘と会わなければ外科医になってたかもしれませんけど」
「さり気なく娘自慢しやがって」
「未だに昔の写真持ち歩いている親馬鹿ですよ、俺は」
「持ち歩いてんのかよ!?」
「はい。一番のお気に入りの写真は持ち歩いてますよ。病院内でも俺の話は有名です」
「……けっ。さり気なくアプローチしてくる奴を潰してんな」
「今更、ですよ。借金が無くなってからアプローチしてくる女性に興味はないですから」
昔はかなりの借金があった。その時には「腕はいいがあえてハズレを選ぶ必要はない」と散々言われ続けたらしい。
「今だって、住宅ローンを支払っているんですから、ある意味借金なんですけどねぇ」
「車は?」
「都心部に住んでいるなら、特に要らないですね。免許は一応持ってますけど」
「持ってたのか!?」
ちょっと意外な感じがしてしまう。常に出歩く事を嫌っている男に見えたのだ。
「そりゃ、インターンで行った場所が場所でしたから。バスもほとんどなくて、買い物も不便でしたし」
「それで車か」
「えぇ。こっちに来る前に譲渡しましたけど」
それ以上は聞かない。今は必要な時に車があればいいですよ、そう笑う藤崎とは本当に気があった。
こんな会話をしたのは、出会って二年目のことだった。