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「お父さん! どういうこと!?」
病室に入るなり、娘二人と妻に責め立てられた。
「意味が分からんが」
「どうして実沙希を退院させるの!? まだ万全じゃないのにっ!!」
長女が怒り狂って杏里に詰め寄ってきた。
「お前の言う『万全』とはどういう意味だ? 実沙希の体調はとっくに戻ってるだろうが。あっちにいる時はこれ位の体調でも遊び歩いているのに? こっちでは入院? おかしいだろ」
その言葉に三人が黙った。
知らないとでも思っていたのか。
これほど脱力を感じることはない。
どこまで杏里を馬鹿にしているのかと。
「お前達の目的は紅蓮だろうが。違うのか? だったら次に本家で会うときまで印象挙げられるよう努力するんだな」
「……ち、違う! 私は本当に実沙希が……」
この鬱陶しさはなんだ?
「さっさと退院しろ。明日のチケットを取ってある。それに間に合わない場合、俺は一切金を出さない」
「お父さん!!」
うざったい。そんなことを思いながら、病室をあとにした。
「あ、杏里様……」
「退院の用意しとけ。これは俺の命令だ」
「……かしこまりました」
己の「守役」と娘の主治医が頭を下げたのを見て、杏里は院長室に向かった。
「強引ですな」
「あれくらいしないと無理だろ。……手術は成功のようだな」
「良くご存知で」
院長と向かい合い、昨日の続きから話をする。
「俺たち兄弟にとっちゃ、情報は武器だ。今回は特別だがな」
ぽん、と札束を院長に出した。
「絶対に藤崎は受け取らねぇだろ? 自分は患者の為に金出してんのに。今回のガキの分はいい出会いだった分の礼だ」
保険もきかない大きな手術。あの子供の親が躊躇っていたのはこれだ。
「しかし……」
「問題ねぇよ。俺の個人資産だ。あの馬鹿共にいくくらいなら、他にまわす方がいい」
杏里は常にそう思う。だから、時々施設へ寄付をしたりしていた。
「受け取れません。我々は患者に平等に接しなければならないのです」
「じゃあ、藤崎はどうなるんだよ」
藤崎の患者だけが優遇されるというのは。
「藤崎君に関して言えば、ああいった問題のある患者を自分から担当します。……だから、正直に言いますと、彼が我が病院にしている借金というのはかなりあるのです」
だからあの時、藤崎は「他者を受け入れる余裕はない」と言ったのだ。あの子供のように、救える命を増やすために。
「何であそこまで他人に必死になれる?」
「さて、私も詳しく知りませんが、彼の叔父が隣県で福祉施設を経営していると言ってました。あとは敬虔なクリスチャンだという事です。……それだけでここまでするとは思えませんが」
「だろうな」
打算で動くクリスチャンを杏里は何人も知っている。どんな宗教にも聖人のような人間と愚者がいる。
「まぁ、本人に聞いてみるさ」
その方がいい。